第12話 《運び屋》輸送袋の新たな使い道をひらめく
俺は盗賊が持っていたという魔道具について、詳しい話を聞いていた。
「街が死ぬって具体的にはどんなものなんだ?」
「周辺の土地の魔力や栄養分を吸い取って、ゴーレムに変換するものでして。今、盗賊のねぐらに置かれっぱなしなのですが、このまま放っておくと、この辺りの土地が干からびる恐れがあります」
「うん? 盗賊のねぐらって星の都に近いのか?」
「ええ、星の都に近い森林地帯にありますから。周辺には農場もあるので、農作物に影響が出てしまいますね」
「ああ、それは……まずいな」
この都に住んだのは、転職神殿の近くで発展しているという事に加えて、飯が美味くて食材も上質だからだ。
「美味い飯っていう、利点の一つを潰されるのは結構困るな」
「うん! 食べ物を劣化させるのはだめだね。大罪だよ!」
「そんな危険な召喚アイテム、なんて盗賊が持ってたんだよ」
「あいつらの中に、王都で違法な研究をやっていた輩がいまして。研究所はオレのほうで潰して、成果物や研究資料は処分しましたが、そいつだけ上手い事盗賊に紛れこんでいたんです。で、盗賊を隠れ蓑に研究を続けていたので、今回潰しに来たら――」
「――もうヤバい物が造られてた、と」
俺のセリフにファングは頷いた。更に、
「既にゴーレム生成もいくらかされておりまして。そのせいで一部の農家さんには被害が出ているようです。魔力と栄養をごっそり吸われて、作物が痩せて出荷停止になったとか」
「マジか……」
「ええ、ボク、この辺りの野菜、美味しいから好きなのに……!」
とんだ盗賊がいたものだ。
そして、割ととんでもない事をしてくれたものだ。
「因みに、お前ではその魔法具を壊せないんだよな?」
「はい。知っての通り、俺は魔法があまり得意ではなく、ほぼ物理スキル全振りなので。今回の魔法具は魔法か熱でしか壊せない、と魔術ギルドの鑑定人に言われました。試算では《上級魔術師》百人掛かりで《上級炎魔法》を使えば、どうにか破壊できるとのことです」
「そりゃあ……すげえ頑丈だな」
「ええ。ですが、風の都にはもちろん、魔術ギルドにもそんな大量の人材はいなくてですね。集まっても精々六十人くらいですからね」
魔術師で上級までランクアップできるのは、かなりの努力と才能がいるとされる。
一応、この星の都と風の都は、国の中でも発展している方の都市ではあるが、それでも六十人に満たない程とは、中々に上級魔術師になるのは難しいらしい。
「で、火力が足りなくて、どうするんだ?」
「それは、この街の魔術ギルドには実験用の魔法倍化装置がありますから、それを用いれば破壊できるんじゃないかとの事で。今回、輸送を依頼させて貰ったんです」
なるほど。理由はよく分かった。
「実のところ……お前に単独で任せても大丈夫そうな仕事なら、俺は出る幕じゃないし、下手に面倒を背負うのも御免だから。適当に断ろうと思ったんだがな……」
無駄な労働は嫌いだ。自分がやりたいと思った仕事以外はやる気も無い。
ただの魔法具の破壊だったらファングと魔術ギルドに任せておけばいいとも思う。
だが、俺達の美味いメシが掛かっているというのであれば、話は別だ。
「――仕方ない。乗ったよ。破壊に協力するわ。美味い野菜をゴーレムなんぞにされたら勿体ないからな」
「うん、ボクも! ごはんの恨みは恐ろしいよ!」
「ありがとうございます! 街の外に高速魔道馬車を用意していますので、魔法具が置かれている現地に向かいましょう!」
●
盗賊のねぐらへの移動はほんの数十分で済んだ。
本当に近場に奴らが潜んでいたんだなあ、と思いながら、俺はそのねぐらに目をやる。
「随分と、立派なねぐらだな」
盗賊のねぐらは大型の小屋だった。。
森林地帯を切り開いて作られており、周辺には木々が少なく、堅そうな岩の防壁すら作られている。
また地面は石で固められており、馬車などが出入りしやすいようになっていた。
「盗んだ物資を運び込むのに道路まで作っていたようです。街道から離れているので、中々見つけづらかったですが」
「なるほどなあ。で、魔法具はどこにあるんだ?」
「中にデンと置かれていますよ」
言われて俺は大型の小屋の中に入った。すると、そこにあったのは、
「……なんだ、このぶっとい木は」
むき出しの地面に生えた、屋根を突き破るほど巨大な、そして白く発光する樹木が小屋の中央に生えていた。
「これが周囲の魔力を吸い上げている魔法具、ですね。ほら、もうゴーレムを生み出しています」
と、ファングが指差したのは大木の横だ。
そこには、大木の枝が何十本も重なり合って出来た身体の人形がいた。
それも、俺達に向かって拳を振り上げながら、向かって来ていた。
