第5話 真ステータス到着と初めての依頼
「アクセル・グランツさんで宜しいですか?」
ドアの向こうにいたのは、修道服を着こんだ若い男性だった。
ただし、その背中には見覚えのあるリュックを背負っていて、
「《運び屋》?」
「ウチは神殿所属の《運び屋》をやってるジーンっていうもんっす」
転職した際に見せて貰ったステータスの人だ。彼は訛りのある言葉を話しながら、リュックの中から一枚の封筒を取り出した。
「それは?」
「巫女さんからのお届け物っす。『訂正したステータスの表』っていう重要物なもんで魔法で封じられてます。グランツさんご本人が開けてくださいっす」
「ああ、どうも」
渡された封筒を見れば、口を魔法札でしっかり止めてあるのが分かった。。
『本人以外が開けると灰になりますのでご注意』としっかり注意書きまで書かれている。
「それじゃウチはこれで。あ、それと、巫女さんから言伝が。『今回のステータス票には例外事項が多すぎますので、明日改めてアクセル様の方に謝罪と説明に行かせて頂きます』との事っす」
「うん? ああ、了解」
「あと、今日はもう夜遅いのと、ゴブリンやオーク類のモンスターが街の周辺に異常発生しちゃって草原を渡る危険度が高いんで、神殿までは戻らず街の入り口の宿屋に泊まって行く予定っす。もしも荷物の方に何らかの不備があったら、宿屋まで申し付けてくれると助かるっす」
「はいよ。何から何まで、ご丁寧にどうも、ジーン」
「いえいえ、これも神殿所属の運び屋としての仕事っすから。それでは――」
挨拶の後、ジーンは俺の家の前から去って行った。
……丁寧な仕事をする人だったな。
あの仕事の態度は、同じ《運び屋》として見習いたいところだ、と思いながら俺は室内に戻ると、
「アクセルさん、今のは転職神殿の方ですよね? しかも訂正って言ってましたし、もしかして、アクセルさんが就くべき職業の訂正連絡、などだったり――」
ファングが食い気味に話しかけてきた。
「いや、そういう物じゃないな。単純にステータス表が汚れて読めなかったから、新しいのを届けて貰っただけだ。というか、ファング、お前は《運び屋》って職業に就いた事を気にし過ぎじゃないか?」
「それは気にしますよ! むしろ気にするなというのは無理ですよ。何度も言いますが、普通の人が転職して運び屋になったのならともかく、最上級の《竜騎士》が初級職になるというのはそれくらい大きな事なんですから!」
ファングは力強く握りこぶしを作りながら言ってくるけれども、それが重大であるという実感がまるでない。
最初っから最上級職になってしまったものだから、一般的な転職感覚という物がよく分からないので仕方ないのだけれども。
……まあ、その辺りは置いておいて、今はとりあえずステータスを見るか。
と、俺は封筒についていた魔法札を剥がす。
仲にはスキル表と同じ、紙のような、それでいて冷たい金属のような用紙が入っているので、それを引き出して、内容を見てみると、
「うん?」
俺が首を傾げると、食卓に座っていたバーゼリアがやって来た。
「あれ、どうかしたの、ご主人? またレベルアップしてた?」
「いや、そうじゃなくてだな。……何だか能力値が高いんだよ」
「え?」
俺の言葉にまず反応したのはファングだ。
「あ、あの、アクセルさん? そのステータス表を見せて貰っても宜しいでしょうか? いや、マナー違反であるのは分かるのですが」
「ああ、別に構わないぞ? こんなの初期ステータスだしバレたところでいくらでも変わるだろうし」
基本的にパーティー内ならステータスというのは見せあっても良い物だしな、と思いながら、俺はファングにステータス表を見せた。すると、
「は?」
ファングは一度見て、目を擦って二度見た上でそんな声を出した。そして、
「な、なんで、こんなに高くなってるんですか!?」
三度見ながら驚きの声を発した。
「さあ?」
「さあ……って、運び屋じゃあり得ない数値ですよ!? 何ですか、この全Sは。幸運力なんてEXですし、『卒業』とか初見の言葉もありますし!」
「なになにー? ご主人のステータスどうなったのー?」
そんな風に取り乱すファングの横から、バーゼリアがステータスを覗き込む。そして、
「わ、これ、竜騎士時代のご主人のステータスに似てるねえ。ただ、速力はSSSだったし、幸運力はEXになっていなかったし、微妙な違いはあるけれど。かなり近いや」
「え? 竜騎士時代とほぼ一緒ってどうなっているんですか!?」
「いや、だから分からん――っと、なんか封筒の中に他にも入っているな。これは……?」
取り乱すファングに応対していると、封筒の中から手紙が一枚出てきた。
そこに書かれていたのは、転職巫女による説明文で、
「『転職神様から頂いた啓示をそのままお渡ししましたが、あまりに例外が多すぎるため、明日の夜にお伺いさせてください。転職神様を質問攻めにした結果をお話させて頂きます』……だとさ」
つまり、先ほど運び屋から受け取った伝言の詳しい版だ。
