第17話ビギナー運び屋が街を駆け抜けた結果
アクセルがサジタリウスの店舗を出発する姿を見送った後で、マリオンは自分の椅子に座って背もたれに身を預けていた。
「……さて、何時間くらいで目的地まで行けるかしらね、アクセルさんは」
「分からない。アクセル君は、物覚えが良さそうだけれど、この街、入り組んでいるし……」
「そうなのよねえ」
星の都は、土地が段々になっている部分があり、高低差が結構激しい。
坂も多いから郊外に行くだけでも体力は奪われるだろうし。
「あの、内壁も厄介なのよね……」
マリオンが窓に向けた視線の先には、他の家々よりも数段高い壁があった。
星の都の内壁だ。
街の中央を分断するように作られており、あの壁によって区画分けがなされている。
当然下には道と門があり、普通の人はそこを通るのだ。
だから人混みが出来る。しかもあの壁は一枚だけではなく、高さは異なるが同じような物が何枚かこの街には設置されている。
どれも、結構な人混みが発生するので、郊外に行くためには頑張って抜ける必要がある。
何より、郊外の崖も越えてなきゃいけない。
道を知っている熟練の輸送職ならば、出来るだけ平坦な道を通り、行列を避けて走れば、余裕で一時間以内に辿りつける。
ただ、道のりを知らない人間が行ったら、倍は掛かるし、数倍になってもおかしくはない。
依頼には午前中まで――つまり、あと一時間以内にと書かれていたが、かなりギリギリな時間制限となる。
「でも、あの予定時刻、目安、だよね? 《厳守》じゃ、ないから、別に、遅れても大丈夫だよね?」
「ええ、そこはね。いきなり時間厳守の仕事を渡すのは、ビギナーの人にやる仕打ちではないわ」
今回貰って来た依頼に、予定時刻は書いてある。ただ、その時間はあくまで目安であり、制限時間ではない。
大体、そこには『出来れば』という前置きが付くもので、お客側が吹っ掛けてくるつもりで短く設定したものだ。
もしもその予定時間に付けば報酬に色がつくけれども、絶対というわけではない。《時間厳守》と書かれている特別な依頼書であれば守る必要はあるが、今回はそうではない。
……幾ら彼が盗賊を倒せるほど強くても、それとこれとは話が別だものね……。
だから、今回アクセルに選んでもらったのは時間内に運べなくても良いとされている仕事ばかりで、初心者用としたのもそれが理由である。
今日の仕事で、この街の形状と、運び屋として動きやすいルートを構築して貰えればいい。
街の裏道の地図を付けたのもそれが理由だし。程よく時間をかければ、早く進める道も分かるだろうし。
「まあ、でも、カウフマンさんが凄いって言っていたんだし、案外本当に一時間で行けてしまったりしてね」
「う、うん。アクセル君の身体、凄く鍛えられているように見えたし。行けるかも」
「まあ、結果が出るまで、私たちは私たちの仕事をしましょうか」
何にせよ一時間は暇になる、だからその間に出来てしまう仕事はどれか、などと思って事務机の依頼書を見ていたら、
「ただいま」
「あら?」
先程出て行ったばかりの、アクセルとバーゼリアがドアを開けて、戻って来た。
アクセルは汗一つかいてないが、バーゼリアは汗びっしょりだ。こんなに早く、急ぎで戻ってきたという事は、
「お帰りなさい二人とも。忘れ物でもあった?」
何かこの店に忘れ物をして、それを取りに戻って来たのか。もしくは、もっと詳しい地図でも欲しくなったのかな、と思って聞いた。
だが、アクセルから来た答えはそのどれでもなく、
「いや、終わったんだ。運ぶの。これ受領書な」
「……はい?」
アクセルは、研究所のサインが入った受領書をこちらに持ってきた。
だが、マリオンとしては、彼が言っている意味が、よく分からなかった。
「あの……受領書?」
「そうだぞ。って、ああ、すまん。事務をやってるのはコハクさんか。じゃあ、はい、コハクさん、これ受領書な」
アクセルは目線をこちらからコハクに移して、そして手に持っている紙も彼女の方に向けた。
だが、あまりの事に固まっているのは彼女も同じで、
「え……あ、あの、バーゼリアちゃん? アクセル君? に、荷物はどうしたの?」
「だから、届けたってばー。ご主人についていくの、結構大変だから、疲れたけどね……」
汗だくのバーゼリアはそう言って椅子に座ってぐったりする。
「まあでも、きっちり研究所の職員に渡してきたよ。ちゃんと研究所の人にもらったサインもあるだろ」
そして、汗一つかいてないアクセルは、事務机に受領書を置いた。そこでようやく、マリオンの硬直は解けた。
「あ、あの、は、早くないかしら!? まだ十分位しか経ってないわよ!?」
というか正確には十分弱だ。それだけしか経過していない。
どうやったらそんなに早く、目的地までたどり着けるというのだろう。というか本当に配達は成功したんだろうか。そう思っていたら、
「ま、マリオン……!」
事務机の方でコハクが青ざめながら声を掛けてきた。
「何、コハク?」
