第13話 常識を知ろうとするビギナー《運び屋》
転職巫女からの説明と勇者の依頼を終えた次の日の朝。
俺はバーゼリアと共に自宅近くの喫茶店で朝食を楽しんでいた。
「いやあ、こんなにゆったりするのは久しぶりだねえ、ご主人」
「普通に転職したつもりが、色々とイレギュラーだったからなあ」
原因を究明しようとしても、微妙に究明しきれなかったし。
とはいえ、自分がきちんと運び屋になっている、ということは分かったのだ。
今日からビギナー《運び屋》として動き出して行きたいところである。だから、
「バーゼリア。今日は幾つかのギルドを回ってみるのもありかな、と思ってはいるんだけど、お前も一緒に来るか」
聞くとバーゼリアは即座に頷いた。
「勿論、ボクはご主人と一緒ならどこでも行くよ! あ、でも、なんでギルドに行くの?」
「いやさ、幾らか仕事をしたとはいえ、俺達は運び屋としては新米だろ? だから、基礎は学んだ方が良いと思ったんだよな」
分かっているのは圧倒的な能力値の低さ。
そして輸送袋の便利さ、というもの位だろうか。
それ程までに、俺達は運び屋、という職業に就いて何も知らなさすぎる。
「で、商業ギルドだったら、運び屋にも仕事を回しているから、色々と勉強できるだろう、とな」
「あー、そうだね。ボクたち、運び屋の定石とかあんまり分からないもんね」
運び屋に仕事を回しているのは商業ギルドか冒険者ギルドだということは知っている。
どっちのギルドにも知り合いはいないので、適当にデカい所から、聞き込みする事になるが。まあ、行けばどうにかなる筈だ。
「とりあえず、この後は街で一番デカイ所に行ってみるつもりだから、バーゼリアも一緒に情報収集付き合ってくれ」
「うん、分かった! ボクの竜の耳は、よく声が拾えるからね。ご主人の為になりそうな話は聞き洩らさないように頑張るよ」
「ああ。よろしく頼む。――じゃあ、運び屋関係の人に話を聞くために、出発するか」
「おー!」
そして俺たちは星の都のギルドに足を運ぶのだった。
●
俺とバーゼリアが一番最初に訪れたのは、街の中心部に置かれている、この街で一番でかいとされる商業ギルドだ。
木造三階建ての、酒屋を併設した建物になっており、木製のドアの奥からはガヤガヤと賑やかな声と音が響いている。
沢山の人がいればそれだけ情報も得やすいし、ギルドの受付に言えば、人を紹介して貰うことも出来る筈だ。だから、俺達はギルドの扉を開けて、中へと入ってみたのだが、
「……」
俺が商業ギルドの建物に足を踏み入れた途端、室内が静かになった。
その上、やけにジロジロと見られている。
明らかに建物内のテーブルに着いている人々から、奇異の視線を向けられていた。
「なんだか、変な視線を受けてるね、ご主人。敵意は無いんだけど……」
「そうだなあ。どっちかって言うと、不思議なものを見る目だな」
彼らが見ているのは、俺というよりは横にいるバーゼリアと、俺の肩に背負われた輸送袋だ。
どうしてこんなに注目されているんだろうなあ、と思いながら『受付』と書かれたカウンターを目指して歩いていると、
「……おいおい、なんで初級職がこのギルドの中に紛れ込んでるんだよ」
こそっと、けれどしっかりと聞こえるような声が吐かれた。
カウンター近くのテーブルにいる戦士グループからの声だ。いや、彼らだけではない。
「……美人の連れ人を付けてるし、どっかのボンボンが来ちまったんじゃないか?」
「はは、誰か教えてやれよ。大手商会ギルドのここに来るのは早いんだって……」
一階の酒場に入る面々から、次々に言葉が吐かれた。
くすくす、と笑い声すら聞こえてくる。
この反応を見るにこのギルドは、初心者が来るような場所では無かったんだろうか。
「ご主人。ボク、ご主人をあからさまに馬鹿にされると、凄く暴れたくなるんだけど。いい?」
「落ち着けバーゼリア。ある意味これも一種の情報なんだから、これはこれでいいんだよ」
