メイドです。置き去りにされた砦は超古代兵器だったみたいです。

海野アロイ@灼熱の魔女様・猫魔法 発売中

第1章 メイド男爵、辺境の砦に爆誕する

1.メイド男爵(仮)、辺境の砦に置いてけぼりにされる

『サラ・クマサーンを男爵に命ずる。本日をもって、この砦とその周辺はクマサーン男爵家の領地とする。全力をもって砦を守ること。 王兄』


 それは小鳥のさえずる気持ちのいい朝だった。

 目が覚めた私は粗末な机の上に置かれた書状と、その傍らに置かれた掃除用品のハタキ棒をしばし眺める。


「はぇ?」

 

 サラ・クマサーンというのは私の名前。

 そして、砦とはこの建物のことだ。


 今いる場所は国の北の辺境。それまた端っこ。

 石造りの二階建て物件で、昔の建造物だと言われている。

 王兄様とご愛人が行ってみたいということで、私はお世話係として連れて来られたのだ。


「えーと、なんだこれ?」


 寝起きの頭はぼんやりしていて、手紙の内容を理解するのに時間がかかるようだ。

 私はぐぃんと背伸びをして、頭の中を整理することにした。


 私は朝起きたら男爵になっていた。

 しかもこの砦を守れとのお達しが下っていた。

 与えられたのはハタキ棒、一本……。


「う、嘘だ、噓でしょぉおおお!?」


 当然、驚く、ひっくり返る。


「こっ、これ冗談ですよね? にゃははは!?」


 叫びながら砦をばったばったと走り回る。

 願わくば趣味の悪いサプライズであってほしい。

 

 そして、気づくのだ。

 無人である。

 人っ子一人いないのである。


 不穏なことに床には色んなものが散乱していた。

 まるで、今すぐにここを出ていかなければならない理由があったかのように。

 

「ひ、ひ、ひひ……、みなさぁん、デテオイデー」


 声が裏返る。

 顔がひきつり、冷や汗がダラダラ。


 絶対に嫌な予感がする。

 いや、嫌な予感しかしないんですけどっ!


「落ち着くのよ、サラ、こういう時は深呼吸して、ぴぇえっ!?」


 呼吸を整えようとした瞬間、外から鈍い音が響いてくる。

 壁がぴしぴしと軋み、天井からホコリが落ちてくる。

 何かが砦の壁にぶつかったのかな?


 恐る恐る、粗末な窓から砦の外を眺めてみる私。


「ひ、ひぎゃぁあああああ!?」


 絶叫してしまうのだった。


 砦の周りにモンスターが集まってきているではないか。

 一匹やそこらではない、わらわらと、である

 オークと思われる太った魔物は砦の壁に体当たりをして砦を揺らす。

 それも集団で。


 しかも、オークだけではない。

 森のほうから色んな魔物が続々とやってきている始末である。

 十匹どころか百匹以上いるかもしれない。

 


 ひぃいい、どうすればいいの!?

 そもそも、私は戦闘力ゼロのメイドなのにぃいいいい!


 呆然とすると同時に、私の中のもう一人の冷静な人格、通称、「サラ・ザ・クール」はこの事態を的確にとらえていた。


 そう、先ほどの手紙にはこう書いてあったのだ。

 私を男爵に命じると。


 実をいうと、この私、元は伯爵家の一人娘なのである。

 十四歳の時にパパ上様(お父さん)の失敗でお家が取り潰しになり、平民に急降下。

 数奇な運命に翻弄されて、ここ二年間はメイドをやっているのだ。



「も、も、もしかして、これってお家を再興するチャンスなんじゃないの!?」


 私の脳裏に亡くなった父親の言葉がよぎる。


『サラよ、クマサーン伯爵家を復活させるのだぁあああ! そして、幸せになってくれぇええ!』


 絶叫したのちに絶命する父親。

 貧乏極まりない生活の中での遺言である。

 正直重く、はた迷惑な話だとその時は思った。


 そもそも、私は家を没落させた父のことをそんなによくは思っていなかったし。


 しかし、今の私には分かる。

 

 これはチャンスだ。

 伯爵からランクは落ちるけど、男爵でもいい。

 この際、貴族ならなんでもいい。

 とにかく、これは貴族籍に戻れるチャンスなのだっ!


 領民はいないっぽいけど!

