第20話過去を思い出す一撃

過去輸送という機能についてマリオンから説明を受けて、俺は昔を少しだけ思い返す。


 ……過去からスキルを、運んでこれる、か。

 

 俺は転職組だから、使えると判断して、このスキルを渡されたという事なのだろうか。

 スキルの取得は個人個人によって異なるし、どういう割り当てをするかは神の手に委ねられている。『才覚や必然性による取得』なんていう神もいるけれど、まあ、それはともかく、

  

「この機能ってどんな風に使うんだ?」


 過去からスキルを持ってくるだなんて言われても使い方が分からない。だから持ち主であるマリオンに聞くと彼女は、俺の輸送袋を指さした。


「袋に付いた機能だから、普通にその輸送袋に触れている状態で、過去の自分が持っていたスキルをイメージすればいいのよ。ただまあ、輸送、だからね。輸送袋の容量によって、引き出せる数は変わるわよ」

「なるほど。……じゃあ、ちょっと試してみるか」


 俺は古龍の鱗を見た。そして俺の視線を追うように鱗を見たマリオンは、ああ、と声を上げて頷いた。


「……試すって、そう言えば、以前話を聞いた限りでは、アクセルさん、転職する前は戦闘系の職業だったのよね?」

「まあな。だからちょっと、アレに向かって戦闘系のスキルを打ち込んでみるわ。余興にもなるしな。行ってくる」

「え、ええ、いって、らっしゃい?」


 そうして俺は席を立つ。


「頑張ってねー、ご主人ー」

「む、無理して、怪我はしないようにね、アクセル君」


 バーゼリアの応援とコハクの心配を背にしながら、俺は店の中央にいる店主のところまで行き、

「店主さん。俺も一丁チャレンジさせてくれ」


 声を掛けると、店主は俺の顔を見て、おや、と声を上げた。


「空飛ぶ運び屋さんじゃないか。アンタも挑戦するのかい?」

「ああ」


 頷くと店主は俺を心配するような表情を取った。


「使うのは真剣だけど、大丈夫かい? 酒の勢いで受けて、怪我とかしても責任はとれねえけど。この街期待のルーキーを怪我させたくはないんだが……」

「お気遣いありがとうよ。でも大丈夫だ。そこら辺は覚悟済みだし、慣れてる」


 俺の言葉に店主は首を傾げたが、参加の意思は認めてくれるようで、


「慣れてる? ……うーん、まあ、アンタがそう言うなら良いんだが。挑戦料は五百ゴルド。武器を折ったら千ゴルドだ。ヒビを入れたら千ゴルドの報酬で、破壊成功で一万ゴルドだ。武器はここから選んでくんな」

「はいよ」


 店主が指示した棚から俺は一本の剣を取る。

 やや使い込まれているが、それでもしっかりした重みのある剣だ。この中では一番頑丈で良さそうだろう、と刃を見ていると、


「さあ、新たな挑戦者が現れたぞ。なんとなんと、ここ最近、街で注目の人物、空飛ぶ運び屋だ!」


 店主の司会が始まっていた。


「おお、あれが噂の空飛ぶ運び屋か!」

「最近話題になっているからって調子に乗って挑戦かー? そういうの嫌いじゃねえぞー、やれやれ――!」

 

 テンション高めの紹介と、酒が入っているのもあってか、店内の観客たちも盛り上がっているようだ。

 まあ、これだけ騒がしい方が余興っぽくていいだろう、と思いつつ、俺は輸送袋を腰に括り付ける。

 とりあえず、これで触れるという条件は達している。

 

 あとは使うスキルのイメージだが、

 

 ……さて、容量次第と言っていたが、どれだけの数を出せるか分からんし、とりあえず分かりやすい物をいくつかイメージするか。

 

 頭の中に浮かべるのは、竜騎士としては基本技の連打。

 自分と同じ高さで戦う相手――竜にダメージを与える技。それをいくつも繋げた、昔はよく使っていたもの。


「【竜爪】(ドラゴンクロウ)から、【竜撃】(ドラゴンスマッシュ)、そして【竜砲】【竜追】【竜貫】までの五連接続(コンボ)……!」

 

 発言しながら俺は、剣を振るう。

 刹那、

 

「――!」

 

 剣から斬撃が放たれた。

 自然に打ち込むのではあり得ない、同時に突き進む三連撃。それは古龍の鱗に直進し、

 

 ――ドン。

 

 と、破裂するような衝撃が店内を走った。そして鱗の中央に、爪痕の様な傷が刻み込まれた。


「……は……!?」


 目の前で起きた現象に、近場で見ていた店主はそれだけ言って黙り込んだ。

 そして観客たちも呆気に取られているようで、呼吸音のみ聞こえるような静けさが店内に満ちた。

 その沈黙を破ったのは俺の持っていた剣で、

 

 ――カシャン

 

 ガラスが割れるような音と共に、剣は砕け散った。そこまで良い剣では無かったので、竜騎士の技に耐えられなかったのだろう。

 

「……昔の武器であれば、もう少し深く切り込んで、切断くらいは行けたと思うんだが……」


 と、呟いた段階で、ようやく観客のフリーズが解けた。そして、 

 

「う、うおおおおお!?」

「な、何だ今の!? すげえぞ!?」

「何百人と跳ね返した鱗に、ヒビ入れやがった」

 

 一気に大騒ぎになった。

 そして呆けた声を上げていた店主も、俺によろよろと近寄って来る。


「は、運び屋なのに、すげえな、アンタ……!」

「壊しきれなかったけどな。で、ヒビを入れたら千ゴルドだけど、武器は壊れちまったし、挑戦料を合わせるとトントンって感じかな?」


 柄だけになった剣を見せながら言うと、

 

