第9話 ビギナー特有の追加仕事

ゴブリンとオークの異常発生終了の報告が風の都に知れ渡ったのは、昼前の時間帯だった。

 そのタイミングで、俺とバーゼリアも、星の都に帰る事にした。

 

 その際に見送りに来たのは、ルナ姫の護衛を終えたらしいファングで、


「何かあったらすぐに駆けつけるんで、言ってくださいね。というか、遊びに行きますから、またよろしくお願いしますー!」

 

 そんな声に手を振る事で応えつつ、俺とバーゼリアは風の都の南門に向かう。

 

 星の都までは南門を潜り、森林地帯を通る必要がある。

 だから南門では、虫よけや獣避けの魔法具や、道中で食べるための弁当などが売られていた。

 

 また、ゴブリン達の異常発生が終わっても、少なからずモンスターもいるので、護衛として自らを売り込む人々もいたのだが、

 

「ニーさん! どうだい、俺を護衛に雇わないかい? 安くしておくよ?」

 

 俺の所にも、そんな売り込みはやってきた。

 斧を背負っている、いかつい顔の戦士風の男だ。

 

「護衛?」

「おうよ。ニーさん。その輸送袋を持ってるって事は、運び屋だろう? そんな初級職で、しかも女連れで旅をするってのは危ないからな。俺が護衛として付いてやっても良いぜ。値段は一万ゴルドでどうだい?」

「いや、そういうのは要らないかな。そもそも星の都と風の都は近いのに、値段が高いぞ」

「そう言うなって。幾ら距離が近くたって、危ないぜー。非戦闘職……しかも初級職の旅はさあ。さっきも、《商人見習い》っていう下級職の子が一人で馬車に乗って行っちゃったけどさ。いくら魔物の異常発生が納まったからって、ああいうのは駄目だと思うんだわ」


 造った様な笑いを浮かべながら戦士風の男はセールストークをしてくる。確かにその言い分はもっともで、長距離だったら頼んでも良いかな、とは思うけれど、

 

「忠告ありがとうよ。でも、やっぱり護衛は要らん。すまんな」


 丁重にお断りさせてもらった。すると、


「ぺっ! 折角の好意を無下にするなんてよー。その細身の女の子ともども、どうなっても知らねえぞ、ニーさん……」


 そんな台詞を吐いて、厳つい男は去って行った。

 態度が急変しすぎて、あれは護衛業や営業に向いてないんじゃないかな、なんて思っていると、隣でバーゼリアが深く吐息した。


「いやあ、風の都には色々な人がいるねえ。ボクの事、細身の女の子だってさ。……ボクって細く見えるんだあ……。何だかショックだなあ。ご主人に頼りにしてほしいから、結構鍛えたんだけどなあ」

「おいおい、気にするなって。俺は細身のバーゼリアも好きだぞ。可愛いし」

「そ、そうかな? ご主人がそう言うなら、うん、細身でもいいかな!」

 

 そんなやり取りをしながら、俺は風の都の南門でしばらく買い物をした後、森林地帯の街道に入っていく。

 緑の木々が日差しをいい感じに和らげてくれて、偶に吹く風も気持ちいい。

 

 ……このままゆったり、散歩ついでに帰宅できればいいな。

 

 帰りは急ぎでもないし、弁当を食いながらでもいい。そんな思いと共に、森林地帯をまったり歩いていたら、


「きゃああああ!」


 そんな悲鳴が、自分の行き先から聞こえてきたのだった。



「はは、こうして異常事態が終わったばかりで、気が緩んでる連中を狩るのが美味しいんだよなあ」

「そうそう。ここは良いポイントでなあ。風と星の双子都市間だから、『これ位の短距離なら大丈夫』って油断してくれるんだ。なあ、《商人見習い》のお嬢ちゃんよお?」


 俺が悲鳴の現場にたどり着いた時にまず聞こえたのが、そんな野太い男どもの声だった。そして、


「う、うう……」

 