 砦周辺しか領地がないっぽいけど!


 絶体絶命だけど!


 貴族は貴族じゃん!


 拳に力を入れて千載一遇のチャンスを噛みしめる私。


 ずぅううううううん。


 しかし、そんな私のやる気を一気に削ぐのが、外のモンスターの襲来だ。


 そんな妄想にとりつかれている場合じゃない。

 外にはモンスターが集まってきているのだ。


 このままじゃやばい。

 やばいに決まっている。


 いや、さくっと死ねればまだましだ。

 一般的に言って、モンスターにとって私たち人間は食料。


 かわいく言えば、奴らのご飯になっちゃうわけである。

 絶対にヤダ。

 そんな死に方したくない。

 生きながら頭を丸かじりされるとか考えるだけで身の毛がよだつ。


 とはいえ、私は無力なのである。

 私にできるのはお掃除・お洗濯・お料理と言った家事スキルであり、魔法だって家事魔法しか使えない。

 つまりは貴族の家に生まれたくせに、メイド適正100%の女なのである。


 どうすんのよっ、これ!?



「隠れてやり過ごす! それしかないよ」


 この砦は石造りだし、窓には頑丈な鉄格子がはまっている。

 モンスターたちが入り口さえ突破してこなければ大丈夫だ。


 万が一、入ってきたとしても、頭のよろしくない連中だし、


「あ、無人なのかぁ、しょうがないブゥ」


「よぉし、あっちまで行っちゃうブゥ」


 みたいなノリでどっかに行ってくれるかもしれない。

 いや、どこかに行ってよ、マジで、本当に。




「ぐごがぁああああ!」

 

 モンスターの野蛮な咆哮とともに、頼みの綱の扉はきしみ音を上げている。

 頑丈そうに見えるけど、奴らが侵入してくる可能性も出てきた。


 私は腰が抜けそうになるのを必死に我慢して、隠れる場所を探す。

 もってくれ、私の腰!

  

「そうだ、あそこならっ!」


 実を言うと私は隠れる場所に心当たりがあった。

 この砦を掃除していた時に、私はヘンテコなドアを見つけていたのだ。

  

 サラ、偉いわ、何て賢い女の子なの!

 誰も褒めてくれないので自分で自分を褒める私。

 それから真顔で猛ダッシュするのだった。


「ここにあったよね……」


 私のお目当ての場所は砦の物置の奥にあった。


 そのドアを恐る恐る開くと、先には窓のない真っ暗な空間が広がっていた。

 ちょっと不気味だし、虫さんが住んでいるかもしれない。


 だが今日はもうしょうがない。

 命のピンチに虫がどうとか言ってられない。

 なんなら虫さんと仲良くお留守番だってできるよ。


 だから、お願い!

 やり過ごさせてっ!

 死んだら、お家の再興どころじゃなくなるからっ!



「ライト!」


 魔法で光源を確保する。

 その空間は思ったよりも広く、少しだけホコリっぽかった。

 虫もいなさそうだし一安心だ。

 

「なにこれ?」


 ここで私は奇妙なものを発見する。

 ちょうど人が一人横になれるぐらいのベンチが置いてあったのだ。

 それの何が奇妙かと言うと、人間の形に型抜きされているのである。

 まるでそこに誰かをすぽっと収めたかのように。


「明らかに不吉なものじゃん、これ……」


 ベンチの禍々しさに背筋がぞくぞくする。

 正直、お近づきになりたくはないのだが、今は緊急事態。

 触らなきゃ問題ないだろうし、ここに隠れていよう。


「そもそも、どうして私がこんな目に!?」


 ベンチの傍で身を小さく抱え込み、はぁ~っとため息をつく。

 私はただただ王兄様バカップルの砦宿泊ツアーについてきただけである。


 こんなところで死にたくない。

 お家を再興して、美味しいご飯を食べる生活に戻るまでは死にたくない。

 そうだよ、お腹いっぱいお菓子を食べるまでは死ねないよっ!

