43.王兄様の末路:辺境に追放決定!



「ロンド伯爵! あのメイドは何なんですか!? 毒を使った卑怯な不意打ちで我々の軍が多大な被害を受けましたぞ!」


 サラが女王を訪問する直前のこと。


 王都にいたジュピター・ロンド伯爵のもとに栄光国の面々が現れ、声を荒げていた。

 彼らが辺境の砦を調査しに行ったところ、正体不明のメイドが砦に現れて軍隊を傷つけられたと抗議してきたのだ。

 てっきりドラゴンに襲われたと抗議してくるものと思っていたので面喰ってしまう。

 

「メ、メイド? メイドって何のことです? え、生き残っていたですって!?」


 これにはジュピターもびっくりである。

 確かに王兄が使用人を砦に残して逃げ出したのは聞いていた。

 しかし、モンスターに襲われて死んだものとジュピターは思っていたのだ。

 それが未だに生き残っているだけではなく、砦の所有を主張し、あまつさえ栄光国の軍隊を退けてしまうとは。


「ツナギを着た怪しい女工作員と、暴力小娘もいたとのこと! あれのお陰で調査が進まないではないですか! どうなってるんですか!?」


「あれを排除していただかなければ調査ができません!」


 口角泡を飛ばす栄光国の面々に、ジュピターはむしろ苦笑してしまう。

 栄光国の精鋭とやらがメイドとその取り巻きの少女たちに撃退されたのはむしろ不名誉なことであり、どの面を下げて自分に文句を言いに来るのだろうか。

 

 とはいえ、栄光国もバカではない。

 不名誉だと分かってはいるものの、ロンド伯爵の政治力をもって問題の解決を促しているのだ。

 実際、ジュピターが王兄に頼んで裏から手を回してもらえば、メイドなどすぐに排除できるはずである。


「それじゃ、私にお任せくださいませ。ふふ、ミミン様も人使いが荒いですわね」


 ジュピターはミミンの情けない姿を想像して笑いをこらえるのが精一杯だ。

 彼女は急いで王兄のもとに向かうことにしたのだった。




「あ、あれが生き残っていただと!?」


 ジュピターは王兄に栄光国の報告をざっくりと伝える。

 メイドが調査の邪魔をして困っていること。

 明け渡し要求に応えないことなどなど、である。


 話を聞いた王兄はびっくり仰天して、口をパクパクと開く。


「あのような者を男爵に命じたのは冗談のようなものだ。今から撤回の申し出をしてこよう」


 その後、我に返った彼はジュピターの要求を飲むことにした。

 つまり、メイドの爵位が無効であることを女王に宣言するということだ。

 日ごろから王兄に爵位をばらまくなと注意してくる女王のことだ。

 こちらが撤回すると言えば、受け入れざるを得ないだろう。


「ありがとうございます! これで栄光国の面目も立つでしょう!」


 問題が解決できたとジュピターは王兄の手を取って感謝する。

 王兄は宮中へと向かう道すがら、こんな簡単なことでロンド伯爵に恩が売れたのならしめたものだと思うのだった。


 

 しかし、彼を待っていたのは意外な現実だった。


「なりません。サラ・クマサーン男爵は先ほど、宮廷に参りましたので、改めて私が男爵として任命しました。これは国家としての正式決定です」


「なん……だと……?」


 女王は王兄の申し出をぴしゃりと却下したのだった。

 話を聞けば、そのメイドは女王のところに挨拶に来て、『メイド男爵』と言う二つ名さえ頂戴したという。

 メイドと男爵という呼称に王兄は苦々しい顔をする。

 これには自分への意趣返しの意味も込められていると王兄は邪推するのだった。


 もっとも実際には、サラがメイド服のまま宮廷に現れたからだったのだが。


「サラ・クマサーンことメイド男爵は若年ながら、知力・胆力に優れる少女です。兄上にしてはいい仕事をしてくださいましたね」


 女王はにこりと笑う。

 それはこれまで兄にお小言を言い続けてきた時のしかめっ面ではなく、心から評価している様子である。

 王兄は不本意ながらも褒められたことに、少しだけ嬉しくなってしまう。

 この男、どこまでも単純なのである。


「それと、兄上の領地を差し替えさせていただきます。砦の周辺はメイド男爵に任せましたので、兄上には南の辺境をお願い致します。明日から、さっそく領地へと向かってくださいね」


