第10話 追加されていく報酬と更なる報酬

風の都に戻った俺たちは、まず警護隊の詰め所に訪れていた。

 被害者であるナタリーも一緒についてきていたため、賊たちの罪状説明も簡単に済ませる事が出来た。

 

 そして盗賊たちを引き渡した後、俺はナタリーから頭を下げられ、感謝の言葉を告げられていた。

 

「今回は命を助けて頂いてありがとう、アクセルさん。今、こうして喋れているのは、貴方のお陰だわ」


 ナタリーは胸元を押さえて、心底安心したようなセリフを零して来る。

 賊が捕まって、警護隊によって牢にぶち込まれたことで、ようやく精神的に安定したのだろう。


「とりあえず、何事も無くてよかったよ」

「ええ。荷物はいくらか駄目になってしまったけれども……命やこの身には比べられないもの。また、頑張るわ」


 自分に言い聞かせるように、苦笑いしながらナタリーは呟く。

 やや無理やりっぽいけれども、立ち直れたようなら何よりだ。

 

「今後は気を付けてな。――じゃ、俺はこれで」

「え、アクセルさん、もう行ってしまうの?」

「ああ、こっちには仕事で来ただけだからな。本拠地は星の都だし」


 今日の夜は自宅に転職神殿の巫女が来るって言うし。

 急ぐわけではないけれども、早めに戻っておくに越したことはないだろう。

 

「まだ私、アクセルさんにお礼も出来ていないのに……」

「偶々なんだから、そんな事は気にする必要ないって」

「でも……商人としてそれは……」


 などと、俺が警護隊の詰め所前でナタリーと話していたら、


「ナタリー!!」


 横合いから、きちっとした身なりの老紳士が飛び出して来た。

 そしてその走る勢いのまま、ナタリーに抱き着いた。

 

「うぷっ、お、お爺様!?」

「ああ、ナタリー。 盗賊に出会ったと報告を受けた時は心臓が止まりかけたが、無事で良かった良かった……!」


 どうやらナタリーの親族らしい。

 見れば髪の色や、顔立ちも少し似ている気がするな。


「お爺様。こ、こんなところで恥ずかしいわ」

「何を言うか! 大事な大事な孫娘と会えなくなるところだったのだ! これくらいさせて欲しい……!」


 ただ、ナタリーよりも感じる雰囲気には熱を感じるというか。年齢に見合わず元気な人だなあ、と思っていたら、


「君が孫娘を助けてくれたという青年か」


 老紳士の顔がこちらを向いた。そして俺の顔と、肩に背負っている輸送袋を見て、目を細めた。


「その輸送袋……君は、運び屋……なのだよな?」

「ええ、まあ。そうだな。転職したばかりだけれど」


 俺の言葉に、老紳士は更に眉をひそめた。


「転職したばかりの初級職……しかも《運び屋》がどうやって娘を……」


 と、そこまで言った後で老紳士は首を横に振った。


「いや、今はそんな事はどうでもいいな。大事なのは君が娘を助けたという事実だ。ワシはこの街の商業ギルドのサブマスター、ドルト・カウフマンという。今回は本当に、君には感謝してもし足りない。心から礼を言う」

「良いよ、別に。今回は行きずりの事だから、そこまで気にしなくてもさ」


 ナタリーに対しても告げたような言葉を強調して再び言ったのだが、ドルトはまじめな顔で再び首を横に振った。


「そういう訳にはイカン。娘の安全を守って頂いたのだ。恩義には等価で報いねば、ワシは商人として失格になってしまうのだから」


 力強い言葉だった。その眼には先ほどまで孫娘を溺愛していたような色は無く、商売人としての意思のようなものを感じさせてくる。


「何か用立てて欲しい物は無いかね? ワシの権限と力で出来る事であれば、協力させて貰うのだが。この風の都、いや、この国随一の商業ギルドだ。大抵のものは用意できるぞ」


