第11話 ビギナー《運び屋》 更に依頼を受ける

風の都から自宅にたどり着いたころには、もう夕方に差し掛かっていた。

 夜になる前には帰れて良かったな、と思いながら俺は家の前まで戻ったのだが、

 

「あ、アクセルさま。お待ちしておりました」


 そこにはすでに転職の巫女がいた。

 いや、彼女だけではない。

 

「アクセルさーん。待ってましたよー」


 なぜかファングもいた。

 

「お前……護衛が終わって王都帰ったんじゃないのか?」 

「いやちょっと、盗賊の件で報告というかお話がありまして。まあ、それは半分言い訳で、オレがなんでアクセルさんをこの職にしたのかっていう話を、転職神殿の方から聞きたいだけですが」

「正直な言い方をしてくるなあ」


 と、俺が呆れていると、転職巫女が真面目な顔をファングに向けた。


「ファング様。職業関連は個人秘匿情報となりますので。流石にご同席されるのは、ご本人の許可が御座いませんと、流石にお話しできません」

「ええ……そんな……!」

「こればかりはいくら勇者様でも譲れないところですので。どういたしますか、アクセル様」


 巫女はファングを諫めた後で、こちらを見てくる。

 許可を出す出さないは俺に任せるという事だろう。

 

 職業なんてものはその人の力や才覚をそのまま指しているモノなので、基本的に秘匿する対応は当然ではあるのだが、

 

「ま、今回は同席してもオーケーかな」


 そう言うと、ファングの目が一気に輝いた。

 

「良いんですか!?」

「まあ、そうだな。初期の初期の事で、それなりに事情も知ってるしさ。内情を理解してる奴がいると、俺も後々動きやすいから」 

「はい、ありがとうございます! 困ったことがあったら言ってください。アクセルさんのために粉骨砕身するんで!」


 ファングは調子よく行ってくるが、真面目で嘘はつかない奴だ。

 知られておいても損はしないだろう。


「という訳で巫女さん。俺とバーゼリアとファングの三人で、転職神からの言葉を聞くことになるけど、大丈夫か?」

「アクセル様が許可を出されたのであれば、問題ありません」

「じゃ、家の中に入ってくれよ。茶でも出すからさ」


 そうして茶を淹れた俺は、居間のテーブルに着いて、転職巫女からの報告を聞くことにした。


「それでは、これをご覧ください」


 席についてまず転職巫女はそんな事を言いながら、一枚の紙を出してきた。

 そこには《守護騎士》とか《魔法戦士》とか、職業の名前らしき単語がびっしりと書いてあった。


「これは、なんだ?」

「今回、アクセル様に適性があった職業になります」

「はあ? どういうことだ?」

「転職神が言うには、アクセルさん転職に関しては、どの職業についてもらうのかを各神々で取り合うように決めたそうで。ここに記載されている神々が取り合ったという形になりますね」

「取り合いって、神様が、か? 少し意味が分からないんだが」

「ええ。転職っというのは、その方に一番適性のある職業が選ばれるはずですが……」


 俺とファングが揃って疑問を浮かべていると、転職の巫女は頷いた。

 

「ええ、その通りです。ただ複数の適性が同等だと抽選扱いになりますので。……確かにアクセルさんは、竜騎士以外の職業に就かれたことがありませんでしたよね?」

「ああ。最初っから竜騎士王の兜を被っていたからずっと竜騎士だ。隙を見て脱いだこともあったけど、またすぐに着ける羽目になったし」


 あの兜は、外し辛いわ、外したら外したで強制的に頭に嵌まってこようとするわで大変だった。もはや呪いと言ってもいいレベルだったなあ、と思い返しながら説明すると、


「アクセルさんは最初から竜騎士で、通常のランクアップをしてこなかったので、基礎の部分がまっさらだったのです。その為、どんな職業にも同程度の適性があったようなんですよ」

「だから、抽選なのか」

「はい。複数の神が手を上げたそうで。話し合いと殴り合いを経ても決まらず。結果的に、抽選する形で運び屋の神が選ばれたとのことです」


 俺の職業で殴り合いが起きたとは。神は一体どんな決め方をしているんだ。

 まあ、適性が何もないってなるよりはいいと思うけれど。


「ってことは、運び屋になったのは偶然、《運び屋》の神に選ばれたってことか?」

「そうなりますね。『【運び屋】の小さな神様が『御免なさい……わたしが選んじゃった……』と半泣きの青い顔で言っていたわー』と、転職神様が言っていました」


 なるほど。自分が運び屋になったのは分かった。けれども、


「俺の能力値が変な理由になっていないんだけど?」


 そこのワケはいまだにわからない。だから、更に説明を求めたのだが、転職巫女は申し訳なさそうに首を横に振った。


「すみません。そこはまだ神様たちの間でも調査中だそうです。本当に稀な現象なので、調査担当の神々も楽しそうにしているらしいです」

「割と呑気だな神様。まあ、調べてくれてるなら良いけど、本当にどうしてこうなったんだか。……普通は、こんなふうに能力値Sになったりはしないんだよな?」

 

 俺がステータス表を見せながら、巫女は勿論、と力強く頷いた。

 

