運び屋 ステップアップ編

第19話卒業祝いのレベルアップと成長の予感

その日、軽く仕事をこなした後。俺達がマリオンとコハクの案内で訪れたのは、店の中央に巨大な黒い柱が付き立った店だった。

 《ミーティア》という、星の街で結構な人気を取っている酒場らしい。


 そんな店の一席で、俺とバーゼリアはサジタリウスの面々と夕食を取っていた。

 俺の目の前には、マリオンたちが注文しておいてくれたらしい料理や酒が並んでおり、『初心者卒業おめでとう!』とのメッセージカードまでついていた。


「ありがとうな、マリオン、コハクさん。ここまで教えて貰ったばかりか、お祝いまでしてくれて」 

「いいのいいの。アクセルさんのような、とびきりの運び屋が生まれてくれたのは、私たちにだってプラスに働くことだし、感謝すべきことだし。……何より、ウチのギルド、サジタリウスで成長してくれた久々の人だもの! お祝いしなくちゃ」

「うん、おめでとう、アクセル君。バーゼリアちゃん。どんどん食べてね。ココのお店の料理、どれも美味しいから」

「わーい! マリオンー、コハクー、ありがとうー!」


 勧められるがままに、俺達は用意された料理を食べていく。

 

 ……確かに、この店の酒も飯も美味いな、こりゃ……。

 

 この店は、大通りから少し離れた場所にある店の為、全く来たことが無かったけれども。

 これだけ美味しい料理があるなら、通ってもいいかもしれないな、などと思いながらアツアツの肉を口に放り込んでいると、

 

「よっしゃあ、今日は絶対に砕いてみせるぜ!」

「おいおい、お前よりも俺っちの方が先に砕いてやるからな。負けねえぞ」

 

 店の中央、黒い柱が付き立っている付近で、マッチョな男二人がにわかに騒ぎだした。

 見れば、黒い柱の脇に備え付けられた棚から、剣や斧などの武器を持ちだしている。

 

「なんだあれ? 物騒だけど喧嘩か?」

「ああ、いや、この店の余興よ。いつものお酒の種になっているわ」


 武器を持っての余興っていったい何をするんだろうな、と思っていたら、黒い柱の横に一人、エプロンを着た男が立った。

 

 ……あれは確か、この店の店主だよな。

 

 彼も彼であんなところで何をするんだろう、と思いながら見ていたら、口元に手を当てると大声で喋り始めた。


「さあ、今日もウチの店に力自慢の挑戦者がやってきたぞ! 今日の『竜切り』チャレンジャーは、上級職剛力戦士のトムソン! そして上級職近接魔法士クリスだ!」


 店主は柱の横にいるマッチョ二人を指し示したあと、


「それじゃあ、二人同時にスタート!」


 叫んだ。次の瞬間、


「おおおっしゃああ!」

「うおおおおお!!」


 二人は一斉に、黒い柱に向けて自分が持っていた獲物を叩き付けた。だが、

 

 ――ガキン!

 

 と金属音と共にその武器は跳ね返されていた。

 余程の力で振っただろうに、柱には傷一つない。

 むしろ、はじき返された武器の方がボロボロになっていた。

 剣は刃こぼれしているし、斧なんて柄がへし折れてしまっている。

 

「ああー、残念。失敗だ――! そして斧を壊したから、挑戦料は二倍になりまーす!」

「畜生! 全然刃が通らねえ!」

「古龍の鱗ってどんだけかてえんだ!」


 などと吐き捨てつつ、マッチョたちは、財布を開き金を店主に渡し始めていた。

 

「これが、余興……? というか、古龍の鱗って言ってたんだけど、なんなんだ?」


 マリオンに聞くと、彼女は黒い柱を指さしながら微笑んだ。


「あれはね、魔王との戦争時にこの店に降ってきた、古龍の鱗」

「古龍の鱗……って、ああ、なるほど。確かに鱗だわ、あれ」


 よくよく見れば柱の表面には鱗の様な紋様が見える。そして、竜騎士時代は何度か古龍に会ったけれども、彼らの鱗は一度地面に落ちると色が一気に黒ずむのだ。

 まあ、戦場ではあんまり観察するようなものでは無かったし、戦利品として持ち帰るようなモノでも無かったので、特に気にしていなかったけれども。


「しかし、古龍って魔王が従えた中でも最高クラスに強かったはずだが、そんなヤバいのがこの街にも来ていたのか?」

「いや、実際は来ていないけど、何故か降って来たの。それでこの店の中央をぶち抜いちゃって、店のマスターが凄い困っていたのよ。何せあれだけ大きいのが居座ると入れられる客の数も減るしね」


