第15話ビギナー運び屋 仕事場(仮)と仕事仲間を得る

商業ギルドからしばらく歩いた先に、その建物はあった。

 サジタリウスとの文字が書かれた看板を付けた、一軒の木造平屋だ。

 見た目はこの国随一などと言われるギルドの本拠地には見えないのだけれども、


「さあ、ここが各国の重鎮たちがこぞって愛用する輸送ギルドだ。既に連絡はしてあるので入ってくれたまえ、アクセル君。バーゼリア君」


 俺達は促されるようにして、建物に入ってみた。すると、


「いらっしゃいませー。輸送ギルド『サジタリウス』にようこそー」


 と、綺麗なワンピースを着た女性が出迎えてきた。

 そして彼女は俺たちと、背後にいるドルトを見て、にこりと微笑んだ。


「カウフマンさん、ようこそ。……そちらのお二人が、噂の超人ビギナー運び屋さんコンビね?」

「おい。超人って……ドルトのおっさん。どんな話し方をしたんだ?」

「ま、まあ、色々とな。ともあれ、彼女がこのギルドの代表者のマリオン君だ」


 ドルトがそう言うと、マリオンと呼ばれた女性は服の裾を掴んで、優雅に挨拶をしてきた。


「初めまして。私は、マリオン・フーベルジュ。この輸送系ギルド『サジタリウス』の代表者をやっているわ。よろしくお願いするわね」

「アクセルとバーゼリアだ、こちらこそよろしく、マリオンさん」

「ふふ、マリオンでいいわよ、アクセルさん。さ、こっちにどうぞ。もうお茶の準備は済んでいるからね」


 俺が言葉を返すと、マリオンはもう一度にっこりと笑って、平屋の中へ入る様に促してきた。

 そして彼女の案内の元、お茶の入ったカップが並べられたテーブルに、俺達は着くことになった。


「さて、カウフマンさんからお話は聞いているわ。輸送系の職業に転職したばかりだから、お仕事について、情報が欲しいんだって?」


 お茶を飲みながらマリオンは聞いてくる。

 どうやらドルトは結構詳しく事情の方を連絡してくれていたらしい。

 このギルドを紹介すると言ってから数十分も経っていないというのに、手回しが早くて有り難い話だ。


「ああ、いきなりドルトのおっさんのギルドに行ったんだが、ちょっと場違いだったっぽくてな。今後は問題なく仕事をこなせるように、基本的な常識や定石ってのものを学びたいと思っているんだ。初級職の《運び屋》になったばかりで右も左も分からない状態だからな」


 言いながら輸送袋を見せると、マリオンは驚きの表情を浮かべた。

 

「アクセルさん、貴方、本当に初級職なのね。その状態で盗賊を懲らしめたって聞いた時は、眉唾かと思ったけれど……この輸送袋と、貴方の身体から漲っている力を見るに、嘘じゃ無いみたいね」


 彼女は俺の顔や体を見ながらそんな事を言って来た。


「力が漲っている? マリオンの目には、俺の体に何かが見えてるのか?」


 その疑問に答えたのは、俺の横に座っているドルトだった。


「ああ、マリオン君はな、我が国に数えるほどしかいない輸送系上級職の一人、《公儀飛脚》なのでな。人の力を察するスキルを持っていたりするのだよ」


 ドルトの言葉に、マリオンは苦笑して頷いた。


「ふふ、カウフマンさんにばらされちゃったけど、まあ、そういう事でね。私は、結構人を見る目には自信があるのよ」

「なるほど、輸送系の上級職にはそんな人の力を測るスキルがあるのか。というか、国に数えるほどしかいない上級職って、マリオンって凄い人なんだな」

「それほどでもないわ。むしろ、貴方達の方がとても初級職には見えない逸材だっていうのは見て分かるから、私から見ると凄く思えるわよ。カウフマンさんが支援したい人達ってどんな人だろうって思ったけれど、会ってみて納得したもの」

「上級職にそう言って貰えるとは光栄だよ。……それで、仕事のイロハについて教えて貰えるって話だけれど、大丈夫そうか? ドルトのおっさんが言うには、ここ、物凄いギルドなんだろう?」


 この国随一とか、そんな風に称されるギルドが、所属員でもない者相手に割いている時間はあるのか。そう思っての問いだったのだが、


「全く、構わないわ」


 即答された。

 まるで最初から決めていたかのような素早さで、マリオンは首を縦に振った。

 

「私としても、アクセルさんの盗賊退治のお陰で、彼女たちも助かっているの。むしろ、《運び屋》なのに盗賊を退治できるなんて英雄さんなら、是非是非、ウチで支援をさせて欲しいと思って貴方を受け入れたのよ。このギルドに入って貰えなくても、会って話が出来るだけで嬉しい、とね」

「お、おう、そうなのか。……割と買いかぶり過ぎだと思うけれどな」

「ふふ、そんな事は無いわよ。まあ、そんなワケで、何か質問があったら、すぐにウチに来てくれれば、なんでも答えるわよ。もしも私がいなくても、……ええと、向こうにいる子に聞いてくれれば、オッケーよ」 


 マリオンが目線を向けた先には、事務机で書類整理をしている女性がいた。


「彼女は同僚のコハク・ウィラーちゃんよ」


 コハクと呼ばれた茶色い髪の女性は自分の名前が呼ばれた瞬間、ビクっと体を跳ねさせ、


「………………よ、よろ、しく」


 長い間の後で、顔を赤くしてぺこりと礼をしてきた。

 どうやら照れ屋な人のようだ。

 

「ああ見えて、彼女も輸送系上級職の《郵便屋(ポスタ・マエストロ)》なのよ」

「え、マジか」

 

 つまり、数えるほどの上級職がここだけで二人もいるって事になるのか。

 となると、本当にサジタリウスは優秀なギルドなのだろう。

  

「あと一人、今は出払っているけれど上級職の子がいるから、後で紹介するわね。それと何人かOBもいるけれど、……とりあえずこれが今のウチの構成員だから。覚えていてくれると助かるわ」

「了解。というか、このサジタリウスってギルドは実質、三人だけで回しているのか」

「ええ、でも人不足になったことは無いわよ? ちゃんと仕事も選んでいるからね」


 そう言ってお茶を飲むマリオンからは余裕も感じられた。

 仕事を選べる立場のギルドという事なのだろう。

 

「あ、でも、いつでも人材は歓迎だから。もしもアクセルさんが入りたかったらいつでも言ってね。仮所属でもすぐに受け入れるから」

「おう、了解。……というか、仕事を学ぶんだったら、仮でも所属していた方がいいのかな?」

「そうね。そっちの方が一通りの流れは学べると思うけれど、アクセルさんの好きで良いと思うわよ」


 どうやら、マリオンは所属しようがしまいが、仕事を教えてくれるつもりでいるらしい。面倒見がいいというか、サービスが良くて本当に有り難いと思う。

 

「まあ、アクセルさんがどういう方向で仕事を知りたいのかは分からないけれど。基本的には、私たちの事は、ちょっと質問出来る仲間が出来たって位で認識をしてくれればありがたいわ。そしてこの店は、仕事場って感じで。本当に気軽にこの店に来てくれればいいからね」

「そうか……。アレコレと気遣って貰ってばかりで悪いけれど、お言葉に甘えて、色々と勉強させて貰うよ、マリオン。改めて、これからよろしく頼む」

「ええ、こちらこそ、よろしくね、アクセルさん!」


 こうして俺は、良い関係を築けそうな、輸送系職業の先達兼、仕事仲間が出来たのであった。

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