 

「ひえぇえ!?」

 

 そんな風に自分を鼓舞していた時のことである。

 さっきよりも大きな音がドア越しに響いてきた。

 石造りの壁がぴしぴしと軋み、私は怖さのあまり急に立ち上がってしまう。


 そのまま態勢を崩した私の体は、先ほどのベンチの上に尻もちをつく。

 すると、どうだろう。

 ふにゅってな具合に私の体はベンチに受け止められてしまう。

 布のクッションとは大きく違う触り心地。

 少しひんやりした感触が結構気持ちよかったりして。


「これは……あんがい……いいものかもね……」


 私は人型の窪みに身を伸ばし、しばらく不思議な感触を楽しむ。

 もにゅもにゅしていていい感じ。

 完全なる現実逃避である。

 

 ピコ。


 そんな折、妙に高い音がする。


 何事かと思って脇を見ると、先ほど私が立っていた辺りが青く光っている。

 それは縦1メートル、幅50センチぐらいの長方形のガラス板だった。

 そこには次のように白い文字が浮かび上がっていた。


『画面をオンにしました』


 画面とやらがオンしたらしいのはわかる。

 つまりはこの不思議な表示のことだろう。


『生体反応確認。生体認証およびログインしますか?』


「せ、生体認証!? ロ、ログイン!?」


 うろたえまくる私である。

 そもそも、ログインって言葉すら知らないのだが「しますか?」って問われても困る。


 その文字はガラス面に映し出されていて、とても鮮明だった。

 ひょっとしたら、魔法の技術かもしれない。


 

 どがぁああん、ばき、どがっぁあああん!


 私が目を白黒させていると、モンスターたちの破壊音が響いてくる。

 ひぃいい、あいつら私をご飯にする気満々のようである。

 最悪。


 とはいえ、もはや私には打つ手がない。


「する、しますっ! にんしょうとか、ろぐいんとか、しますぅうううっ!」


 絶叫に近い言葉で返事を返す。

 わらにもすがるとはこのことで、このまま縮こまっていたって隠れていられる保証はない。

 見つかったら、絶対に死ぬ。

 ろぐいんだか何だか知らないが、助かる方法を模索した方がいいと思ったのだ。


『了解しました。生体データをスキャンし、シンクロします……』


 すると、再びガラスに文字が浮かび上がる。


 データって何のこと?

 スキャンって何?

 シンクロって何!?


「ひえっ!? なにこれぇえええ!?」

 

 悲劇は唐突に訪れた。

 私の四肢は突然ベンチに拘束されたのだ。


 ベンチの横から青白く光るベルトが伸びてきて、私に絡みつき離れない。

 さらには、私の体の上を青白い光が通り過ぎていく。

 ガラスの板から光が出てきているらしいが、なにこれ、なにこれ!?


『シンクロ開始』


 焦っていると、さらに画面の表示は変わる。

 なんだかグラフみたいのが出てきて、数字がゼロから徐々に増え始める。

 しかも、なんだか体がおかしい。

 むずがゆいというか、なんというか。


「うひゃひゃははっはははは、やめろ、こら、どこ触ってんの、怒るよ、ちょっとぉおおお!?」


 はしたないことだが、私は思いっきり笑ってしまう。


 そう、くすぐったかったのだ。

 脇腹とか、特に弱い。

 なんなのこれ、これがシンクロ!?



 どがぁあああああん、ばきばきぃっ!


 私がひぃひぃ笑っているうちに、扉をぶっ叩く音がさらに大きくなる。

 しかも、明らかにさっきと違う音が。


 やばい!

 やばい!!

 やばい!!!


 笑ってる場合じゃないじゃん!!!!



『スキャンおよびシンクロ完了。あなたを宿主に設定します。外敵を発見。初回ログインボーナスを実行しますか?』


 体の拘束が解けたかと思うと、次に現れたのはそんな文字である。

 外敵ってことは、どうやら砦は外にモンスターがいるのに気づいたらしい。

 しかし、初回ログインボーナスって何よ、それ。

  

「とにかく実行しますぅうううう! 私を守って下さぁあああい!!」


 私は叫ぶのだった。

 訳は分からない。

 分からないけれど、これに頼るしかない。


 ひへへへ、これで砦をお花で覆いますとかだったら、私は終わりだ。

 そしたら、王兄様の枕元に化けて出てやろう。

 私はこう見えて執念深い女。

 絶対に出てやるんだから、覚えてろ。



『了解。半径5キロ圏内の敵をすべて駆逐します』


 そんな文字が画面に浮かび上がった瞬間だった。


 どたたたたた、どがっぁああああん!!!


 信じられないほどの爆発音と震動。

 それからモンスターの絶叫が響くのだった。

 

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