 それはまあ、確かに邪魔だろう。

 中央にドンと居座った、あの『古龍の鱗』とやらが無ければ客席を倍くらいには出来るのだから。

 

「撤去はしないのか?」

「あれね、地面深くまで刺さっているばかりか、刺さった部分に位置固定魔法が掛かっているらしいのよ。ほら、埋まっている床に魔法陣が見えるでしょ?」


 言われて見れば、確かに紫色の魔法陣がうっすらと床を覆っている。

 古龍の鱗は重く硬いため、自分の体に引っ付き続けるために固着の魔法が掛かっているのだが、それがこの店の床にも掛かってしまったという事だろうか。


「だから動かせない上に、あの堅さでしょ? 魔法屋を雇って壊すにはとんでもないお金が掛かるみたいなの。それで……苦肉の策として、こういう余興が生まれた、というわけ」

「力自慢の客に挑ませて壊させようってか」

「ええ、挑戦料もとっているけどね。一チャレンジ五百ゴルドで、ヒビを入れたら千ゴルド。砕いたら一万ゴルドの褒賞があるわ。今まで一人もヒビを入れられてないから、割と損失分の補填は出来ているみたい」

 

 なるほど。どうやらこの店は中々に、商魂が逞しいようだ。

 店の中央で辛そうな息を吐いて座り込み五百ゴルドを持っていかれているマッチョを見ると、本当にそう思う。


「どうかしら、この店。面白いし、良い場所でしょ」

「ああ、まあ、賑やかというか若干うるさいけど、でも、メシも美味いし良い所だな」

「ふふ、そう言って貰えると案内した甲斐があったわ」


 マリオンはそう言って嬉しそうに微笑んだ後、


「それじゃ、余興も終わって静かになったし。これ、アクセルさんに渡しておくわ。卒業祝いって奴ね」


 マリオンは一本のスクロールを手渡してきた。


「お、おお、ありがとう」


 良い店まで教えて貰ったばかりか品物まで貰ってしまって申し訳ないなと、そんな事を思いながら俺はスクロールを受け取る。 

 広げてみるとその中には、『輸送とは人の時間を運ぶ事也』との文字が記されている。

 

「あの、マリオン? これは一体、なにに使う物なんだ?」

「それは『輸送職の心得書』って言って、サジタリウスを開いた時に、輸送職の神様から直々に貰ったものなの。輸送職の信念と性質を表しているんだそうよ」


 どうやら輸送職のモットーというか、心構え的な言葉のようだ。


「神様からの言葉、か。時間を運ぶっていう意味は、分かるような分からないようなって感じだが」

「まあ、簡単に言うと物を運ぶっていうのは、他の人の時間を稼ぐって事でもあるからね。早く届ければ、その分渡された方は早く動けるって事だし」

「……ふむ、微妙に理解できたような、出来ないような……」


 なんだか、素直に納得し辛い感じがある言葉だな。


「ふふ、その辺りは神様が降りて来た時に詳しく聞くと良いわ。『輸送職はその気になれば概念や時間すらも運べるんだから。それは念頭に置いてね」とか言ってくるだろうけれど。まあ、今はそういった精神面の事については置いておきましょう。心得も大事なんだけど、その心得書には良い効果があるんだから」

「良い効果?」

「ええ、それを読むと一度だけ輸送職としてレベルアップするというものよ」

「……え、マジで!?」

 

 マリオンの言葉に俺は心得書を懐に入れかけた二度見する。

 その瞬間、俺の服のポケットが光っている事に気づいた。

 

 スキル表が入っているポケットだ。


 ……これは、まさか本当に……? 


