第5章 メイド男爵、ついに男爵を自称する痛いメイドじゃなくなる!
39.メイド男爵、女王様に会いに行くことを考える
「お師匠様! すごいです! 人がいっぱいいますよっ!」
飛び跳ねるメイメイ。
その周囲には煌びやかな都市の風景。
そう、私たち三人は今、トルカ王国の王都にいる。
砦を捨てたのかって?
まさか!
ふふふ、これは数日ほど前にさかのぼるのだ。
◇
「これからの計画だけど、まずはうちの女王様に会ってこようって思うんだよね。この間みたいに不埒ものが現れたりするし、しっかりお墨付きをもらわなきゃ!」
お風呂が完成し、きれいさっぱりした私たちはこれからの方針を話し合う。
私が提案したのは、うちらの国の最高権力者である女王様にお会いして、私のことを正当な男爵として認知してもらうことである。
女王様に認めてもらえれば、ガラの悪い連中も近づかないだろうし、村人たちだって増えるはずなのだ。
マツとメイメイには悪いけど、お留守番をしてもらおうと思っている。
「うーむ、メイドさんだけが王都に行くんですか? 男爵を自称する痛いメイドが現れたってことになりません?」
「痛いメイドって言うな!」
マツは私の提案に乗り気ではないようだ。
確かに今の私の服装はただのメイドである。
しかし、だよ。
ここ最近のモンスターの討伐で売れる素材はたくさんあるのだ。
それこそ王都で男爵様にふさわしいドレスを買えばいいじゃない。
ふふふ、煌びやかなドレスに身を包んだ私を見て、他の貴族はこういうのだ。
『うひゃあ、すごい美女だ!』
『う、美しい! ぜひ、同盟を結んでください!』
社交界デビューできなかったのもあって、私は完全に無名のはず。
王宮に現れた日には貴族の皆さんの目は釘付けになってしまうかも。
女王様より目立つ可能性もあるよねぇ、ふくくくく。
「あのぉ、妄想中、申し訳ないですけど、素材の扱いってメイドさんにできるんですか?」
私の素晴らしい空想を引き裂くかのように、マツが鋭い指摘をしてくる。
素材の扱いですって?
そりゃあ、私はメイドですよ。
できるわけない。
でもまぁ、ギルド的なところに持っていけば、ぽぽいと鑑定してくれるんじゃないの?
「はぁ、甘いですねぇ。何の準備もせずに持ち込んでも盗品だと怪しまれて購入してくれなかったり、二束三文で買いたたかれるのが落ちですよ? これだから素人(とーしろ)は」
マツは口をとがらせて、素材の扱いについて説明し始める。
嫌みったらしいがおそらく本当のことなのだろう。
しかし、そうなるとマツも一緒に連れて行かなきゃいけないわけで。
「えぇええ、私一人でお留守番ですかぁ!?」
無言のままメイメイをちらりと見やると、彼女は非難がましい声をあげる。
「うーん、それはそれで困るよねぇ」
そう、メイメイを一人残していくのはそれはそれで危険なのだ。
彼女は腕っぷしは立つけれど、まだまだ子どもだ。
砦の備品をぶっ壊す可能性が大ありなのである。
お風呂の蛇口を壊して砦中が水浸しなんてことになるかもしれない。
「とはいえ三人で行くってわけにはいかないしなぁ」
腕組みをして悩みに悩む。
この砦をすっからかんの状態にして出て行くわけにはいかない。
あぁいった盗賊集団がいつ現れるかわからないからね。
せめて、カムフラージュできるものとかあればいいんだろうけど、この砦はそれなりに大きいし、リボンやヘッドドレスのおかげで大変目立つ。
普通に考えて隠すなんてことは難しいだろう。
そうなると、私一人で行く?
でも、それじゃお金が手に入らないし……。
「あっ、男爵! 青い画面の表示が変わってますよっ!」
私が腕組みをして唸り声をあげている時だった。
マツが高い声をあげて、私の手を引っ張った。
そう言えば、砦ちゃんの例の画面は計算中のまま放っておいたのだ。
計算とやらが終わったのだろうか。
さっそく青い画面を呼び出すと、そこにはこう表示されていた。
『敵兵撃退記念! 以下のいずれかのボーナスを選べます。
1.もぐる
2.ひび割れる
3.苔むす
※一定期間、操作可能』
「は? なにこれ?」
敵兵撃退っていう、素晴らしいものを成し遂げたにも関わらず、砦の提案したボーナスはわけのわからないものばかりだった。
特に、2と3は難解と言うか、悪意すら感じる。
一切のメリットを感じられない。
「ぐふひぃ、いいですねぇ! 男爵、ここはもう三番目の苔むす一択ですよ! 古代遺跡っぽくていいじゃないですか!」
微妙な表情の私とは対照的に、マツは三番目の選択肢を連呼。
しかも、その理由はただの見てくれの問題である。
言っとくけど、砦の外壁は私がピカピカに磨き上げているのだ。
古代遺跡のロマンはわかるけど、苔一つつけたくはない。
「いやいや、ひび割れる方がいいですよ! これってつまり、殴ったら割れるってことですよね? 面白いじゃないですか!」
一方のメイメイはさらに混迷の深まることを言い出す。
何かを殴って割りたいとかそういう発想自体がわからない。
本人は明るい顔で「何かを殴るとスカッとしてストレスが飛ぶ」とか危ないことを言う。
そもそも、あんたにストレスなんてものがあるのかね。
「……砦ちゃん、『もぐる』でお願い」
結論として私が選んだのは一番目だった。
っていうか、完全に消去法。
他の選択肢がアレすぎただけである。
「でぇええ!? もったいないですよ! 苔むした砦を六足歩行させましょうよ!?」
「砦を殴るなって言われたら、何を殴れって言うんですか!?」
抗議の声をやいやいある二人は完全無視。
メイメイ、あんたは別のものを殴りなさい。
砦はダメ、ゼッタイ!
