42.メイド男爵、女王様に謁見して「気づき」をもたらす
「な、なんだこのメイドは?」
「男爵を自称しているらしいぞ? あのクマサーン伯爵の娘だと言うが」
「クマサーン伯爵の!? し、しかし、メイド姿のままで謁見するとはなんと不敬なやつ」
宮中に入り、謁見の間に通された私たちは思わぬ洗礼をうけることになる。
貴族や官僚の視線は明らかに私たちのことを疑っている様子。
それもこれもメイド服だからだ。
腰にぶら下げるのは剣ではなくて、王兄様にもらったハタキ棒一本。
私、メイドは天職だと思ってるけど、この日ほどメイド服を呪ったことはないよ。
奇跡の美少女男爵として颯爽と宮廷デビューするはずだったのに、なんてこった。
「あなたがサラ・クマサーンですね? よくぞ、王都に戻りました」
私が頭を垂れた姿勢で待機していると、玉座の方から声がかかる。
鈴の音かと思うほど、とても澄んだ美しい声だった。
「ははぁっ! あ、ありがたき幸せに存じますぅ!」
私はうろ覚えの貴族言葉でとにかくひれ伏す。
「ふふ、顔をあげていいわよ」
「ははぁっ」
慈愛に満ちた声に導かれ、私はゆっくりと顔をあげる。
するとそこには、美しいお顔の女性が座っていた。
我らがトルカ王国の女王陛下にして、稀代の美女としても知られるシュトレイン・トルカ様である。
口元には少しだけ笑みが浮かんでいて、見るからに性格がよさそうだ。
私を置いてけぼりにしてくれた王兄様とは異母妹らしいけど全然っ似てない。
あっちは何ていうか、いかにも小者って感じだからね。
そして、私は気づく。
この人よりも目立つなんてことは絶対に起こりえないってことを。
すっごく、美人なのである。
うわぁあああ、うぬぼれていた自分が恥ずかしい。
メイドの姿で現れてごめんなさいぃいい。
「さて、サラ・クマサーンよ、これまでの話は私も聞いております。あなたは我が兄より爵位を受けた、ということですね?」
「はい、ここに証文もございます」
女王陛下は単刀直入に話題を切り出す。
どう切り出せばいいかと思案していたので、とてもありがたい。
私は渡りに船とばかりに懐から例の文書を取り出すのだった。
「証書があるだと?」
「王兄陛下にも困ったものだ」
女王陛下の側近の人たちの言葉が聞こえてくるけど気にしない。
問題はその証文に書かれた内容に正当性があるのかってことである。
女王陛下がそれを認めてくれればいいのだが、もし却下されたら私はただの「男爵を自称するメイド」になってしまう。
いや、場合によっては貴族を騙るのは重罪と判断される可能性もある。
まさに私の生死をかけた戦いなのだ。
「ふむふむ、よろしい。わかりました。私、トルカ王国の国王、シュトレイン・トルカは正式にサラ・クマサーンをあの砦周辺の男爵として認めることにいたしましょう!」
女王陛下の形の良い唇から飛び出したのは、まさに福音だった。
私の身分を保証するという内容であり、貴族籍を取り戻したということでもある。
私はこれで男爵になったのだ。
やったよ、お父さん!
クマサーン家が三年ぶりに爵位持ちに返り咲いたよ!
「ははっ、ありがたき幸せに存じますぅうううう!」
頭を深々と下げて感謝の意を表す私。
立ち上がってガッツポーズをしたいところだけど、そうはいかない。
頭を下げたまま、拳をぎゅっと握る。
ひへへへ、今日は王都でスイーツパーティだ。
「しかるにサラよ、あなたはなぜメイドの姿でいるのですか?」
「はぇ?」
天国状態だった私の思考をぶった切る質問が聞こえてきた。
なぜ着てるのかって?
それは……このメイド服を脱いでしまうと例の砦の存在がバレてしまうからなのであるが、そんなことは言えない!
いくら相手が女王陛下であっても、砦の秘密は明かせないし、本当のことを話しても私の頭がおかしいと思われるのが関の山だろう。
「い、いえ、その、メイド時代の思いを忘れないようにしたいかなと思いまして、領主になっても整理整頓をして、えーと、心地よい暮らしってやつですか、それを領民の皆様にしてもらいたくて、ひへへへ」
人間、追い詰められたら、口からペラペラと出まかせが出てくるものである。
今回の場合がまさしくそれで、私は自分が思ってもいないことを口にするのだった。
「この姿で魔物やらドラゴンやら盗賊やらやっつけましたし、お掃除や片付けが行き届くと心もキレイになるというか、ええと人生には片付けが必要だと思うんですよねぇ、えへへへ」
自分ですらもはや何を言いたいのか分からない言葉が溢れてくる。
ひぃいい、ダメだ、どうしよう。
「なるほど! 片付けはとても大事ですよね! サラ、素晴らしい心がけです!」
であるにもかかわらず、女王陛下は私の出まかせをやたらと褒めてくれる。
もしかしたら、陛下も私と同じように整理整頓が好きな片付け愛好家なのかもしれない。
……いや、女王陛下が片付けるなんてことはないか、うん。
「ははぁっ、恐悦至極に存じます! ありがたき幸せにございます!」
とりあえず、褒められた私は頭をががーっと下げる。
父親はいつも言っていたのだ、とにかく上の人間から褒められたら全力で喜んで見せろ、と。
「よろしい! それでは皆の者も聞くがいい!」
「はぇ?」
女王陛下は私の言葉に満足したようだが、その後に周囲の重臣たちに声をかける。
一体、何を言い出すつもりなのか。
他のみんなも整理整頓を心がけよってことかな?
