第16話ビギナー、初のギルド仕事開始
サジタリウスの面々と知り合いになった次の日の朝。俺は早速そのギルドに顔を出す前に、いつもの喫茶店で朝食を取っていたのだが、
「あの(・・)サジタリウスに新メンバーが入ったって話、知ってるか?」
不意に、他所のテーブルから、男たちの声が聞こえた。
「マジか? あそこって、王都の準上級輸送職が数十人単位で入りに行ったけど、全員とんでもないテストに合格できず心折られたっていう、所属するのがめちゃくちゃ難しいギルドだろ?」
「ああ、あそこの代表者って面倒見は良いけれど、結構苛烈な人らしいからな。その話の準上級職、全員泣いて帰ってったらしいし」
「……そんな代表者のお眼鏡にかなってあそこに入った奴って一体どんなバケモノなんだ。ちょっと興味が出て来るな……」
他所のテーブルの男たちは、そんな風に朝から盛り上がっていた。
「ねえねえ、ご主人。向こうの人たちが喋っているのって、ご主人が今日から行くギルドの事だよね? そんなにやばい所なのかな。あと、ご主人が新メンバー扱いされているのも気になるし」
「まあ、俺が新メンバーになるかどうかは置いておいて、あの二人はそこまで酷い人たちには見えなかったぞ? 見た感じ、あの女性二人は優しそうに見えたし」
あの後しばらく喋ったが、マリオンは物腰が丁寧だったし、コハクは恥ずかしがってあまり顔をこちらに向けてくれなかったけれども、友好的な態度は感じられた。
そこまでとんでもない場所には見えなかった。
「まあ、ご主人が平気って言うなら大丈夫だと思うけれど。昔から感覚は鋭いけど、危機への対応力が高すぎて、一般的なヤバさとかが分からなかったからね」
「酷い言い草だ。竜王のお前にそんな事を言われると人間の俺としては少し微妙な気持ちになるんだが。……まあいいや。とりあえず、今日からいくつかの依頼を用意して、基礎を学んでいけるそうだからさ」
あの輸送系ギルドで世話になりつつ、運び屋としての基本的な仕事や対応、セオリーを覚えて一人前になり、好きに仕事を出来るようになる。
当面の目標はそれになる。
「よし、一人前になる為にも、しっかり食べて行こうか」
「あはは、ご主人はある意味一人前以上の仕事をしてきていると思うけれどね。でも、うん、ボクもご主人の相棒として色々と覚えていくから、頑張るよ!」
そんな風に和やかに朝食を取った後、俺達は街の中心にある『サジタリウス』の店を訪れていた。
「おはよう、二人とも。待っていたわよー」
店内に入ると、マリオンが手を振って出迎えてくれた。
「今日から仕事のご教授の方で世話になるよ、マリオン」
「ええ、任せて。たっぷり支援するから! ともあれまあ、今日の所はね。最初ってこともあって、商業ギルドから幾つか初心者向けの仕事の依頼を引っ張ってきたんだけれども。アクセルさんがやりたい事があったら、選んでくれればいいわ。私たちが全力でサポートするから」
サポート体制はばっちり、とマリオンは胸を張る。
優秀なギルドからの手伝い付きで、仕事が出来るのは本当に助かるな、と思いながらも、
「ええと、で、依頼はどこで選べばいいんだ?」
俺がキョロキョロしていると、背後からこちらの肩をつんつんとつついてくる姿があった。
コハクだ。
「こっち、にある、よ、アクセル君」
コハクが指差したのは、彼女が普段から使っている事務机の上だ。
そこに、何枚もの用紙が広げられている。
「勝手だけど、纏めておいたから、この中から選んでくれるだけで、良いよ。マリオンに任せっぱなしにしたから、ちょっとハードな物もあるけれど、どれでも手伝うから安心してね」
「ああ、コハクさんもありがとう。助かるよ」
「べ、別にいい。支援する側としては、当然の、事だから」
照れて目を逸らしつつも、コハクは嬉しそうに口元を緩めた。
そんな彼女に促されて、俺は纏められた依頼用紙を眺めていく。
依頼用紙には運んでほしい物と種類が描かれているほか、配達地点と予定時刻。そのほか重量などが記載されている。