『了解しました。潜ります』
青い画面の表示が変わると、砦がごごごごごと揺れ始め、それから床が動く感覚。
たぶん、きっと潜ろうとしているのだ。
この砦、一切の躊躇というものがない。
「今ですか?」とか聞いてくれてもいいのに。
「ひぇえええ、窓の外を見てください! 地中にいますよ、私達!」
マツの指さす方向にはいつもの殺風景な鉄格子の窓。
しかし、外の風景は真っ暗になっていた。
近づいてみると土である。
つまり、これが「潜る」ってことらしいけど、一体、どんな原理なんだろう。
まさか閉じ込められたわけじゃないよね?
「屋上から出られるみたいですよ!」
メイメイの一言で私の心配は取り越し苦労に終わる。
どうやら、屋上に続く扉に仕掛けがしてあって、そこから外に出られるようだ。
あぁよかった。
私、閉じ込められるのとか絶対に嫌なんだよね。
「ひょえぇえ、砦がなくなってますよ! あんなに大きいのが動いたんですよぉぉおお!」
外に出てみると、砦のあったはずの場所は完全な草ッぱらになっていた。
つまり、砦が見えなくなったのだ。
マツは砦が動いたというだけで変態じみた声をあげる。
彼女はごろりごろりと草原を転がった後、おもむろに立ち上がる。
そして、ほとんど無表情とも言える顔でこう言った。
「……あれ? 潜っただけで、浮かんでこないってことないですよね? 出口見つからないですけど」
「ははは、そんなわけあるわけな……、ってうっそぉおおお!? 誰だ、潜るなんてボーナスにしちゃったの!? 私だ! 私のバカぁああ!」
そう、あたりを見回しても、出入り口の痕跡が一切分からない。
これってつまり砦が完全に埋まったってこと!?
私が潜るなんてふざけた選択肢を選んだばっかりに何てこったい。
「大丈夫ですよっ! 掘ればいいんですよ!」
メイメイはそんなことを言うが、穴掘りはメイドの仕事じゃない。
したがって、非常にキツイ肉体労働が待っていることになる。
そもそも、砦の中にはこれまで集めたたくさんの素材があるのだ。
私たちが寝泊まりする場所も。
「砦ちゃん、お願いだから、浮かんできてぇええ」
すがるような気持でそう言うと、目の前に青い画面が現れる。
そこには『了解しました』と表示されていた。
どごがががががが!
「うきゃあああああ!?」
「ひきゃああああああ!?」
そして、気づいた時には、私たちは地上数メートルの高さにいた。
いきなり砦がせりあがってきて、私たちごと持ち上げたのである。
ひぃいいい、やることなすこと、突発的だよ、砦ちゃん。
「大丈夫ですかぁあああ!?」
下の方では砦ちゃんの進撃を間一髪で避けたのか、メイメイが心配そうな声をあげる。
大丈夫は大丈夫である。
マツはびっくりしてへたり込んでいたけど。
そして、私はあることに気づく。
青い画面に次の表示があったのだ。
『また潜りますか?』
そう、この砦、潜ることができるらしいのだ。
前回の「伸びる」の時には一回こっきりで終わったけれど、今回のは何度もできるっぽい。
これって……!!
「うひぃいい、すごいじゃないですか! 完全にカモフラージュできますよっ!」
そう、マツの言うとおり、砦を安全に隠すことができるのだ。
無人状態にしていても、誰にも見つからないだろう。
私とマツとメイメイの三人でお出かけするってことも可能だ。
「これなら、みんなで王都に行けるよ!」
「やったぁ!」
「都会の街は初めてですっ!」
私たち三人は飛び上がって喜んだのだった。
村暮らしのメイメイはそれはそれはとっても喜んだ。
「王都に出発する準備をしましょう! 素材をかき集めて、ぼろ儲けですよっ!」
マツは倉庫に入って素材をまとめ始めた。
「ふーむ、この素材があれば面白いものが作れそうですね……。男爵、ちょっと外で工作してきますねっ!」
マツはいくつかの素材を眺めると、外へ出て行くのだった。
穴を掘ったりしているみたいだけど、何のためだかはわからない。
ま、いいか。
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