……そう、俺達は仕事を受けるためのギルドの仕来りとか流儀とか、まるで分からないからなあ……。
まずそこから学ぶ必要があった。
若干、この見られ方は気分が悪いが、それを今回学べたのは大きいだろう。
「むう……ご主人は優しすぎると思うなあ……」
「得られたものがあるんだから良いだろうよ。そりゃ、舐められるのは好きじゃないけどな」
などと俺がバーゼリアと喋っていたら、
「む、なんだか妙な騒がしさだが、どうしたんだ?」
そんな声が、ギルドのカウンターの奥から聞こえた。
俺が目を向けると、そこには、ガタイのいい初老の男性がいた。
「あれ?」
「あー、あのおじさん、見た事あるよ!」
その初老男性には、俺もバーゼリアも見覚えがあった。
そして向こうも俺の事は覚えていたらしい。
「き、君は……アクセル君とバーゼリア君!?」
「ああ。やっぱり風の都であったおっさんだよな。確か、ドルト・カウフマンさんだっけ?」
先日、風の都で出会った商人の男性がそこにいた。
「うむ、そうだ。ドルト・カウフマンだ。覚えていてくれて嬉しいよ。しかも、私のギルドの分社に来てくれるとは」
「あれ? ここ、ドルトのおっさんのギルドなのか?」
風の都にあるとは聞いていたが、こっちの都市にまであるとは思わなかった。
「知らずに来たのかね!? ワシのギルドはそれなりに大きいからな。この国の殆どの都市に分社が置かれているのだが……」
「生憎と、初耳だ。あんまり商業ギルドに寄った事が無かったんでな」
「……そうか、君はビギナー運び屋だったものな。……だが、これは尚更幸運だ。君の名前と都市は聞いていても、住まいを尋ね忘れていたから、今日中にお宅の方を探せないかと思って、分社に来てみたが……こんなに早く本人に会えるとは!」
ドルトは両手でガッツポーズを取った後で、俺の方につかつかと歩いてくる。
「そして、ここに来たという事は、お時間に余裕があるという事だろうか? 宜しければ、二階の貴賓室で話と持て成しをさせて欲しいのだが。この前のお礼の件も含めてな」
「ああ、まあ、大丈夫だけど、俺は初級職なんだが。貴賓室とか使っていいのか?」
このギルドに入った時の周りの反応を鑑みて、その言葉を放ったのだが、ドルトは思いっきり首を横に振った。
「何を言っているんだ、アクセル君! 私の恩人である君達に使わねば作った意味もないというものだ!」
「ああ、そう? じゃ、お言葉に甘えるよ」
「うむ。――では、遠慮せずについてきて頂きたい!
そう言って、ドルトは俺の前を歩き、ずんずんとカウンターの奥へと進んでいく。
なんだかいきなりの事だけれども、歓待されるのは有り難いな、と思いながら、ドルトの後を付いて行くと、
「あ、あの運び屋、サブマスターにすげえ対応されてるぞ……!?」
再び声が聞こえた。
ただし今度は俺の耳でもどうにか拾えるくらいの本当にひそひそとした物だ。
どこから聞こえたんだろうか、と周囲を軽く見まわすと、先ほどまでくすくすと笑っていた人々のほとんどの表情が驚愕で染まっている。
その中でもカウンターの横にいる戦士グループは特に青ざめた表情で俺たちを見ており、
「輸送袋って事は完全に初級職……だろ……? な、何者なんだ、あの男……?」
「わ、分からねえよ。もしかして、身分と職業を隠した人だったりするのか?」
「あ、あとで、土下座でもして謝っておこうぜ。じゃないとヤバそうな雰囲気だって、これ……!」
周辺の人々と慌てた様に言葉を交わしている。
なんだか騒めきの方向性が一気に変わってしまった。
……《運び屋》の常識的な扱われ方ってどんなのか分からなくなったから、あとでしっかり聞いておくかな。
などと思いながら、俺はバーゼリアと共に、ドルトの案内で貴賓室へと歩いていく
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