 森林地帯の街道から少し離れた地点で、ガタイのいい五、六人の男どもに囲まれるような状態で、一人の赤い髪をした少女が泥だらけになって、うずくまっていた。

 彼女の隣には血を流して倒れている馬と馬車があり、それらを囲む男たちが持つ剣には血がべっとりと付いていた。ここから想像するに、


「賊か」

「みたいだねえ」


 そんな感じで俺とバーゼリアが声を出すと同時、賊と少女の顔がこちらを向いた。更に、


「た、助け……て……」


 赤い髪の少女は、こちらに手を伸ばそうとしてくる。

 だが、その様子を見た賊の一人は大きな笑い声を上げた。


「ははは、おっと、残念だけどよ商人のお嬢ちゃん。あのニーさんは初級職だ。どっちかっていうと下級職なお嬢ちゃんの方が、助ける側になる立場なんだよなあ」


 その声には聞き覚えがあった。というか、その顔にも見覚えがあった。


「あれ。アンタ。街で話しかけてきた護衛志望の戦士じゃないか」


 俺の声に、いかつい顔の男は口の端をゆがめた。


「はは、そうだなあ。忠告を無視した《運び屋》のニーちゃんには、現実を教えることになりそうだ。護衛料さえ渋らなきゃ、ここに来ないように案内してやったかもしれないって言うのによ」


 なるほど。元から護衛を専門でやる気は無くて、盗賊の一味だったという事か。


「ボス、アイツやっちまっていいんですか?」

「ああ、運び屋で大したものも持って無いだろうし、有り金を絞れればと思っていたんだがな。……まあいい。少しの金くらいは出てくるだろ。上等な女も釣れてるしな。お前ら、やっちまえ。小遣い程度だが、弱い弱い初級職だからな。ボーナスゲームだぜ」

「了解、ボス!」


 やり取りを見ている限り、あの戦士風の男がこの賊どもの頭らしい。

 彼の指示に頷いた、賊たちが静かにこっちに近寄ってくるのを見て、バーゼリアは俺に静かに問いかけてくる。その声には少し怒気が混じっていて、

 

「うーん、ご主人を馬鹿にされると凄くむかつくんだけど。ボクがやっちゃっていいかな?」

「いや、今のお前がやると加減できなくて血の海になりそうだから、俺がやっておくよ。ちょうど、スキルの実験もしたかったし。悪人相手なら多少、無茶出来るし」

「実験?」


 バーゼリアと話しながら、俺は輸送袋の中に手を突っ込んだ。

 そして一本の剣を引きずり出す。竜騎士時代に使っていた、長剣だ。それを見て、盗賊たちはせせら笑う。

 

「おうおう、弱い初級職が立派な剣を持ってるじゃねえか」

「へへ、初級職には勿体ねえ。俺たちが貰ってやろうぜ! 《賊》らしく、仕事をさせて貰うぜ、運び屋の兄ちゃんよ」

 

 そんな声と共に、賊共は走り寄ってくる。

 だから、俺は剣を構えて応えることにした。

 

「そうだな。じゃあ、俺も《運び屋》としてお前らも街の警備隊に運んでやるよ……!」

 


 盗賊の頭は目の前で震える少女を見て、笑いを浮かべていた。

 正確には、彼女の乗っていた馬車の中に置かれていた、実名入りの商売許可証を見て、だ。


「よしよし。今日はギルドのお偉いさんのご親類っていう上物が手に入ったんだ。それ以外は小遣い程度にして、さっさと撤収するのが吉だな。なあ、ナタリー・カウフマンちゃん?」


 盗賊頭が名前を告げると、赤い髪の少女はビクリと体を震わせた。


「カウフマンか。商売ギルドではよく聞いてる苗字だ。稼がせて貰えそうで、嬉しいぜ」

 

 そんな盗賊頭に向かって、ナタリーと呼ばれた少女は、震えるその目で睨みつける。


「む、無駄よ、アンタたち……。私なんかのために、父上もお爺様は動いたりはしないわ。卑劣なあんた達に利する動きをする訳がない」

「それを決めるのはお嬢ちゃんじゃねえさ。それに卑劣って酷い言い草だ。俺たちゃあ優しい方だぜ? 定期的に、下級職や初級職ちゃんに教育してやってんだからさ。初級なんだから世間知らずのまま、街の外に出ようとすると――痛い目見て、最後には死んじまうぞってなあ……!」

「ひ……」


 盗賊頭はナタリーに見せつける様に剣を抜いた。その瞬間だ。


「ぐああああ!」


 盗賊頭の目の前を、仲間の男がぶっ飛んできた。

 そして森の木に激突して、ぐったりと倒れ伏した。

 

