第14話ビギナーの噂と、利益のご紹介

「さあ、どうぞ、寛いでくれたまえ。ワシの商会で仕入れた自慢の茶葉と菓子もあるから、どんどん食べてくれ。自社の酒蔵で作った酒もあるぞ」


 通された貴賓室にあるソファに腰かけた俺は、そんな感じでドルトからの持て成しを受けていた。

 

「わあ、このケーキとお茶、美味しいよ、ご主人!」


 バーゼリアはとても嬉しそうな表情で用意された茶菓子に食い付いている。

 食事にはそれなりにうるさい彼女が美味しいというのだから、相当に上等なモノなのだろうな、と思いつつ、俺もお茶を飲む。

 

「おお、確かに美味いな」


 上等な食材が豊富な星の都の中でも、特に素晴らしい味がしていると思った。

 そう言うと、ドルトはほっとしたように表情を緩めた。


「そうかそうか。そう言って貰えて良かったよ。先日は、アクセル君には何もできないまま帰宅させてしまったからな。ずっと気になっていたんだ。君のお陰で大変な利益をこちらは得ていたからな」

「利益? ドルトのおっさんの孫娘を助けた件か? あれはもう礼の言葉を受け取っている気がするけれど」

「いや、言葉だけでは礼とは言えんよ。言葉だけの礼なぞ、誰でも言えるのだから。――そもそも、ワシの孫娘もアクセル君には大変世話になったが、君の功績はそれだけじゃないのだ」

「功績? 俺、他に何かやってたっけ?」


 あの時やったことと言えば、ナタリーという少女を助けた事と、盗賊をしょっ引いたことの二つだけだった筈だ。

 

 ……農作物をしおらせるゴーレム発生装置はぶっ壊したけど、あれは別件だしなあ。

 

 既にファング経由で礼金と褒賞は受け取っているし。 

 何か他にあったかなあ、と思っていたら、

 

「あの盗賊を倒したという君の活躍は、ワシは勿論、他の商人も大きく助けたのだよ」

「うん? あの盗賊ってそんなに影響力ある存在だったのか?」

「というより、君という初級職の《運び屋》が賊を全滅させた、という事実が、だな。非戦闘職の、しかも初級職でも賊を圧倒できる人材がいる。この都市周辺ではそういう人材が生まれている、という噂が風と星の都で広まった。このお陰で明らかに、目に見えるデータで、この周辺における賊の出現率が下がったんだ」

「へえ、そんな事になっていたのか」


 俺は周辺の賊の状況や、噂話なんて掴んだ事がないから知らなかった。


「でも、それは本当に俺の噂のせいなのか? 他の理由があったりとかは……」

「周辺に散らばらせている情報屋から得たデータだからな。間違いはない。……まあ、出回っている話には大分尾ひれや脚色が付いているのだけどもね。初級職ではなく下級職だった、とか。初級職に偽装できる方法が出てきたとか、むしろ事実よりも弱い噂になっているところもあって、非常に遺憾ではあるが。孫娘の話では、君の力はそんなものでは無かったようであるし」

「いやあ、そこは正確じゃないほうが有り難いよ」


 噂とはもともとそういう奇妙な伝わり方をするものだし。

 それに、不正確の方が個人を識別されずに済むし。そっちの方が平和に生活が出来て良い。


「そうかね? まあ、でも、不正確な噂でも、街道を行く輩を襲おうとする者を警戒させ、脅威となったのは確かだな。そして、私の知る商人は全員、君に感謝しているのもまた事実なんだ。――だから、商人を代表するわけではないが、礼を言わせて貰うよ。ありがとう、アクセル君」

「良いって。元々、俺が盗賊を倒したのは偶然なんだからな」

 

 今回だって噂がいい方向に転んで出回っただけで、俺の成果というものでもない。

 そう言ったら、ドルトは頬を掻いて困ったような笑みを浮かべた。


「本当に謙虚だな、アクセル君は。まあ、ワシは、商人としてどうにかして君に等価を返せるように努力するつもりだがね」

「なんというか、ドルトのおっさんは律儀だな」

「うむ。それがカウフマンの名を持つ商人の理念だからな。普段は良い事もあくどい事もやっている身ではあるが、それだけは保ち続けるさ」


 苦笑しながら言った後で、ドルトは茶に口を付けた。そして、


「……あ、そういえば聞き忘れていたが、今回は何故ウチのギルドに来たのかな? ワシとしては礼が出来て有り難いが、何か用があったのかね?」

「まあな。俺は運び屋に転職したばかりっていう話はさせて貰っただろう? それで、運び屋、というかモノを運ぶ仕事について、基礎的な知識がいると思ったんだよ。で、仕事を回している商業ギルドの受付なり、ここにきている先達から情報を貰おうと思ってな」


 ドルトの質問に、頷きを返しつつ答えた。

 すると彼は自らの顎を撫でて、ふむ、と何か考えるようなしぐさを始めた。


「なるほど……確かにウチのような商業系ギルドは運び屋などの輸送系職業に仕事を回しているから、運び屋としての情報はあるが……規模が大きい故に、基礎を教えられる人材がいるかというと、微妙な所ではあるな」

「あ、そうだったのか? やっぱり情報を集める場所を間違ってたか」


 もうちょっと小さな商業ギルドや冒険者ギルドに向かっておくの正解だったのか、と俺が茶を飲みながら思っていると、

 

「いや、アクセル君。君の選択は、全く間違いではないぞ」


 ドルトがそんな事を言い始めた。そして、

 

「どうにか、私の力と立場が君の役に立ちそうだからな。ワシに任せて欲しい。君に最適な、情報を得られる場所を提供させて貰おう」

「情報を得られる場所?」


 聞くと、ドルトは嬉しそうな、そして自信ありげな笑みでこう答えてきた。

 

「この星の都には、この国随一の輸送系ギルドがある。そこは一見さん御断りの紹介制なのだが……ワシの名を使って、アクセル君を紹介させて頂くよ!」


 運び屋の知識を得ようと思って商業ギルドに来てみたのだが。

 どうやら、いきなり、この国随一の先達たちに会える機会を手に入れられたようだ

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