15.メイド男爵、砦を奪われないために偽装工作をする!

「変化なしかぁ」


 ゴブリン退治から一晩あけた次の日のこと。

 念のため、砦ちゃんのステータスを見たのだが、表示はほとんど変わらない。

 まぁ、プリンを食べただけだし、当然といえば当然だ。


「ゼニーって何の単位なんでしょうね? 謎が深まるばかりですよ」


 物知り博士のマツであるが、ゼニーなる単位を知らないとのこと。

 何のヒントもくれないなんて、かなりのケチである。

 ゼニーって何の単位なんだか、さっぱりだっていうのに。


 ちなみに砦はもとの大きさに戻ってしまった。

 伸びてるのは便利だったのに残念。


「そうだ! このガラス板の前で踊ってみるのはどうですか? 乙女のダンスに反応したりして!」


 マツは私と同じような発想をして、軽やかにステップを踏む。

 しかし、結果は同じ。

 うんともすんとも言わない。

 

「ぐむぅ、華麗さが足りないのですかねぇ? 男爵、一緒に踊ってみましょうか?」


 マツの瞳がきらりと光る。

 なるほど、一人でダメなら二人でやってみるのも手かもしれない。


「やったらぁあ!」


 こう見えてダンスが得意な私はマツと向き合い、軽やかにステップアンドターン!

 その数分後、私たちは無反応な砦に悪態をつくのだが。


「ぐぅむ、しょうがない。別の角度から攻めてみよう」 


「そういえば、領民が増えたらボーナスがありましたよね?」


 塩対応の砦さんを解明するために、一旦、ゼニーについて考えるのは止めることにした。

 砦の謎は別に兵器だけではないのだ。

 ボーナスの仕組みも摩訶不思議なのである。


「そだね、誰かさんが『伸びる』なんて選択してくれたけど」


「そ、それでモンスターを撃退できたんだからいいじゃないですか! むしろ、私のおかげでは? 感謝されてもいいのでは?」


「都合よく解釈しすぎでしょ、あんた……。いや、ちょっと待って。領民ボーナスがあるってことは、ここで暮らす人が増えればボーナスが貰えるってことじゃない!?」


「それですよ!」


 マツとの会話の中で導き出されたのは、この砦は私の領民を数えることができるらしいということだ。

 どう考えても魔法か何かの産物である。

 すっごい、すごいよ砦ちゃん。


「よぉっしゃ、誰かにうちの領民になってもらえばいいじゃん!」


 ここで素晴らしいアイデアが浮かんでくる。

 そう、領民をどんどこ増やすのである。

 