「運び屋はその便利で有用なスキルと裏腹に、圧倒的なまでの低能力がデメリットとしてあげられましたからね。アクセル様の登場で、その概念が全てぶち壊されましたから、神様もびっくりしてました。転職神殿としても大慌てでしたよ。前代未聞過ぎる!と」

「あ、そこまでの事だったのか?」

「当然ですよ。この情報が出回れば、運び屋に対する認識が一変してしまうものですので」

「ああ、それは確かに。オレの認識も変わったというか、初級職の概念が崩れましたからね。これが知られると絶対に大騒ぎになるかと」


 巫女のセリフにファングもうんうんと同意している。

 初級職のステータスが高いというだけで、結構な事態になるとは。ずっと竜騎士だったから微妙に世間知らずだったらしい。

 ここら辺は、常識を学んでおきたいところだな。

 

「そうだなあ。俺もそういう騒ぎ方は求めてないからな。金に困っているわけでもないし、まあ、地道に《運び屋》やっていこうか。な、バーゼリア」

「うん! ご主人と一緒にボクも頑張るよ!」


 そんな俺とバーゼリアの台詞に転職巫女は、あはは、と苦笑しながら頬を掻いた。

 

「地道という割には、アクセル様はレベルが素早く上がりすぎな気もしますけれどね……」

「え? 上がりやすいって言ったのは巫女さんだろ?」

「いや……確かにレベルアップ条件は人によって異なる時もありますが、初級職でもこの上がり方はちょっと異常かなあ、と」

「そうですよ。オレも言ったじゃないですか。これは早すぎるって」

「そんな事を言われてもな」


 上がっている物は仕方がないだろう。

 どんどん運び屋として動きやすくなっているので、レベルを上げておいて損はないだろうしな。


「まあ、アクセル様のレベルアップの早さも含め、神様は調査のほうされていらっしゃるとの事で。また何かありましたらご報告をさせて頂きます。普段は天にいる神様も、近々来る交神期で地上に降臨されますし。その時に沢山質問されても良いかも知れませんが」

「ああ、その辺は、何か新情報があったらくれると助かる」

「了解です。何か異常や変わった事などございましたら、また神殿の方にお越し頂ければと思います。――それでは、また」


 挨拶の後、転職巫女は俺の家から去って行った。そんな巫女の後ろ姿を眺めつつ、俺は今回得られた情報を整理する。

 

 大分謎は残ったけれども、

 

「とりあえず、分かったことは、俺はは正式なやり取りの上で運び屋になっている、ということでしたね」

「ご主人の扱いについて、神様の方もてんやわんやしてたみたいだねー」

「まあ、転職神の異常じゃなくて良かったな。このまま自由に仕事と旅をしていけば良さそうだ」

 などとバーゼリアと話していると、ファングが口の端を歪めた笑みを浮かべていた。


「あ、あの説明を聞いて、そんな簡単な感想になる辺り、本当にアクセルさんはプラス思考ですね……」

「そうか? 別に後ろ向きになるような事は何も聞いてないと思うけれど」

「だって、運が良ければ、もっと良い職業に就けたんですよ!?」

「いや、充分運が良いじゃないか。現状EXだぞ?」


 竜騎士以上の幸運力だぞ。


「で、ですが……」

「あと特に今の仕事で困ったことは無いし、問題はないさ」


 甘く見られて襲われた事はあるけれど、それは油断を誘えるということで一長一短だし。

 そう言うと、ふう、とファングは深く息を吐いた。

 

「アクセルさんは、本当に……すげえなあ。今回だって、盗賊関連でアクセルさんにご迷惑かけて、敵わないけど……オレ、本当にアクセルさんを見習って努力しますよ」

「お、おう? 俺を見習うかどうかは置いておいて、努力する分にはいいと思うから、応援するよ」

「ええ、有り難うございます!」


 ファングは両手で握りこぶしを作りながら元気よく言ってくる。

 この勇者は本当に血の気が多いというかテンションが高いなあ、と思いつつ、ふと盗賊関連という言葉で思い出したことがある。


「あ、それで、さっき後回しにすると言っていた盗賊関連の話ってなんだ?」


 聞くと、ファングの目が真剣なものになった。

 そして、静かに口を開いた。


「それが、ですね。アクセルさんにとっ捕まえて頂いた盗賊のねぐらを漁ったら、ちょっと危ない代物を持ってまして」

「危ない代物?」

「暴走するゴーレムを延々と召喚する魔法具という、王都から盗まれていた、結構シャレにならない物です。下手に動かすと街の機能が死ぬレベルでして。とりあえず、破壊か封印を行う事になったのですが、これがまた壊し辛い特殊防護や力場を発揮しており、完全に破壊・封印するためには星の都の魔術ギルドにある設備が必要なのが判明したんです」


 そこまで言った後、ファングは、椅子から立ち上がり、深々と俺に向かって頭を下げてきた。


「努力すると言ったばかりで、大変……申し訳ないのですが、アクセルさんのお力をもう一度お借り出来ないでしょうか。危険物を安全に、確実に、この街まで輸送して頂きたいのです」


 そんな訳で、どうやら次の仕事も順調に決まりそうで。

 これまた勇者からの依頼になるようだった。

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