 ドルトは風の都の中央付近に立つ塔を見ながら言った。あれがこの国にある商業ギルドの本拠地だ。

 そこのサブマスターであれば、確かにある程度、物資の融通は効きそうだけれども、


「残念だけど、特に今は思いつかないな」


 肝心の欲しい物があまり思い浮かばなかった。今は転職したばかりで、そっちの情報を知るのに忙しいから、今のところ、物欲が殆ど浮かんでこないのだ。


「そう、なのか……。では、お時間のある時に、会食などをさせて頂くのは可能か? そこで改めてお話をさせて頂く、とか」

「あ、それなら、大丈夫だ。流石に今夜は先約があって。星の都に帰らなきゃならないんだけど」

 商業ギルドの話には興味は少しある。

 《運び屋》になったのだから、商売についても色々と知っておきたいし。話を聞ける機会が出来るというのは嬉しいことだ。

 そう思って答えると、老紳士はゆっくりと頷きを返してきた。


「そうか……! では、この礼は後日、改めてさせて頂きたい。だから、名前の方をお聞きしてもいいかな?」

「ああ、俺はアクセルっていう。こっちの女性はバーゼリアだ。転職したばかりで、色々と忙しなく動いているから、星の都にずっといるわけじゃないけれど、宜しく頼む」

「星の都の《運び屋》アクセル殿とバーゼリア殿か。あい分かった。近々、こちらから赴かせて貰おう。……そして、我々は風の都の商業ギルドの方にいるのでな。またこの街に来た時は、是非とも訪ねて欲しい。全力で歓待させて頂くよ!」


 そう言って手を差し出して、握手を求めて来る。友好的に接して貰えるのは有り難いな、と思って俺もその手を取り、

 

「それじゃあ、また今度」 

「ああ、今回は本当にありがとう、アクセル殿」


 そうして握手を交わした後、俺は、バーゼリアと共にその場を離れた。


「しかし、アクセル……殿か。 これまたエライ名前を名乗ってくれたものだ……」

 

 そんな事を呟く老人を背にしながら。

 

 ●

 

 ドルトとの会話を終えて、俺とバーゼリアが再び南門に向かっていたら、

 

「ご主人ー。いつものピカピカがー」

「ああ、また、レベルアップしてるな」


 俺のポケットがいつものように光っていた。

 転職してから何度も何度も見てきたが、まだ数日も経っていないというのに慣れ過ぎだと自分でも思う。

 

 ともあれ、まずは確認だ、と俺たちは近場の公園にあるベンチに座り、スキル表を見た。すると、

 

【規定人数輸送――レベルアップ!】【輸送袋グレード5 内部100%拡張 鮮度・状態保存100%機能追加】


「わ、輸送袋がまた新しくなったね!」

「これだけじゃ分からないから補足説明を見る必要があるけどな。……ええと『収納物の体力、生命・魔法エネルギーをそのまま長期保存可能。熱エネルギー保存は保温・保冷機能準拠』……ってことは、なんだ? 元気なまま生き物を突っ込めば元気なまま取り出せるってことかな?」


 説明を文字通りに受け取るならば、そうなるのだが。つまり、

 

「生鮮食品をそのまま持ち運べるってことか」

「わあ。――って事は、旅先だろうと、どこだろうと新鮮な食材を取り出せて、ご主人のお料理を食べ放題ってことだね!?」

「お前は本当に食欲に真っすぐだな、バーゼリア。でもまあ、今まで保冷と保温機能はあった訳だけれど。どこまで効くのか分からなかったし。更に旅向きな道具になったな。あと、もしもの時は人間を入れても大丈夫そうだし」


 今回みたいに入れ方を考えれば拘束具代わりにも使えるし。

 普通に生き物を運ぶのにも使えそうだし。泊まるところが無い時はテント、もしくは寝袋にも出来るかもしれない。流石に自分たちが丸々入るのは実験が必要だけれども、

 

「うん。いい感じに輸送できるものの幅が広がった気がするな」

「そうだね。この条件なら、ペットの小動物でも、精霊でも運べちゃうだろうし。ご主人、どんどん《運び屋》さんとして凄くなってくね!」

「今のところ運んだのは人だけ、なんだがな。まあ、使いやすくなってくれるのは有り難いことだ」


 予想外の仕事をしてしまった訳だけど。

 どうやら、俺は転職二日目にして、もう一段階運び屋として成長できたようだった。

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