40.メイド男爵、呪いの装備を身に着けたことに気づく
「えええええ、これドラゴンの皮ですよ!? 高級素材ですよっ!? いらないってどうして!?」
ここはトルカ王国の王都。
その一角にある冒険者ギルドに私たちは赴いていた。
『素材買取所』と書かれた看板の下で焦りの声をあげるのが、自称・素材に詳しい女、マツである。
私たちは砦からモンスターの色んな素材をもってきたのだが、その中でも一番、期待していたのがドラゴンの皮だった。
それも二種類もある。
一つは私が毒キノコスープでやっつけたドラゴン。
そしてもう一つは砦ちゃんの放った46センチ砲によって貫かれたドラゴンである。
キノコでやっつけたドラゴンの皮は七色に変色してしまったものの、後者のドラゴンの皮はほぼほぼ無傷な状態で入手できた。
ドラゴンと聞けば歴戦の勇者が装備するような高級素材。
これを売却すれば億万長者も夢じゃないとほくそ笑んでいる私たちである。
くふふふふふふ!
この素材を売ったお金があれば、領民の募集を派手に告知することができる。
それに女王様に謁見するためのドレスだって手に入る。
砦ちゃんでの暮らしをハイソに変える高級家具もあつらえることもできる。
お金、バンザイ!
「いや、ダメだ。無理だ、あきらめろ」
しかし、起きたのはとんでもないことだった。
受付のおっちゃんは無慈悲な言葉を連呼する。
納得のいかない私たちは彼につっかかるのだった。
「お嬢ちゃんたち、ここを見てみろよ? こりゃあ、レインボーテングタケの毒だな? ほら、こっちの皮から毒が移っちまったんだよ。こうなると、使えないんだわ」
買取所のおっちゃんはふぅと息を吐いて、買い取れない理由を教えてくれる。
その理由は毒キノコにやられた方のドラゴンの皮から、もう一つの皮へと毒が移ってしまったということだった。
確かに私たちはその皮を重ねて収納していた。
運搬している時に毒がしみ込んでしまったのだろう。
「マツ、あんたのせいだよ!? 何が素材の扱いなら任しといてだよ!?」
「うっさいですよ! そもそも男爵がキノコで敵を撃退するからこんなことに!」
取っ組み合いの喧嘩に発展する私たちである。
お互いにほっぺたを引っ張り合って罵り合う。
品もへったくれもない醜い争いだ。
「まぁ、ドラゴンの牙ぐらいは買ってやるから安心しな。他の素材も無事な奴は買ってやる」
買取所のおっちゃんはそういうとすごい金額を提示してくる。
額にして五百万ゴールド。
す、すごい。
いったんはこれで十分かもしれない。
「マツ……!」
「男爵……!」
私とマツはお互いのほっぺたから手を放すと、ぎゅっと握手をする。
そう、早い話が仲直りである。
お金さえ入れば仲違いする必要など皆無なのだ。
お金、ばんざい!
「これで領民が募集できる! ドレスも買えるよ!」
「これで魔導機械が買えます!」
もっとも、お互いの買いたい物は大いにすれ違っていた。
いいんだ、いいんだ、金持ち喧嘩せずって言うし!
マツには砦をよくするためのものなら、基本的に何でも買っていいと伝えておくのだった。
◇
「さぁて、お金も手に入ったし、ドレスを買うよ! あんたたちの分もね!」
そんなわけで一路、王都の高級品を扱う店へと急ぐ。
もちろん、ドレスを手に入れるためである
とはいえ、オーダーメイドなんてしている暇はない。
そんなことをしていたら、一か月ぐらい待つ羽目になるだろう。
ドレスに関しては一家言ある私にとっては残念ではあるけれど、半既製品を調整してもらえばいいかな。
「えぇええ、私はこの服装でいいですよぉ? うちの国じゃ、この服でも正装扱いですし」
「メイメイはお師匠様みたいなメイド服がいいですっ!」
対照的な反応を見せるマツとメイメイ。
マツのツナギって服が正装扱いっていうのは初めて聞いた。
確かにマツの出身国や、栄光国は服装のセンスがだいぶ違う。
それに、そもそも、彼女は服には無頓着な性格らしい。
素材はいいのに非常にもったいない。
胸元の空いたドレスを着たら男性諸君が悩殺されることこの上なしなのに。
……いや、そうなると、私が比較対象の眼にさらされることになるわけ?
あんなのと比べられちゃかなわないよ。
「とにかく、入るよ! ふへへへ~!」
邪念を振り払って、ご入店である。
そう、一番大事なのは私のドレスなのである。
なんせ男爵なのだから!
仕立て屋に入店すると、目に入ってくるのは煌びやかなドレスたち。
うひぃ、かわいい、かっこよい。
私は元・伯爵令嬢ではあるが、贅沢をさせてもらった覚えがない。
つまり、初めての高級品のお買い物なのである。
こりゃあ、燃えるってもんでしょうよ!
