第47話運び屋としての仲間

『海賊の宿屋』の個室に移った俺は、お茶を飲みながらサキと向かい合い、現職についてのを話していたのだが、


「……ええと、今、何と?」

「いや、だから。今の職は間違いなく《運び屋》だって言ったんだよ」


 俺がそう言った瞬間、サキは目をぱちくりとして、数秒動きを止めた。そして、

 

「はこ……びや……? 本当に……、嘘ではなく? 初級職で低能力の、あの運び屋?」

「能力に関しては何だか異常が起きたみたいで高いみたいだがな。運び屋なのは確かだ」


 もう一回聞いて来たので、頷きを返した。

 すると、サキの表情が笑顔になると同時、

 

 ――ゴッ!!

 

 という勢いで、彼女の身体から冷気に等しい魔力が噴き出した。そして、


「話は分かりました。では、転職神殿に神と対話させないとダメージを受ける呪いをかけてきますね」


 そんな事を言いながら立ち上がろうとした。


「待て。落ち着け、サキ。お前も血の気が多いな」


 この子もファングと同じだったよ。

 念のため、ゆっくり話せる状況を取っておいて良かった、と思いながら彼女の隣に行き、首根っこを押さえておく。

 しかし彼女はむう、っと眉を吊り上げてこちらを見上げて来る。

 

「これが落ち着いていられますか! なぜアクセルが、そのような職業にさせられねばならないのですか!」

「詳しくは知らんが、神様の方でも色々と合ったみたいだぞ」

「だからって……この仕打ちは酷すぎです! アクセルはあんなに頑張って、魔獣王やそれに組する古代種まで倒したというのに……!」


 半分涙目になりながらも、サキは怒りを露わにしていた。

 転職巫女も、ファングも、マリオン達ですらそうだったけれども、最上級職から初級職になるというのは想像以上に一大事なようだ。

 

「そうまでして怒るほどの事なんだなあ」

「ええ、そこまでの事です! アクセルは優しいから怒らないかもしれませんが、それなら私が怒りますよ! 上級職から中級職に落とされるだけでも辛いというのに、アクセルはいきなり初級職に落とされて、本当に大変な目にあったでしょうに……!」


 サキはぷるぷると憤慨の震えをしている。ただ、彼女の言葉には少し、訂正しておかねばならない部分がある。だから、俺はそれを言った。


「有難うなサキ。でも、ちょっとだけ違うんだ。俺はそこまで苦労しなかったんだよ」

「え?」

「周りの人に恵まれたのもあって、順調に仕事や動き方も覚えられたんだ」


 ステータスの残存という、異常に近い幸運もあった。

 それだけでも苦労が一つ減ったし、それ以上に有り難い出会いが沢山あった。

 そのお陰でどうにか、やってこれている。


「確かに竜騎士時代に比べたら不便は少しあるけどさ。別段、落ち込むほどでもないんだ。……何より、あの邪魔な兜も脱げたしな」


 そう言うと、バーゼリアが困った様な笑みを浮かべながら声を挟んできた。


「ご主人、本当にあの兜嫌いだよねー。一応、輸送袋に入ってるけど」

「家の中に置いてきたはずなのに、いつの間にか入っていたからな、あの兜……」


 なんだか意思を持って付いてきているようで、少し気味が悪いけれど、別に輸送袋から出そうと思えば出せるので、実害はない。本気で邪魔ならどこかに預かって貰おうとも思うし。

 何せ、王家からは貰ったものだけれど、もう被れない装備だ。

 どこかのタイミングで王家に返却を申し出てみるのもありかなあ、と考えつつも、

 