 俺はスキル表を取り出して確認する。すると、

 

【心得読了 条件達成――《運び屋》レベルアップ!】

 

 彼女の言う通りというべきか、心得書の力で俺は一段階レベルアップしていた。


「おお……すげえ」


 歩いてレベルアップしたのも楽だったけど、まさかプレゼントでレベルアップするとは思わなかった。

 

「こんなに良い物を貰えるとは、ありがとう、二人とも」

「ふふ、喜んでもらえたなら、何よりよ。ね、コハク」

「うん。……これから、仕事も少しは難しくなるから、ちょっとでもスキルと能力強化を手伝えたならって思っていたし」


 二人はにこりと笑みを向けながら言ってくれる。

 どうやら俺は本当に良い先達に恵まれたようだ、とそんな事を思いながら、スキル表を確認する。 

 そこには今まさに、自分がレベルアップした成果が書き込まれている最中で、


【輸送袋グレードEX1 効果――輸送袋内部の100%拡張……】


「おお、二人のお陰で輸送袋がまた成長したみたいだよ」


 とりあえず、輸送袋がまた一段デカくなったのが分かった。そう伝えると、


「へえ、それは良いわね。何だかアクセルさんを見たら、私もこの御状箱じゃなくて、久々に輸送袋を使いたくなってきたわ」


 困ったように笑いながらマリオンは腰に括り付けた木箱を弄り始めた。

 手の中に納まるほどの大きさをしたそれは、マリオンの飛脚スキルである【御状箱】という入物であるが、


「うん? その【御状箱】って上級職のスキルで出したものだろ? 何か不満があるのか?」

「不満……といえば、そうね。この【御状箱】は小さくて取り回しは良いんだけど、硬いから走っている時に体に当たると痛いし、なにより、容量も少な目なのよ」

「この、輸送袋よりも?」


「というか、アクセルさんの超特大な輸送袋でなくとも、普通の輸送袋よりも、この御状箱は容量が少ないわ。ランクアップしても、スキルは完全に上位互換になる訳じゃないからね。上級職は能力は高いから総合的には良いのだけれども。意外と、中級職や初級職の方が便利なスキルを持っていたりするのよ」


 なるほどなあ、と思いながら、俺はスキル表を眺める。まだ、取得したスキルの欄の説明が記され終わっていなかったからだ。 

 そして、俺はようやく書き終わった効果説明を見た。


「【輸送袋グレードEX1――過去輸送機能追加】で、補足説明が『貴方の過去を輸送する事が出来ます』ってなんだコレ……」


 説明不足にも程があるだろう、と思っていたら、


「え、アクセルさん、今、なんて言ったの?」


 がちゃん、とテーブルの上のグラスを揺らしながら、マリオンが立ち上った。

 

「いや、過去輸送って機能が追加されたみたいなんだが、イマイチ説明が分からないなって」

 

 そう言うと、マリオンの目が大きく見開かれた。

 

「やっぱり、聞き間違いじゃなかった。なんで運び屋の段階のアクセルさんが、ソレを覚えられるの……!?」

 

 明らかに、今までで一番驚いているように見えた。

 彼女だけではない。彼女の隣にいるコハクも俺を唖然とした表情で眺めていた。

 

「二人とも、どうしたんだ? この追加機能はそんなに不味いものなのか?」


 何かマイナス機能でも追加されてしまったんだろうか、と少し気になって問うてみると、即座にマリオンは首を横に強く振った。


「いいえ。いいえ、全然不味くはないわ。むしろ良い事よ。……ただ、ちょっと奇妙なだけでね」

「奇妙って、この機能がか?」

「ええ、その《過去輸送機能》というのはね……限られた輸送系上級職が持つスキルなのだけれど、私を含めて指で数えられるくらいしか、覚えた者がいないのよ」

「その数少ないウチの一人になったから、そんなに驚いているって訳か?」


 でも、それなら奇妙っていうのはどういう意味なんだ。と疑問に思っていたら、マリオンはゆっくりと言葉を重ねた。


「奇妙、って言ったのはね。その効果が、普通の初級職では活かせないからなのよ。だって、その機能の効果は――ランクアップする前の、過去の職業で得たスキルを一部分、引っ張って来れるというモノなんだから」

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