どれも似たり寄ったりというか、基本的にこの街の中を移動するだけで運べる依頼ばかりだったが、
「……お、これは?」
その中で一枚、異色なものがあった。それは、
「星の都の郊外、崖の上の研究所まで今日の午前中までに、木箱の小包十個を配達、か。しかもご丁寧に、郊外の目的地までのルートが付いているんだな」
街の中心にある商業ギルドから、街の外れの研究所までのねじれた道のりが描かれた依頼書だった。
午前中までにということはあと一時間強という所だろうが、こんな配達ルート指定までついている物があるのか、と思っていたら、
「こ、これはね? 私たちの方で、つけた物なの。この街は路地や行き止まりも多いから。裏道とか知っておくのもいいかなって思って」
「へえ、そりゃ、有り難いっすね」
俺は竜騎士を辞める一か月前に移り住んでいるが、まだまだこの街に詳しい訳ではない。
貰った家屋近場で飯が美味い店や、良い食材を取り扱っている場所は掘り当てているけれども、街の全体像がつかめている訳では無かった。だから、
「……そうか。じゃあこの依頼で、街の道を覚えながら行ってみるかな」
俺が依頼を決めると、コハクはこっくりと頷いて、
「これで決まり? なら、荷物はこっちだよ」
この建物の隅、床の色が違う物置場所に案内された。そして、その中心にデンと置かれた木箱を指さして来る。
「これ、ね」
「ああ、了解。じゃあ、輸送袋に入れていくわ」
そうして、俺が物置場所にある木箱を、手持ちの輸送袋にぽいぽいと詰め込んでいると、
「え、それ、全部入っちゃうの?」
後ろの方で、こちらを眺めていたマリオンが驚きの声を上げた。
「まあ、輸送袋だからな。この位の荷物は入るさ」
そう言ったら、更に驚きの目を向けられた。
「ちょっと待ってくれるかしら? あ、アクセルさんの輸送袋、そんなに成長してるの?」
「そりゃあ、初級職で、レベルアップが早いし、そのたびに、拡張されてるからな。というか、普通はこのくらいの物を入れられるんじゃないのか?」
「いや、アクセルさん。普通の輸送袋は、もっと容量が小さいのよ? そりゃレベルアップ条件は他の職業に比べた楽だけども、そもそも普通の《運び屋》はレベルを上げるのも一苦労だから……」
唖然としながらそう言われてしまった。
そう言えば勇者も似たような事を言っていたっけ。
……俺は最初に巫女さんからレベルアップしやすいとの言葉を貰ったから、それを信じているだけなんだがな。
そして、俺としてはレベルアップするごとにいつもの拡張がなされていたので、そこまで珍しいという実感は無かった。
スキルの覚え方は一律じゃないとはいえ、大体の《運び屋》の人が、とんでもなく大きな輸送袋を振り回していると思っていた。でも、
「なるほど……。そうなると、こうして便利になっていくのは、運が良かったのかもしれないな、俺は」
こうして使いやすさに全振りされているのは本当に有り難いことなのだろう。
そんな事を思っている間に、俺は輸送袋に荷物を詰め終わった。
「ほ。本当に全部入っちゃった……」
目の前で荷物を詰め込む様子を見ていたコハクも口をポカーンと開けていた。彼女にとっても、この輸送袋の広さは驚きだったようだ。
そこから認識を改めなきゃな、と思っていると、
「なんにせよ、これで準備完了だね、ご主人」
「まあ、そうだな」
バーゼリアが楽しそうに声を掛けてきた。
そうだ。定石を知りつつも、まずは仕事をやり遂げねば、と俺は自分の両頬をペシリと叩く。
ここからが、俺のギルドにおける《運び屋》仕事の始まりなのだから。そして、今回の仕事を委託してくれた二人にも手を振る。
「じゃ、マリオン、コハク。俺、行ってくるよ」
「あ、うん。いってらっしゃい、アクセルさん」
「ぶ、無事に、戻って、きてね」
こうして俺のサジタリウスでの初仕事は開始された。
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