とりあえず、この辺りの事情は明日、巫女からの説明で聞けば良さそうである。
「いやあ、流石ご主人だよ! いつの間にか幸運力EXになっていたなんて凄いや!」
「ああ、運が良くて何よりというか、有り難い話だな。これで明日からも動きやすくなる」
明日、巫女に聞く内容を考えるのは大変だけれども、能力値が高いというのは本当に助かるし。どうなっているのかとワクワクもするなあ、と俺はバーゼリアと共に微笑みつつ、今日の夕飯が待っている食卓に着き直すのだった。
●
ステータス表を見てから、何てことなくテーブルに着こうとするアクセルを見て、ファングは驚愕していた。
……いや、これは運が良かったって、問題はそこじゃないでしょうに……。
そう。運が良いとか、ステータスが高いとか、そこよりももっと大事な事がある。それは、
「ま、待ってください、アクセルさん。……ステータスが今来たって事は、アクセルさんはこの能力値を知らないのに、普通にレベル上げに勤しんでいたんですよね?」
「そうだけど、何かあったか?」
これまた何気なく言ってくる。
それはつまり彼は低能力の初級職になったというのに、強くなる確証はないというのに。
それどころか強くならない保証ばかりがあったというのに、
……ショックも受けずにレベルを上げ続けるという行為をし続けたんですか、アクセルさん……。
なんて人だ、とファングは思った。
この人は恐らく能力値が低いままでも延々とレベルを上げ続けた筈だ。
今まで鍛えてきた力を全て取り上げられて、再スタートだと言われて。
失って尚、絶望している時間すら無いままに、すぐに動けるだろうか。
……オレには出来るのかな、同じ立場になった時。
勇者だからとうぬぼれたことは無い。アクセルという目標を目指して沢山鍛えてきた記憶は自分にもあるけれど。
それを失くして、ここまでの対応が出来るんだろうか。そう思ったら、
「はは」
自然と口元が緩んできてしまった。
自分でも、気の抜けたような笑みを浮かべていると分かる。
「うん? ファング、何かおかしい事でもあったのか?」
「いや、すみません。ただ、アクセルさんは相変わらず立ち止まらない人だな、と。……ええ、アクセルさん。やっぱりアナタは、オレの尊敬する人だって再認識しましたよ……!」
「? どこに尊敬要素があるのか分からないが、とりあえず、称賛されているなら受け取っておけばいいか?」
「はい! もちろんです! 貴方はオレの憧れです。ずっと気合いを入れて、追っかけ続けますよ!」
「そ、そうか。まあ、気合いを入れるのも程々にな。……とりあえず、ファングが持ってきた酒もあるし、俺が作った料理も冷めちまうし、話はこのくらいにしてさっさと食べようか」
「ええ、ご相伴に預からせて頂きます、アクセルさん」
「わーい、やっとご飯だー。いっただきまーす!」
そうしてファングは憧れのアクセルと、楽しそうなバーゼリアと共に食卓を囲む。
……不屈って奴、なんですかね。格好いいなあ、アクセルさんは。オレも……私も、そう言う風になりたいなあ。
そんな事を思いながら、ファングは転職初日のアクセルの事を思慕と憧憬の目で見つめるのであった
●
夕食を食べ終えた俺は、食後のお茶を飲みながら一息ついていた。
そして明日は何をするかなあ、と予定を立てようとしていたら、
「アクセルさん。ちょっと、お話をさせて頂いても良いでしょうか」
同じくお茶を飲んでいたファングがそんな言葉を発した。
とても、丁寧で真面目な声だった。
「お話っていうと、……さっき言ってた別件って奴か」
だから、そう聞き返すと、ファングは一瞬驚きの視線を向けた後、静かに頷いた。
「……気づいて居たんですか?」
「最初に会った時フードを被っていただろ? 今も装備しているそれ、隠密用だから、何か隠れてやってるのかな、と思ってさ」
「はは……アクセルさんには隠し事が出来ないなあ」
ファングは苦笑して首を横に振る。大分山勘の方も入っていたが、本当に何らかの事情を抱え込んでいるらしい。
「まあ、話を聞く位は何てことないんだけど。一体どうしたんだ?」
「ええ。実は今日、アクセルさんにお会いさせて貰ったのは、お祝い以外にこのご相談をさせて貰おうと思っていたんです。転職された職業が何であれ、アクセルさんなら頼りになりますし。……もっと言えば、アクセルさんがこれだけの能力を持った《運び屋》というのであれば、ある意味ジャストなタイミングだったのかもしれません」
そう言ったファングは改まって背筋を伸ばして、俺の目を見た。そして、
「お話というのは他でもありません。今回、《運び屋》のアクセルさんに我が国の第四王女――《姫》の輸送をお願いしたいと思っているのです。期間は今夜一晩。国軍大将兼勇者としての依頼、受けて頂けますでしょうか?」
丁寧な口調で、そう言って来た。
どうやら《運び屋》としての最初の依頼は、昔なじみの勇者から舞い込んできたようだ。
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