第18話初級職《運び屋》、ガンガン成長中
輸送ギルド、サジタリウスでの教習を始めて数日が経った頃。
「もう、アクセルさんに、初心者として教える事が無くなったわ!」
その日、サジタリウスに行った俺は、マリオンからそんな事を言われた。
「え、早くね?」
思わずそう返すと、マリオンは吐息しながら首を横に振った。
「だって、アクセルさん、もうこの街の殆どの場所に行けるし、大体の仕事のやり方は覚えたでしょ? この数日でどのくらい依頼をこなしたと思っているのよ」
言われ、俺はこの数日でこなした仕事を思い出す。とにかくこの広大な街とルートを覚えるために、手近で良さそうだと言われた仕事をこなしまくった記憶はあるが、正確な数は覚えていない。
「……三十回くらいは、荷物を運んだっけか」
「アクセルさんがこなした依頼は六十二回よ。その中で難度が高いのが半分くらいあって、掛け持ちしたのも半分くらいあったけどね」
「あれ? そんなにやってたのか」
思った以上、というか倍近くをやっていた。
同時に幾つかの依頼を掛け持ちした時もあったので、回数の感覚がおかしくなっていたのかもしれない。
「でも、そこまでやってたんだなあ。バーゼリアは覚えてるか?」
だいたい仕事をするときは彼女も同時に出発するので覚えてるかなあ、と思ったのだが、力のない笑みで首を横に振られた。
「いやあ、ボクはご主人様に付いて行く訓練をするだけでやっとだからね。回数を数えていられる余裕は無かったよー」
「ええ、本当にとんでもない速度で運びまくったものね、アクセルさん。普通の初心者は一日一つか二つの仕事をこなすのが精いっぱいっていうのに、一日に十回以上の依頼をこなすんだもの。教える事だって無くなるわよ」
「おお、そんなものなのか……」
俺は早く仕事を覚えたいという一心でやっていただけなのだけれども。本当にここまで早く終わるとは思っていなかった。
「本当はじっくり仕事をして貰いながら道や街並み、人の動きを覚えてもらうつもりだったんだけど……アクセルさんはもう覚えているみたいだし」
「ああ、この数日でしっかり覚えられたよ。この仕事を始める前以上に面白い街だなって思ったさ」
「それは良かったわ。……アクセルさんは、そもそも、道を覚える必要性はあまり無かったみたいだけど。まさか、こんなにも滞空時間が長い運び屋さんになるなんて思わなかったわ……」
マリオンは窓の外、空の方を見上げながら言ってくる。
「滞空時間って……。確かに屋根の上を飛んでいく事が多いけどさ」
「ええ、この数日の活躍で、アクセルさんは『空飛ぶ運び屋』として輸送職界隈と商業ギルドでは有名になってるわよ」
「マジか」
俺は単純に早く行ける方法を選んで、ぴょんぴょん跳びながら運んでいるだけだったのに。
そんな二つ名みたいなものが付けられるとは思いもしなかった。
「まあ、仕事は早い、時間は守る、そして空を飛ぶ姿が子供たちに大人気ともなれば、有名になるわよ」
「最後の一つは関係あるのか? まあ、それはともかく、屋根を飛んでいった方が絶対に早いと思うんだけど、どうしてみんなやらないんだろうな」
この数日、仕事をしまくったことで実感したが、この街は人が多い上に、高低差が激しい。
内壁やギルド塔などのデカい建築物が通路をふさいでいるところもあって、横の動きだけだと、とても動きづらい。
だから高さを使う事で早く移動しているのだが、なぜ他の輸送系職業がやらないのか、不思議だった。そう思っての問いだったのだが、
「普通は、危ないからやらないのよ。人間は空を飛べないんだから」
マリオンは呆れたように言って来た。
「え、でも、マリオンって《公儀『飛脚』》じゃなかったっけ? 飛ぶ脚、とか、文字的に飛べそうな気もするが」
「確かにね。私は空中を滑空するスキルは持っているわ。でも、だからと言って屋根の上移動を平然とする事はないのよ。空中機動の技術がそこまで高い訳じゃないし。それに何より、――高い所から落ちたら、ただじゃ済まないんだから」
「ただじゃすまない……? この街じゃ高い所から落ちても、十何メートル位だろ? 打ち所が悪ければ相当痛いけど、そこまでか?」
竜騎士や戦闘職の空中戦では、数百メートル以上の高さでやりあっているのだし。
街の中で感じる高さではあまり恐怖を感じないと思うのだけれども。
そんな思いと共に言ったら、マリオンはにっこりとほほ笑みながら俺の肩に手を置いてきた。
「あのね、アクセルさん。いくら上級輸送職でも、高い所から落ちたら、普通に重傷を負うんだからね。……アクセルさんは店の前で落ちてきても、何事もなく動いていたのは何度か見たけれど、それはおかしい事だからね」
「あー、ご主人、落下に慣れてるから姿勢も良いし、落ちても少し擦りむくだけだからねえ」
バーゼリアの言う通り、竜騎士時代の経験で俺は落下慣れしている。
だから、空中で姿勢を崩しても頭から落ちる事は少なかったりする。
まあ、頭から落ちても多少痛いだけで済むのは実験で分かっているのだが。
「そうか。うん、俺の身体が頑丈で良かったんだな。輸送袋も衝撃に強いから、基本的に中身も無事で済むし」
「なんだかもう、輸送職とか関係なく、ビギナー離れというか、人間離れしてるわよね、アクセルさんの身体……」
マリオンは驚異的な物を見る目を俺に向けて来たあと、ふう、と一旦仕切り直すかのように息を吐いた。そして、
「とりあえず、この話は良いとして、大事なのは初心者卒業、という事よ。――おめでとう、アクセルさん」
パチパチと拍手をしてくれる。
「……!!」
そして事務机の方にいたコハクも同じく、無言ながらも力強く手を打って祝ってくれていた。
「いやあ、あっという間に初心者卒業だね、ご主人! もう、運び屋になったばかりなのに凄いや!」
「なったばかりのビギナーであることは、まだ変わらないとは思うんだけどな」
それに卒業という言葉はここ最近に聞いたばかりで、なんだかこの頃よく卒業ばっかりしている気もするが、それでも、
「運び屋として一人前になる道を進めている感じがして、良いな」
新たな職業になったが、新しい仕事場と新しい仕事仲間も得られて、とても有り難い。
そう言うと、マリオンはにんまりと嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ふふ、アクセルさんは殆ど一人前だと思うけれどね。ともあれ、明日からはもう少し輸送職として専門的な事を話せればと思うわ。それで、今日は卒業祝いをいくつか、用意したから、軽く仕事をした後、街の酒場の方に一杯やりにいきましょう」
「うん、いっぱい、お料理作って貰えるように、連絡した」
「おお、ありがとう、マリオン、コハクさん!」
こうして俺は『空飛ぶ運び屋』として、ちょっとだけ、有名になった上に。
《運び屋》初心者を無事、卒業出来たようだった。
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