第48話ファング 続・追う勇者 宿場町

「ふう……ようやく、宿場町にたどり着いたと思ったら、大雨の影響で橋が落ちているとは……」


 その日の夜、フードを目深に被ったファングは水の都への中継地点である宿場町を訪れていた。

 そして、まず入ったのは、商業ギルド支部の一階に併設されている酒場だ。

 

 店の中央には宿場町だけではなく、周辺の街々の情報がまとめて記載された掲示板がある。

 そこに張られた紙には、水の都までの橋復旧予定までの期間が記されている。

 現状で半分ほど直っているとの事で、もう何十日も掛かるような状態ではないようだ。

 

 ……この予定で復旧するのなら、遠回りしても水の都への到着時間は早くならない、なあ。

 

 むしろ遅くなるだろう。

 ならば、しばらくはこの街に滞在した方が良さそうだ、と思いながら酒場の中で情報を集めていると、

 

「はあ? 橋が落ちて、大雨も重なったってのに、あの山を越えた奴がいるって? 冗談だろ?」


 酒場の客の声が聞こえた。

 見れば、コップを片手に顔を赤くした軽装鎧姿の男たちが何やら話をしていた。


「いやいや、マジだって。なんでも、一人だけ、空飛ぶ運び屋だけが行けたらしいぜ」

「ああ、星の都で噂されているやばい奴か。そういやアンタは星の都出身だったけどさ……あの山、橋を使わないと満足に進め無いくらい厳しいんだぜ? その上雨が度重なって、地形が悪化してても行けちまうって、本当に実在するのかよ?」

「するさ。だって、俺、見た事あるし。すげえ早えんだぞ?」

「へえー。俄かには信じ辛えなあ」


 そんな会話に、ファングは思わず苦笑する。

 何せ、恐らく、自分がよく知っている人の事だからだ。


 ……橋が落ちててもお構いなしとは、流石はアクセルさんだなあ。


 それくらいでは足を止めないとは。昔から色々な意味で止まらない人だと思いながら情報収集を終えたファングは、

 

 ……さて。次の予定を果たしますか。

 

 と、酒場の奥にある商業ギルドのカウンターに向かった。

 そこには受付として、男のエルフが一人座っていた。

 

「すみません。ここに商業ギルドのサブマスターがいらっしゃいますか? 星の都を出て、まだ戻ってきていない、と聞いたのですが……」


 ファングは受付のエルフに向けて声を掛けたのだが、内容が内容だけに訝しまれたようで、


「ええと、失礼ながら。どちら様でしょうか?」


 眉をひそめながら問うてくる。そういえば、フードも被りっぱなしだった。これでは怪しまれて当然だ、とファングはフードを取って顔を見せる。


「ああ、すみません。申し遅れましたね。オレは王立軍所属の、ファングと申します」


 そして静かに呟くと、受付のエルフは訝しみの目を大きく開いた。


「せ、聖剣の勇者様……!?」

「ええ。そっちの名前の方が有名かも知れませんね。それで、サブマスターはいらっしゃいますか? 通達があるので面会したいのですが……」

「は、はい! こちらの方で、少々お待ちください!」


 慌てたような動きでエルフの受付はファングをカウンター奥の部屋に通すと、何処へと走って行った。


 そうして待つ事、数十秒。

 一人の初老の男性が奥から出てきた。

 そのまま、こちらに歩み寄ってくるので、ファングは軽く会釈する。

  

「お久しぶりです、ドルト・カウフマンさん」

「うむ、ご無沙汰だ。直接会うのは王都でのギルド会議ぶりだな、ファング君」


 こちらに来たドルトと、ファングはがっちり握手を交わす。


 軍とギルドはいくらか繋がりがある。彼らが王都で行う会議にも、何度か出席したことがあり、ドルトとの付き合いはそこから始まっている。ただ、

 