「まあ、そんな感じでな。運は良いし、悪い事もそこまで起きていないし、俺はこの職業には満足していて、程よく頑張ろうとそう思ってるんだ」


 率直に、転職してからこれまでの日々について感じた事を伝えた。すると、


「……貴方は本当に、相変わらず前向きで……自分の境遇に頓着しない人ですね。そんな風に微笑まれたら、私が怒り続ける訳にはいかないじゃないですか……」


 サキがそんな言葉を呟きながら、仕方なさそうに苦笑した。そして、


「分かりました。転職神を呪うのは止めようかと思います」


 苦笑を微笑に変えながら、静かにそう呟いた。


「ああ、そうしてくれると助かるよ」


 これで、サキも落ち着いてくれたようだし。冷気の魔力も収まったし。

 一件落着だな、と思っていたら、


「ただ、神様の選択には納得いってません。ですので私が動こうかと思います」

「うん?」

 

 彼女の言葉はまだ、終わっていなかったようで、


「「神が貴方に苦労を掛けようというのであれば、私がその苦労を払いましょう。……という訳で、私に貴方の仕事を手伝わせてください、アクセル」


 いきなり、俺に向かってそんな事を言い始めたのだ。


「手伝うって運び屋の仕事を?」

「はい。貴方の運び屋業に私も加えてくださいな」


 サキはとても真っ直ぐで意志の強い目を向けて来る。本気のようだ。

 ただ、俺としては気になる点はあって、

 

「サキは王立の魔術大学院で動いていて、忙しいんじゃないのか?」

「……私の進路、お酒の席で一度か二度言っただけなのに、覚えていたんですね」

「そりゃまあ。長い付き合いをしたんだから、覚えているさ」


 それに魔王討伐後、王様からも彼女の今後について話を聞いた。

 魔術体系の改良と、新規魔術の開発という、十数年がかりにはなりそうな大仕事をするのだという話だった。


 明らかに忙しそうだ。

 俺の運び屋業に付き合っている時間が無いように思える。そんな俺の言葉に対し、サキは微笑みながら、首を横に振った。


「アクセルは本当に、人を良く見て、思い遣る所は変わりませんね。……でも、ご心配は無用です。既にその大学院での業務は終わらせましたから」

「終わらせたって、数年単位の仕事なのにか」

「はい。あれ位、数週間もあれば十分です。あとは学院側でどうにか出来るレベルに落とし込みましたし」


 流石は勇者の中で最も魔術に長けた子だ。数年かかるという王の予想を簡単に覆すとは。


「そんな訳で今は大学院を去って、修行をしていたのです。その為、私は現状フリーなんですよ」


 この部屋に入る前に、サキがこの街にしばらく滞在している事をライラックから知らされて不思議に思っていたけれど。

 なるほど、彼女が大学院の方でやるべき事は終わっていたのか。


「アクセルが竜騎士でないのであれば、私でも協力出来る事は増えるでしょう? この力を付ける修行も全てはこの時の為。ええ、だから全力でアクセルの一番の相棒(嫁)としてついていきますとも」

「……なんか今、魔術の勇者から変な単語が聞こえた気がするんだけど……!」

「はて、何のことでしょう。それで、どうです、アクセル?」


 バーゼリアの半目を無視しながら、サキは小首を傾げて聞いてくる。

 確かに、彼女の様な魔法使いが同行してくれるというのであれば、いくつかの仕事はやり易くなるだろう。

 あとは、バーゼリアとの相性云々もあるが、


「因みにボクは、ご主人の判断に従うから。気遣わなくていいからね。……うん、魔術の勇者に一番の相棒の座を譲る気はないけれど!」

「うふふふ、譲ってもらう気なんて更々ありませんから、ご心配なく」


 いつも通りというか、昔通り笑顔で見据え合っている。

 何だかんだ言い合って入るものの、息はぴったりなようだ。昔も、こんな間柄で、程よく連携し合っていたしな。


「それじゃ久しぶりに一緒に動くとするか。勇者としてじゃなく、運び屋としてよろしくな、サキ」


 そう言うと、サキは満面の笑みで俺に向き直り、こちらの手をぎゅっと掴んできた。


「こちらこそ。よろしくですよアクセル。ええ、それはもう永遠によろしくお願いします」

 

 こうして、俺の運び屋業としての仲間が一人、増えた。

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