「これが、暴走するゴーレムか?」
「ええ、とりあえず攻撃態勢に入られているんで、倒しますね」
言うが早いか、ファングは腰から剣を抜き、その二メートルほどのゴーレムを一刀両端した。
その一撃は、ゴーレムの胴体を割ったばかりか、石で出来た外壁すらもすっぱりと切り裂いた。
「お見事」
「まあ、切り慣れましたから。オレがこれを見つけた時には、この周辺に百体くらいはいまして。全部切り倒す羽目になりましたし」
「ああ、外壁がボロボロなのは、百体全部切ったからか。昨日から戦い詰めだってのに、相変わらずお前は、単独戦闘が得意なんだな」
「継戦能力と物理攻撃だけが取り柄ですからね。アクセルさんに丸投げというのは失礼ですし、露払い位はしませんと」
はは、と自虐的に笑った後ファングは表情を引き締めた。
「ともあれ、これがゴーレム生成装置です。運べそうですか?」
「うーん、この木の根っこというか、地面の下はどうなってるんだ?」
「さっき軽く掘り出したのですが、およそ一メートルほどの根が張られていますね」
「樹木部分を合わせたら、輸送袋に入らなくもない、って大きさだけどなあ……」
しかし、どうやっていれようか。
これを掘り出して運ぶのは少し面倒だ。
運ぶだけならいいが、面倒な仕事をする気は無いのだ。
「……あのさ、ファング。結局さ、壊せればいいんだろ?」
「はい。そうですね。結局、壊すために運ぶので」
「じゃあ、ちょっと、俺達の攻撃を試してみていいか?」
「攻撃……? え、ええ、それは構いませんが、何をするんですか? 物理は通じませんよ?」
「まあ、《竜騎士》時代にはやらなかった、色々としたものをな」
そう言って、俺はバーゼリアやファングと共に外に出た。
そして、まずバーゼリアにこういった。
「バーゼリア、あの小屋に向けて、思いっきり炎を出してみてくれないか?」」
「思いっきり? いいの?」
「ああ、構わん。俺が許す」
「了解ご主人。それじゃ――【煉獄の竜息】(インフェルノ・ブレス)」
バーゼリアが手を小屋に向けて、言葉を放った瞬間。
――カッ
という、灼熱の輝きと共に、彼女の手からは炎が放たれ、その小屋に直撃した。
その火炎の放射は数秒続き、地面が一気に焦げていく。
もはや小屋の外観は欠片も残っておらず、軽く溶けた地面と炎に、ゴーレムを発生させる大樹は包まれていく。
「これで足りねえかなあ」
それを見て、俺がポツリとつぶやくと、
「あの、アクセルさん? なんですか、この炎」
となりでファングが口をあんぐりと開けていた。
「あれ。ファングは初見だったっけ? バーゼリアは炎を出せるんだぞ。《竜王》の魔法スキルでさ」
「いや、それは知っていますが、……アクセルさんが竜騎士として乗っていた時はこんなに強力なものを見た事が無いような……」
「これでも竜王だからねー。ご主人にお世話して貰って、時が経つにつれて、強くなったんだよ」
ファングの反応に対し、炎を出している張本人であるバーゼリアは笑いながらそう言った。
「まあ、竜騎士時代のご主人はこれより広範囲で高威力の技ばっかり使っていたから、ボクは足役に徹して楽をしていただけなんだけどさ。空での戦いで、しかも竜状態でこんな炎を出したら、姿勢制御が難しくて危ないしね」
そういえばそうだったなあ、と俺は昔を思い出す。
竜騎士時代は基本的に超火力超範囲のスキルばっかりが使えたっけ。もうすっかり過去の話に思える。
「オレ、アクセルさんの地上戦闘は結構見てきましたけど、空ではどんだけ強かったんですか……」
「まあ、昔の話だよ。今はそれよりも、だ。ゴーレム生成器の方はどうなってるかが大事だろ」
見れば、先ほどまで小屋に隠れていた大木は、既にその身を外に晒していた。
そしてバーゼリアの炎によって、その身の半分以上を黒く焼かれていた。
「上級魔術師100人で破壊できるものを、単体で半壊させられる威力の炎? あ、改めてバーゼリアさんも化物ですね……!」
それを見て、ファングは驚きを露わにしていた。ただ、
「いや、でも半分で止まっちまったら意味がなさそうだな。見ろ、再生してるぞ」
「あ、本当だ。ちょっと炎を出すのを止めると、再生を始められちゃうや」
バーゼリアの言う通り、彼女が炎を止めると、炭化しかけていた部分が茶色い樹木の色に戻っていくようだった。
どうやら火力が足りないようだ。
「こ、これ以上の火力でやらないとダメって……ちょっと魔術師百人で壊せるかどうかも不安になってきました……」
その事実に弱音を吐くファングだが、俺としては逆に行けそうな気がしていた。何故なら、
……要するに、このレベルの炎が二つあればいいだけだもんな。
そう思った瞬間、不意に頭に思い浮かんだことがあった。