「このサイン、本物で……しかも今、魔法で、研究所から念文連絡が来た……。『沢山の荷物受領しました。こんなにも早く、ありがとうございます! 流石はサジタリウスの輸送職さんですね! 運んできた男性と女性にもお礼を。気持ちばかりですが、報酬も弾ませて頂きますって』って……」
そう言って、コハクは一枚の紙を見せて来る。そこには確かに、星の都の魔法研究所名義で、お礼の文章が書かれていた。
「へえ、こういうのも送られてくるんだな」
「うーん、報酬増額とかも嬉しいね! 頑張った甲斐があったってものだよー」
それを見て、アクセルとバーゼリアは喜んでいるが、マリオンとしてはショックが重なっていて、それどころでは無かった。
「ほ、本当に届け終わってるのね……。というか、どうやったの、アクセルさん?! ここから研究所まで走っても一時間弱は掛かる筈なんだけど……」
「え? どうやったと言っても頑張って走ったとしか言いようがないんだが」
「片道一時間の距離を、頑張るだけで往復十分以内の距離にするとか、ちょっと意味が分からないのだけれど……」
などと喋っていたら、
「おーい! マリオンさん! そっちにすげえ化物みたいなのが入って行ったんだけど大丈夫かい!?」
近所に住んでいる、商業ギルド幹部の獣人男性だ。よく依頼をしてくるので懇意にしている彼が、慌てた表情で飛び込んで来た。
「え、ええ? 大丈夫って……何がかしら? というか、何が入って行ったって?」
「いや、さっき、星の都の道路を化物みたいな速度で突っ走って、ギルド塔の屋根と内壁の上をすっ飛んで行く人影があってな? それが、こっちに戻ってきて、しかもこのサジタリウスの店に飛び込んでったもんだから、何事かと思ったんだよ!」
獣人は興奮したように告げてくる。
そして、自分とコハクを見た上で、アクセルとバーゼリアの方を見た。
「――って、さっきの屋根の上をぶっ飛んでた二人じゃないか! こ、この二人、一体なんなんだ?! も、もしかして、この二人が噂に出てる、サジタリウスの新人さんなのかい?」
「え? ああ、まあ、そうね。まだ、入ると決めてもらったワケではないのだけれど。一応、新人の《運び屋》さんである事は間違いないわね」
マリオンの言葉に、獣人のお客はそうなのか、と目を丸くした。そして、彼はアクセルたちにぺこりと会釈した。
「いや、アンちゃんにネエちゃん、何というか、悪かったな化物扱いして」
「うん? ああ、いや、良いよ。俺たちも、周りの事を気にしないで屋根の上をピョンピョン飛んでったわけだし」
「そうか。そう言って貰えると助かるぜ。俺は商業ギルドに務めてるもんなんだが、アンちゃんみたいな、風みたいに走って、内壁の上を飛び越えていく輸送職を見たのは初めてだったぜ。――っと、マリオンさん所が問題ないなら、俺はこの辺で失礼させて貰うよ。ああ、すげえ物を見れて有り難かったぜ。サジタリウスの新人は、すげえんだな……」
獣人の男はそう言って自分の額に浮いた汗をごしごしと拭きながら、店を去って行った。
そんな彼が残していった言葉で、マリオンはアクセルがしたことを察した。
「アクセルさん、もしかして星の都にある内壁を、登ったの? あれ、十数メートルは、無かった?」
「うん? まあ、確かに高かったけど、でも、途中に背の高い塔が何本もあったから。そこの屋根を借りて通ったんだ。塔の受付やっている人に『屋根を足蹴にして、跳んでも良いかな?』って聞いたら、笑いながらオッケー出してくれたし」
この街の建造物は頑丈に出来ており、魔物が屋根を蹴っても壊れ辛いほどだ。
だから、そういった移動が出来ないわけでもないし、《軽業士》が大道芸でお金を稼ぐときにやっている時もあるけれど。
そんな風に思っていたら、コハクもアクセルに恐々と質問をしていた。
「あ、アクセル君? 君、普通の道は通らなかった、の?」
「いや、最初は普通の道を走ったんだよ。ただまあ、途中の道が入り組んでいた上に、人が多かったから。目的地に真っすぐ行った方が時間も節約できるし、だったら、屋根の上を飛び移りながら行った方が早いかなあ、と思ってさ。あ、でも、当然、他人の家の屋根を傷つけるような走り方はしていないから、そこは安心してほしい」
「いや、問題としてるのはそこじゃないというか……本当にアクセルさん、初級職、なのよね?
「ああ、もう完全なるビギナーだぞ? だから今回、走りながら街の裏道を確認できたし、人が多い地点も分かったし、このルート表は凄く役に立ったよ。ありがとう、二人とも」
朗らかに礼を言ってくるアクセルに対して、
「え、ええ。どう、いたしまして」
「う、うん。……す、凄い人を、紹介されていたんだね、私たち」
マリオンとコハクは唖然としつつ、顔を見合わせて、頷きを返した。
そして、どうやら自分たちが支援しているのは、とんでもない存在なんじゃないか、とマリオンたちはうすうすと感じ始めるのだった。
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