「このシュトレイン・トルカはサラ・クマサーンに宮中でも特別にメイド服を着用する許可を与えます! サラは今後、メイド男爵を名乗るがいい!」
「はぇえええ?」
私の推理に反して、女王陛下が高らかに宣言したのは、とんでもない内容だった。
そう、このトルカ王国にメイド男爵なる人物が誕生したのである。
へぇええ、メイド男爵かぁ。
おもしろーい。聞いたことないなぁ。
ちがうよっ、私だよっ、私がそのメイド男爵なんだよっ!!?
現実逃避してる場合じゃないよっ!?
一瞬、頭の中が真っ白になったのだが、正直言って受け入れたくない。
そんなのどう考えても三流小説のイロモノキャラである。
しかし、私は分かる。
女王陛下の言葉を否定できるはずがないことを。
「ははっ、メイド男爵、確かに拝命つかまつりましたぁあああ! 今後、メイド男爵として精進いたしますぅううう!」
もう破れかぶれである。
全然、嬉しくもなんともないのだが、私は女王様からの拝命をありがたく受け取るのだった。
「それはいいっス」なんてとてもじゃないけど言い出せない雰囲気だったし、そもそも私は長い物には巻かれろなのである。
偉い人たちが苦笑交じりに拍手を送る中、私は内心、叫ぶ。
うぅうう、私の宮廷デビュー大作戦はどこに行ったのさ?
ハンサム公爵のドSに見せかけた溺愛ルートはぁああああ!?
全ての野望が潰え、茫然自失としたまま、私は謁見の間を後にしたのだった。
◇ 女王様、覚悟を決める
「あ、あのメイドが生きていたですって!?」
私の名前はシュトレイン・トルカ。
トルカ王国の女王をしている。
私には悩みの種があった。
横暴な兄の存在である。
先日はメイドを身代わりにして領地の砦を放棄するという行いを見せた。
砦の奪還とメイドの救出を命じたけれど、従うかは分からない。
兄は王位を継げなかったことを逆恨みしているのだ。
それでも私は兄に強く命令できないことを感じていた。
私の地位はトルカ王国において最高のものだ。
しかし、それでも幼いころから粗暴だった兄には気後れしてしまうのだ。
表立っては毅然とした態度で接しているものの、心の奥底はなかなか変えられない。
私が本当に女王でいいのか?
列強に囲まれているこの国を導けるのか?
兄にどんな態度で接するべきなのか?
私の心の中は様々な葛藤で散らかっていたのだ。
ある日のこと。
驚くべき知らせが王宮に響いた。
兄が置いてけぼりにしていたメイドが生きていたのだ。
北の辺境ではダンジョンが暴発し、モンスターが溢れたという報告も入ったほどだ。
とてもではないが、信じられなかった。
だが、彼女の持つ証書はまさしく兄が書いたもので、正式なものだった。
「よろしい、私が彼女に叙勲を行います」
私は彼女に会うことに決めた。
砦を守るというのだから、さぞ武勇と知略に優れた娘なのだろう。
私は自分の心根の弱さを知っていたから、ぜひ、会ってみたいと思ったのだ。
「サラ・クマサーンと申しますぅうううう」
その娘はメイド服を着ていた。
王宮において貴族が着るべき服ではないのだが、彼女にはとてもよく似合っていた。
それ以外の服はまったく似合わないのではないかと思うほどに。
サラは可愛らしい顔立ちをした少女で、勇猛果敢という言葉からは無縁の人物だった。
もしも彼女が伯爵家の娘として生きていたのなら、いずれ社交の場で目通りすることもあっただろう。
運命のめぐりあわせに不思議なものを感じる。
「しかるにサラよ、あなたはなぜメイドの姿でいるのですか?」
私は彼女に男爵の地位を授け、とある質問をする。
なぜメイド服の姿で現れたのか、ずっと疑問だったからだ。
貴族にとって王宮での服装はそのものの権勢を示すために重要なものだ。
他者に侮られる服装をするわけにはいかない。
しかし、彼女の姿はメイドなのである。
胸元にコサージュをつけているが、それでもメイドなのである。
兄への当てつけということも考えられるが、わざわざ王宮に着てくるほどとは思えない。
自分の人生の一生が決められる可能性だってあるのだから。
「お掃除が行き届くと心もキレイになるというか、ええと人生にはお掃除や片付けが必要だと思うんですよねぇ、えへへへ」
サラは緊張しているのか早口で何事かを喋り始める。
あまりにも早口なので聞き取り辛かったが、その言葉の最後の方で、彼女は素晴らしいことを言った。
それは人生には『片付け』が大切だということだ。
不要なものはきっぱりと排除してしまうこと。
それを彼女は伝えたかったのだ。
彼女のメイド服は兄への当てつけではない。
私へのメッセージだったのだ。
深読みかもしれないが、彼女はメイドの身で魔物を撃退する知恵者だ。
きっと何もかも分かってのことだろう。
その二重三重に張り巡らされた智謀に私は感心してしまう。
「このシュトレイン・トルカはサラ・クマサーンに宮中でも特別にメイド服を着用する許可を与えます! サラは今後、メイド男爵を名乗るがいい!」
私は決断するのだった。
サラ・クマサーンに私の治世が始まって以来、初めての称号を与えるということを。
おそらくは十数年ぶりの称号授与となる。
私はサラ・クマサーンという得難い人材の登場に心を躍らせる。
彼女がいれば腐敗しつつあるこの王国を立て直せるかもしれない。
そのためにはまず自分自身の責務を果たさなければならないと覚悟を決めるのだった。
そう、兄と決別するのだ。
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