試すべきか迷ったが、思いついたが吉日だ。どうせダメなら地面をほじくって運び出せばいいんだし、とことんやるか、と、
「……バーゼリア、これに向けて、炎を出してくれないか」
俺は輸送袋の中身を全部取り出した後、口を大きく開きながらそう言った。
「え? ご主人の輸送袋にってこと? 大丈夫かな、燃えない?」
「多分、な。物は試しだから、やってみてくれ」
「う、うん。じゃあ、やってみるけど……【煉獄の竜息】……!」
恐る恐る、しかし確実に輸送袋の口を狙って、バーゼリアは灼熱の炎を生み出した。すると、
「あれ!? な、なんか、凄い入って行ってる!」
「ああ、予想通り、炎も入れられるみたいだな。……よし、バーゼリア。それくらいで良いぞ」
「う、うん」
そうして、十数秒分の炎が込められた輸送袋に、俺はゆっくりと手を触れた。
「あ、あの、アクセルさん? 熱く、ないんですか?」
輸送袋に驚愕の視線を向けながらファングが聞いてくるけれども、
「ああ、全然平気だ」
放射された炎の熱さどころか、体温程の熱すら感じない。
重みも当然、殆どない。
完全に内部と外部は遮断されているようだ。
……やっぱりこの輸送袋っつースキルは凄い仕組みをしているよな。
などと思いながら、俺はゴーレム生成器の横に立つ。
バーゼリアの位置から、少し離れた位置だ。その地面に俺は輸送袋を置き、口をゴーレム生成装置に向ける。
……確か、今の輸送袋はエネルギーを全て、保存されていると言っていた……。
その説明を見た時から考えていた。エネルギーの保存が出来るなら、
「こうして攻撃を輸送することも出来る筈……。――出ろ、【煉獄の竜息】!」
俺の言葉が放たれると同時、
――ドン!
と、足で押さえた輸送袋から、竜の業火が発射された。
足元にちょっとした反動が来るが、しかし軽い。十分に片足で抑えられるレベルだ。
「よしよし、出来た出来た! ――バーゼリア、そっちからも撃ってくれ」
「う、うん。わ、分かった。【煉獄の竜息】!」
俺の声に慌てながらもバーゼリアは胸元に構えた手から、炎を発射した。
瞬間、俺の輸送袋から出る炎と、バーゼリアの胸元から出る炎が一点に集中した。そして、
――ドゴン。
と、大爆発が起きた。
だが、その爆発すら焼き尽くすように、俺の輸送袋と、バーゼリアの炎の発射は続いており、魔法具は炎が描く十字に焼かれていく。
「りゅ、竜が二人になったみたいですね、これ……」
こうして、俺の輸送袋の中の炎が尽きる頃には、盗賊のねぐらにあった樹木型の魔法具は真っ黒に炭化して、崩れていくのだった。
●
「す、凄い威力だったねご主人……」
「ああ、予想以上にこの十字放火は火力が高かったな」
炎の放射が終わった跡地は、周囲の地面がドロドロに溶けて、非常に熱を感じる場所になっていた。森林地帯がここだけ焦土になっている。
「豪快に自然破壊をしてしまったわけだが、……まあ、でも、これで仕事達成だろ。な、ファング」
そして俺がファングに尋ねると、彼は開いた口がふさがらないような状態で、しかし無理やり頷きを返してきた。
「あ、は、はい。ありがとう、ございます。で、でも。アクセルさん。……大丈夫ですか?」
「何が?」
「いや、火傷とか……」
「ああ、一切してないぞ。輸送袋は足で押さえてただけだし、そもそも袋は一切熱くなってないし、状態異常耐性のお陰で皮膚も強くなってるからな」
また、今回の実験で分かったが、入れた火力はそのまま出るらしい。
これなら、炎や冷気、魔法も一旦輸送袋に入れられる可能性が大きい。
そうなれば、無機物でも運べるだろうし、もしも魔物から魔法で攻撃されても輸送袋だけで反撃できるだろう。
「うん、良い使い方を思いつけたな」
「なんというか、ご主人、また強くなったんだね……」
「まあ、この火力が出せるのはバーゼリアの炎のお陰だけどな。他の魔法じゃこうもいかないだろうし、だから、ありがとうな」
そう言うと、バーゼリアは少しだけ照れくさそうに、しかし嬉しそうに微笑んだ。
「えへへー。久々に活躍出来てるところをご主人に見せられてよかったー!」
そしてそんなやり取りをしている俺とバーゼリアを見て、ファングは戦き、冷や汗を浮かべていた。
「なんというか、アクセルさんとバーゼリアさんの二人は本当に似た者同士というか、凄まじいコンビですね……。《竜の運び屋》とか、新しい職業を作った方が良い気がしてきますよ」
ともあれ、このような形で。運び屋としての仕事なのかどうかは分からないが、俺は勇者の依頼を問題なく成功させた。
ついでに俺は、輸送袋の新たな使い方を、会得したのだった。
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