 そしたら、ボーナスとやらをもらえるに違いない。

 ふくく、そろそろあの武器をぶっ放したいと思っていたのだ。

 あの時のことを思うと、胸の内がじんわりと熱くなる。

 あれをぶっ放さないと、精神がおかしくなっちゃう気さえする。

 それに、あの美味しいお菓子を食べられるかもしれないし。


「しかし、ここってド辺境のくそ田舎ですよね? 近くに街はありませんし、移民が来ますかね?」


「ド辺境のくそ田舎って何よ!? 本当のこと言わないでよぉ、このツナギ女……」


 マツの鋭い指摘というか激しいディスに唸り声をあげてしまう私。

 確かに、ここはド辺境。

 近くに都市はないし、なんならモンスターが溢れる危険地帯。


 魔物除けすら備わってないし、移民を求めるのはかなりキツイ。

 しかし、本当のこと言われるのってすごく辛い。


「あのぉ、メイド男爵さん。いくらなんでも、『ヒャッハー! 人間狩りだぁああ!』ってのはナシですよ?」


「わかってるわい、そんなの!」


「とかなんとか言って、連れてきた人を『奴隷が回す謎の棒の仕事』につかせたりするつもりなんじゃないですか?」


「んなわけあるか! そもそも、うちの砦にそんな棒ないでしょ!」


 腕組みをして考えていると、マツはとんでもなく非人道的なことを言って煽ってくる。

 こいつ、私を何だと思ってるんだ。


 私がそんなことをする人間に見えるだろうか。

 こう見えて、善政で知られたクマサーン伯爵家の人間なんだよ。

 どうして、この私がそんな悪魔みたいなことをしなきゃいけないのだ。


「ふふふ、メイド男爵のそういう所、私は好きですよ!」


 私の返答を聞いて満足したのか、マツは嬉しそうにして抱き着いてくる。

 謎の棒の話で盛り上がっただけだと思うのけど。


 マツは今のところ、たった一人の領民である。

 そして、私にとっては久しぶりの友達なのである。

 笑顔でいてくれるのはすごく幸せ。

 ニコニコしているマツを見て、ふぅっと息を吐く私なのであった。



「それにしても、酷い話ですよ。メイドさんを一人だけ残していなくなるなんて」


 マツとの雑談の話題は、あの王兄様に移る。

 ご存知、私を置いてけぼりにしてくれた人物である。

 マツは眉毛を引き上げて、私の代わりに怒ってくれる。


「まぁねぇ。普通に考えたら、恨まれてもしょうがないと思うけど、謝ってくれるなら許してあげよっかな! 私は寛大だし!」


 マツの言うことはもっともである。

 もし、私が死んでいたら王兄様の枕元に化けて出ていたのは間違いない。


 はっきり言って私を見殺しにするぐらいの仕打ちをしてくれたのだ。

 怒るのも無理はないという話だろう。


 だが、それでも今の私は王兄様をそんなに恨んではいないのだった。

 なぜなら、私は彼のおかげで男爵の地位を手に入れられたからだ。


 さらに言うと、このわけのわからない超古代兵器要塞まで!

 私は基本的に結果オーライ主義なのである!

 きひひひ、私をここに置いてけぼりにしてくれたこと、後悔させてあげますわよ!


「あのぉ、もしその王兄様がこの砦の正体に気づいたらヤバいんじゃないですか?」


「ヤバいって、やっぱり返せって言ってくるかもってこと?」


 私がふんすと鼻を鳴らしていると、マツはとんでもないことを言ってくる。

 確かにそうだ。

 王兄様はこの砦はあくまでも辺境の何の変哲もない物件だと思っているのである。


 もしも、それが超古代文明の兵器だって分かったら、血相変えてやってくるかもしれない。


 私の頭の中には悲惨なビジョンが浮かぶ。

 王室からしたら、男爵の家を取り潰すことなど簡単なことだよね。

 事実、伯爵家だった私の家だってなくなっちゃったんだし。


「かもじゃなくて、絶対取られますよ! 心の優しい私でもメイドさんが下手打ったら武力制圧に乗り出す気マンマンなんですから!」


 腕組みしている私の隣で、マツは不穏極まりないことを言い出す。

 ちぃ、こんなところに伏兵がいたとは。

 このツナギ女への警戒は最大限に引き上げておかなきゃ。


 とはいえ、彼女の言っていることには一理ある。


 今の私にとって、モンスターの襲来は確かに脅威だけど、それ以上に王兄様の動向も警戒しておかなければならない。

 おそらくはなんともなしに与えられた砦なのだ。

 またいつ取り上げられるかわからない。

 そもそも、ここが超古代文明の何かだってことは絶対にバレちゃいけない。


 そんなわけで私たちの優先事項は二つに分かれる。

 一つ目は領民を増やしてボーナスをゲットすること。

 二つ目は砦を偽装して、王兄様にバレないようにすること。


「……よぉし、それじゃ仕事を配分しよう。マツは砦の調査も大切だけど、今は偽装工作をお願い! 私は領民を増やす方法を考えてみる」


「了解です! 工作は得意だから任せてください!」


 こうして私とマツはそれぞれの仕事に取り掛かることにした。

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