「え? あ、い、いや、ヒビは三つ入ってるし、ここまで湧かせてくれたんだ。二千ゴルド、持ってってくれ!」


 店主は最初戸惑った様な表情になりつつも、しかし真面目な顔で棚から金札を取り出して俺に突き出してきた。


「お、おう? まあ、貰えるなら貰うけど、本当にいいのか、店主さん」

「いや、良いって事よ、運び屋さん! これが壊せる可能性が出てきたってだけでも店にとっちゃあプラスなんだ。もってきな!」


 良い笑顔で、店主は札束を押し付けてきた。店主が良いというなら良いのだろう、とそんな思いと共に受け取り、俺はマリオン達のいる席に戻っていく。

 すると、そこでは口をぽかーんと開けているコハクと、嬉しそうにしているバーゼリアと、困った様な笑い顔のマリオンが待っていた。


「お、お疲れ、アクセルさん」

「いやあ、久々に見たけど、ご主人、凄かったよー」

「そ、そうだね。まさか、これまで無傷だった鱗に、ヒビをいれるだなんて……」

「あー、うん。壊せなかったのはちょっと残念だったけどな。でも今回の事で過去輸送について分かったのはデカかったな。出たスキルは、一つだけだってこともさ」


 そんな俺の言葉に、マリオンは息を呑んだ。


「え、一つ!?」

「うん、そうだけど? 何かおかしいか?」

「おかしいかって、三つ傷がついているわよ!? あんなスキル見た事がないんだけど」

「まあ、あの爪痕がスキル一つ分の結果なんだよ」


 【竜爪】とは一瞬で同時に三連の斬撃を放つ。そういうスキルだ。

 あの鱗には、それ以外に損傷は無い。俺は竜爪以外に四つのスキルをイメージしたから、発現したのであればあと四か所に傷がついていただろう。

 武器が壊れていても、それは変わらない。

 竜騎士のスキルは発動すれば、柄だけでも竜の鱗にダメージを与えられるのだから。

 

「アクセルさんの輸送袋の容量で一つだけなんておかしいと思うし、それ以上にあれだけ強力な技が一つのスキルという事が信じられないし、もうなんというか、言葉に詰まるわね……。」

「おう。あれで強力、か……」


 マリオンはそんな感想をくれるけれども、あれでも威力は減衰されている。

 けれどもまあ、別に訂正するほどの事でもないので良いだろう。そんな事を思っていたら、


「ふふ。なんというか……アクセルさんを見ていると、運び屋の基準が滅茶苦茶になるわ。ここ最近、驚いてばかりよ。マナー違反じゃなければ、アクセルさんの過去の職業を詮索しまくってるわ」


 物凄く苦笑されてしまった。

 

「なんかすまんな」

「ふふ、良いわよ。退屈しなくて、楽しいからね。ええ、今日も良い物を見せて貰ったから、この調子で飲んでいくわよ」


 そう言って、マリオンは酒をグイッと飲みほしていく。

 感想はどうあれ、余興でやったのだし、楽しんで貰ったのであれば良いか。それに、俺としても、今回新しい機能が追加されたお陰で、少しワクワクしている。


「なあ、マリオン。俺の容量で過去から輸送できるスキルが一つだけなのはおかしいって言ってたけど、輸送袋の中身を全部取り出したらまた違うのか?」

「え? ええ、それはね。袋の中に入れられるものが増えれば、輸送できるものは増えるからね。……もしかして、中身が結構入っていたのかしら?」

「家の物とかが少しな。だから、明日からは、もう少し過去輸送機能については実験しておくよ。――ただまあ、今日の所は、久々にスキルで体を動かして腹も減ったし、飯を楽しもうと思うけどな」

「そうね。それが良いと思うわ。じゃあ、アクセルさんのレベルアップを祝ってもう一度、かんぱーい!」


 そんな感じで、俺はマリオンたちと一緒に食事を楽しんでいくのだった。

 


 

「ふう、やれやれ。今日はすごかったぜ」


 店主は店の掃除をしながらそんな事を呟いていた。

 

 今回の龍の鱗にヒビが入った件で客が盛り上がったお陰で、かなりの儲けがでた。

 その分体力は消耗したが、稼げるのは有り難い事だ。

 

 ……竜の鱗が落ちて来て、店が狭くなるは、修理費用がかさむはで散々だったからなあ。

 

 それが今回、あの運び屋のお陰で助かったのだ。いずれ、改めて料理でも奢りたいものだ、と思いつつ、床の清掃を終える。


「さて、そろそろ店を閉めるか」


 そして、店主が掃除用具をしまった、その時だった。

 

 ――ガラガラッ。

 

 と、背後から何かが崩れる音が聞こえた。

 

「な、なんだ?」


 思わず振り向いた。その瞬間、ミーティアの主人は見た。

 

「へ……?」


 空飛ぶ運び屋が付けた爪痕から引き裂かれるように、古龍の柱は割れ落ちていく光景を。

 あれだけ固く、この店に居座り続けた邪魔な柱が、音を立てて壊れていく。 


「い、一体こりゃあ……どういう……」


 店主は慌てて近寄り、古龍の鱗を見た。

 もはや柱と言えない程小さくなった黒い塊。その断面は、ボロボロに砕けていた。

 

「これ、まさか……あの運び屋の一撃で内部が壊れていたってこと、か……?!」


 驚きと共に発された店主の声が響く間も、古龍の鱗は壊れていく。

 その光景に、店主は喜びと震えを持って息を吐く。


「ありがてえ。次に来た時にはとびきりの礼をさせて貰う位には、ありがてえが……空飛ぶ運び屋……。アイツは本当に、初級職なのかよ……?」

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