「言葉を交わすのは、アクセルさんの似顔絵が欲しいと、王都に連絡員を派遣してきた時以来ですね」

「うむ。そうだったな。あの時は念文でいくらか言葉は交わしたな」


 この前の事だ。商業ギルドの連絡員から、アクセルの似顔絵が欲しいとの連絡が来た。

 当初は相手の狙いが分からなかったので、探り探りの対話になったけれども。その時にドルトとは、少しだけ挨拶と会話をしたのだ。


「あの時は、君のお陰で似顔絵の入手がスムーズになって色々と助かった。ありがとう」

「いえいえ、お渡しできたのは不安定な似顔絵だけですからね。それで結局、ドルトさんはアクセルさんが《不可視の竜騎士》本人であることは確かめられたんですよね?」

「勿論だともさ」


 ファングの問いかけにドルトは自信のある表情で頷いた。しかしその後で直ぐに苦笑いになり、

「……ただ、大抵のことは当人の口から聞いてしまったのだがね。『役立たないと思う』と言われていた通りではあるが、似顔絵はあまり機能しなかったよ」

「はは、そうですね。アクセルさんの顔を見るのは、昔は本当に難しくて、絵も写真も役に立ちませんからね……」


 竜騎士時代のアクセルの顔は《竜騎士王の兜》に独占されていたようなモノだった。幸いにも、自分たちは本当に僅かながら、見る機会には恵まれたが、《画家》はほぼ見る事が不可能だったし。

 

「まあ、アクセルさんは、話が出来る事であれば普通に喋ってくれるんですけどね」

「うむ、話せば一発だったようだ。……今のアクセル君にとっては、昔、竜騎士であったかどうか、というのはあまり重要ではないのかもしれないな」


 その言葉に、ファングの心の中では、ああやはりか、という納得の様な気持ちが湧いて来る。


「超前向きな人ですからね。それに星の都で《運び屋》のアクセルさんの評判がどんどん上がっていくのが、オレの方にも伝わってきましたから。大半が噂としてで、情報の確度は下がっていましたが、それでも凄い人だと思いましたよ」

「うむ、顔が知られずとも有名になっていた勇者だものな。職業が変わってもあれ程の力を見せるとは、本当に凄まじい。……っと、話がずれたな。ファング君、何やら今日は軍の方から通達があると聞いたのだが、一体なんだろうか?」


 ドルトの問いかけに、ファングは一度頷いてから静かに口を開いた。


「通達というのは他でもありません。先日、星の都での古龍襲撃があったように……最近、古龍種や古代獣種の復調が見られる、とのことでして。王導12ギルドの幹部には注意の為に通達しておく必要があると、国軍の方で決定がありました」

「古龍種や古代獣種というと、魔王と一緒に暴れ回った魔獣たち、だよな?」

「そうですね。古龍や古代獣は魔王に組して、または便乗して人と戦ったアレらです。大戦後は大人しくしていた筈なのですがね」


 星の都では古龍が出てきたし、王都の観察部隊も未開発地域にて巨大魔獣の出現が確認された。幸いにも、その巨大魔獣は自分の方で切り捨てる事が出来て、問題は無いのだけれども。

 

「今後は始原生林などの未開発地域、および魔王大戦時の土地、そして、魔力始源が豊富な土地では、出来るだけ魔獣被害に注意してください。魔王がいない時点で、そこまで重大な脅威にはならないのですが。少なくない損害が出る可能性はありますので」

「うむ。了解した。……古龍にしても、アクセル君がいたから人命は守られたし、被害も極小に抑えられたが。いなかった場合を考えると、かなり危険だったしな。気を緩めずに行こう」


 そう言った後で、ふう、とドルトは吐息して言葉を繋げた。

 

「しかし、そうか。転職神殿の職員がしきりに神様から報告があった!と言っていたのはそれか

「転職神殿からの報告、ですか?」

「ああ。まだそちらに入ってなかったか。巫女が言うには『そろそろ下界に降りる時期だけど、魔獣関連がキナ臭い。あんまりに大変そうなら、街に籠るからよろしく!』と神様が言っていたそうでな」

「……相変わらず、神は奔放ですね」

「うむ。ワシらの動向を程よく楽しまれてはいるようだ。こうした事件と解決こそ、職業システムに対する奉納(引き換え)なのだから、まあ悪い事では無いさ」


 神は自分たちに職業という力を貸してくれるが、人に動きを求める傾向がある。

 その動きを見て、愉快なり不愉快なり、感情を動かせば動かすほど、彼らが持つ力は強まるらしい。


「ただまあ、これは神々の問題ではなく、この世界に生きるワシたちヒトの問題なのだから。程々に注意しつつ、危険は排除していこう」

「そうですね。オレもしばらくこの宿場町に滞在するので、この周辺にも魔獣が潜んでいないか、チェックしておきますよ。流石に今日は着たばかりなので、メシを食べて少し休みますけども」

「おや、そうなのかね? では、一緒に食事でもどうかな? 似顔絵を融通してもらった礼もしたいし。あとアクセル君についても話をしたいし」

「あ、では、ご馳走になります。オレも、星の都でアクセルさんがどんなふうに活躍していたのか、細かく知りたいですから!」


 そしてファングは食事中からその後まで、ドルトからアクセルについての話を聞いていく

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