「あら、あなた見ない顔ね。どこのお屋敷のメイドかしら?」
女店主は私をどこぞの貴族のメイドだと思ったらしい。
そりゃそうだ、だってメイドの服装をしているのだ。
「いえ、私にぴったりなドレスを探しに来たのですが」
こんなところでキレる私ではない。
今の私はすこぶる機嫌がいいのだ。
マツが多少のことをしでかしても、笑って許せる女だよ、私は。
「ふぅん? お金が払えるのなら、いいのだけれど」
女主人はかなり失礼なことを言いながら、私たちを試着室へと案内してくれる。
そして、私達三人の身長や体型に合わせた服をどんどん持ってくる。
赤、青、黄色、色とりどりの可憐なドレスたちを。
「あっ、これ、私の生まれ故郷の服に似てます!」
メイメイは私に一風変わったメイド服を見せてくれる。
胸元のボタンがなんていうか、紐みたいな構造になっているもので、花柄の精緻な刺繍が施されている。
フリフリのついたスカートで、輸入品だとのこと。
一見するとタイトスカートだが、眺めのスリットが入っていて動きやすそう。
汚れ防止、傷防止、冷暖房完備など諸々の魔法機能付き。
お値段、何と10万ゴールド。
「おおふ……、すごい値段しますねぇ」
思わず興奮時のマツのような口調になる私である。
くぅううう、痛い。
痛いけど、私は太っ腹な領主!
愛する領民、メイメイのために買っちゃうよ!
「やったぁああ! うふふ、見てください! かわいいですよ!」
今までのズタボロの服から着替えたメイメイはとても嬉しそうだ。
元気いっぱいの彼女にぴったりである。
「おぉおう、この真っ赤なドレス、いかにも私っぽい! ほら!」
そして、本日のメインイベント、私のお着替えタイムである。
今回、チョイスしたるは真っ赤なドレス。
胸元に施されたるは大きなバラ型のコサージュ。
着るものの気品を伝えてくれる逸品だ。
「これにします!」
私は急いでメイド服を脱いで、そのドレスをスタッフさんに渡す。
こういうドレスはどうしても一人じゃ着られないものだからね。
これを着て王宮に向かったら、貴族の皆さん、絶対びっくりするだろうなぁ。
突如現れた、謎の美女!
すさまじい才気と美貌で宮中の男たちはメロメロに!
それはあのクマサーン伯爵の忘れ形見だった!
自分で言うのもなんだが、すごいドラマである。
あれれ、親を亡くしてメイドに堕とされた私ですが公爵閣下に溺愛されちゃいます物語が始まったりして?
うわぁ、困っちゃうなぁ。
私、こう見えても、辺境の領主だし、お婿さんに来てくれる人じゃないと。
「ひへへへ……、溺愛ルートきたこれ、毎日、甘いお菓子食べ放題……」
おっといけない、いけない。
妄想が過ぎて涎が垂れてきそうだよ。
「それじゃあ、腕を上げてくださいね!」
「はぁい!」
でれでれでれででん。
スタッフさんたちにドレスを着せてもらおうと腕を広げた時のことだ。
不吉な音が試着室に響く。
「な、何、今の音?」
「すっごい不穏な音がしたわよ?」
スタッフさんやお店のおかみさんが不安そうな声をあげる。
かなり不吉な音で、私の背筋がぞっとする。
「……はぇ?」
いつの間にか私の目の前に例の青い画面が浮かび、こんなことが表示されていた。
『警告! 砦はメイドのサラとシンクロしています。サラがメイドでなくなる場合、砦の「潜る」状態は解除されます。このまま継続しますか? ※下着・パジャマ・水着はOKです』
生まれて初めて見た、砦ちゃんの警告である。
更衣室に入った私は絶句してしまう。
そして、理解する。
あの砦、私がメイド服から別の衣装に着替えると勝手に元に戻るというではないか。
えぇえ、どうしよ!?
『脱いじゃえばいいじゃないですか? あんな辺境の砦、誰も来ませんよ?』
私の頭の中の悪魔のメイドがささやく。
『ダメです! もし、誰かに占領されたら、ただの男爵を名乗る痛いメイドですよ! それはそれでバカみたいじゃないですか! 最悪! 死んだ方がマシです!』
続いて、天使のメイドがそれに抗議する。
言ってることは正しいけど、天使のメイドの言葉が辛辣すぎやしないか。
「マツ! こ、これってどういうこと!?」
「……メイド服以外、着られないってことじゃないですか?」
「くはぁああああ!?」
念のため、マツに確認してもらったのだが結果は同じ。
つまり、砦を地中に潜らせている間はメイド服以外、着ちゃダメだってことらしい。
うっそぉおお。
それじゃ、私、メイド服のままで女王様に会いに行けっていうわけ!?
「あ、パジャマもいけるみたいですけど?」
マツは意地悪そうに笑う。
パジャマで謁見するバカがいるかぁあああああ!
私は泣く泣くメイド服に着替え直すのだった。
悔しいので、メイメイみたいなスタイルのメイド服も買っておく。
くぅううううう。
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