「ぬが!? あ、明日から南の辺境だと!?」


 しかし、女王は笑顔のままとんでもないことを言い始めるではないか。

 それは王兄にそもそも与えられていた北の辺境地帯をメイド男爵に与えるというものだった。

 代わりに与えられたのは、南の辺境。

 先王時代に毒沼を開墾してできた地域でもっとも人口の少ない不毛地帯である。


「王兄様、我々が同行いたしますぞ。道中は魔物が出ますからな」


 ずずいと現れるのはアッシマ家の武官と王宮の精鋭部隊である。

 王兄はここにおいて理解する。

 これは王兄への追放宣言なのだと。


「待て、待て、待て! 私が何をしたというのだ!? たかがメイドを一人、置いてけぼりにしただけではないか! そんなものが、私よりも大事だというのか!?」


 王兄は慌てふためいて大声を張り上げる。

 その声はところどころ裏返り、もはや悲鳴に近いものだった。


「たかがメイド……ですか?」


 王兄の言葉を受けた女王はじっと王兄を見つめる。

 その瞳にはもう、兄への遠慮や臆病さは宿ってはいない。

 あるのはただ、為政者としての決意の心だった。


「そのたかがメイドは辺境のモンスターを退け、ドラゴンを倒し、盗賊団を撃退したそうですよ。そんな稀有な人材を死地にさらしたことは、捨て置けない事実です」


 女王の言葉は静かだった。

 しかし、そこには決してブレることのない強さが宿っていた。

 兄にこれ以上好き勝手はさせない、という決意が現れていたのだ。


「さぁ、要件が終わりましたら、退出をお願い致します」


 女王はにこりと笑うと、政務があると言って王兄を追い返すのだった。

 王兄は「待ってくれ、血を分けた兄妹ではないかぁあああああ」などと叫ぶも、近衛兵たちに抱えられて外へ追い出されてしまうのだった。




「おのれぇええええ、あのメイドだけは、許さんぞぉおおお!」


 追放処分を受けながらも、王兄は嘆くことはなかった。

 ただただ腹を立てていた。

 あのメイドのせいで自分が辺境へと追放処分になったことを。

 

「王兄である私をバカにしおって! すぐさま騎士団を出せ! 砦を落としてやるぞっ!」


 怒り狂った王兄は少数精鋭の部下を率いて、砦を落とすことにした。

 メイドたちが砦に戻っているかは不明だが、そんなものはどうでもよかった。

 自分に逆らったことを後悔させてやりたいという、身勝手な思い込み。

 それが彼を熱い火の玉へと変えたのだった。

 女王の命令と言えど、彼は絶対に従わないと腹を決めたのだ。


「お、王兄様、確かここに砦があったはずなのですが……」


 辺境に到着するも、王兄たちは首をかしげることになる。

 砦がないのだ。

 確かに周囲に真四角の岩がごろごろと転がっており、目算を誤るはずもない。

 まるで地中に溶けてしまったかのようになくなっている。


「どういうことだ!? 探せっ! あんなものが消えるはずがあるかっ!」


 王兄は剣を抜き、怒声をあげる。

 自分をバカにしたメイドに仕返しをしてやりたい。

 その一心で危険な辺境にまで来たのだ。

 こんなところで肩透かしを喰らうわけにはいかない。


 彼は剣を振り回しながら、砦のあったはずの場所をどすどすと歩く。

 そして、悲劇は起こった。


「気合を入れて探せぇ、この、あびゃああああ!?」


 王兄は落とし穴に落ちたのだ。

 それもただの落とし穴ではない。

 深さ数メートルの深い落とし穴である。


 命を落とすほどの高さではなかったが、衝撃で腰が抜けて動けない。


「王兄様!? ええい、落とし穴だっ、早く助けろっ!」


 騎士団の面々は王兄を引き上げようと必死に駆け寄る。


「なぬっ!?」


「なんだこれはぁああああ!?」


 すると、まるで落とし穴が連動しているかのようにどんどん出現するではないか。

 騎士団の面々は数人を残して、地中へと吸い込まれるのだった。


「ひぃいっ、暗闇だぁ、怖い、助けてくれぇっ! 俺は暗いのが苦手なんだぁあああ!」

 

 泣き叫ぶ王兄。

 その様子はあまりにも情けなく、配下の騎士たちはげんなりした顔を浮かべるのだった。


 それから間もなくして、王兄は女王の捜索隊に捕縛されてしまう。

 命令違反は糾弾され、追放処分はすぐさま行われた。

 しかも、許可がなければ王都への帰還も許されないという、非常に重い処断が下されるのだった。


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