「は……?」

「いやはや、優しい忠告をしてくれているようで、ありがとうよ、盗賊共。出来れば街の方で、座学で教えるべきだと思うけどな」


 そして、吹っ飛ばされてきた方向を見ると、そこには長い剣を肩に担った《運び屋》がいた。

 

「お前、その剣は一体……あ、アイツらはどうした……?」

「後ろで寝てるだろ」


 見れば、《運び屋》の後方には、数人の仲間たちが倒れていた。

 誰もがピクリとも動かない。


「……目を離した一瞬でやりやがったのか……?! ――この野郎!」

 

 盗賊頭は抜いた剣で斬りかかる。だが、


「遅いぞ」


 その一撃は、運び屋の掲げた剣によって防がれる。

 それどころかはじき返される。

 初級職の《運び屋》が片手で持った剣に、だ。


「な、なんだ、この力……! 輸送袋を持っているって事は運び屋だろ!? どうしてこんな、力がつええんだ……!?」

「色々あってな。こっちの事情だから気にしないでほしい。……それでまあ、ここからが実験なわけだが」


 喋りながら運び屋が近づいてくる。

 初級職の筈の男が、異常な程の重圧と共に、剣を構えて寄ってくる。

 

「な、なんなんだ、お前は……」

「何、ただの《運び屋》が竜騎士スキルの再現をするから、付き合って欲しいってだけさ。だから、――食らえ、【竜喰】(ドラゴンバイト)……!」


 刹那、全身を圧迫されるような威圧を感じた。

 思わず、盗賊頭は後ずさり、

 

「こ、こんな初級職がいてたま――ッ」


 そんな言葉が漏れると同時、凄まじい衝撃を受けて、彼は意識を失った。


 ●


 完全に気絶した盗賊たちを見下ろした後で、俺は自分が振るった剣を見る。


「とりあえず、剣はそれなりの速度で振れるみたいだな」

「そうだねえ。それに……最後もなんか剣が光ったように見えたよ」

「いや、でもスキルを使えた感覚は無いんだよなあ。【竜喰】(ドラゴンバイト)って言えば出るかな、と思って振ってみたけどさ。ただの、振り上げと振り下ろしになっただけだな」


 もしもスキルが発動したのならば、その二発が同時に相手を襲う筈だ。

 だが、そんな事は起きず、上段と下段から一発ずつ攻撃が入っただけだった。

 つまりはスキルは発動しなかった、という事だ。

 

「そっか。じゃあちょっと光ったのも気のせいなのかなあ……」

「ああ、そこは後で調べるか」


 まあ、そもそも実験だ。期待はしていない。

 運び屋なのだからできなくて当然。

 竜騎士のスキルっぽい事が出来るなら儲けもの、というくらいに考えよう。

 

「……しかし、この辺り、こんなに治安悪かったっけ?」


 数か月前もここを通ったけれども、こんな盗賊がのさばるような場所じゃなかったはずだ。とても平和だからこそ、他国からの旅行者も結構な頻度で来るのだし。そう思っていたら、


「あ、さっき、聖剣の勇者が戻って来た時に言ってたよ。『この前から王都から逃げたセコくて面倒なやり口の盗賊団を追いかけてるんですけど、どうやら森林地帯に住みついちゃったらしくて。今回のゴブリン戦で住処っぽい所を見つけたんで、後で駆り出さなきゃいけないので、もしかしたらアクセルさんに手伝いを頼むかもしれません』――って」

「ああ、そうなのか。じゃ、これは偶々住みついてた賊ってだけかあ。つーか、ファングの奴、俺に直接言えばよかったのに」


 この森林地帯は過ごしやすい割に見通しが悪い。

 その為、隠れ家に選ばれてしまったのだろう。


「しかし、なるほど。初級職ってバレると、不味い所もあるんだな。甘く見られて狙われるとか、初めての経験だ」

「うん。職業バレしたらこういう厄介事が来るんだねえ」 

「良い事を学べたな。で、とりあえず、こいつらがファングの探していた盗賊って事なら、風の都の警護部隊に突き出すのが一番だけど、どう運ぶかな」


 一応、常備しているロープで下手人はグルグル巻きにしてある。けれど、


「ロープをこのまま引き摺る?」

「いや、それは嫌だな……」


 流石に五人、六人の人間を引きずるとなると重くて面倒だ。

 どうにか上手い事運ぶ方法は無いだろうか、と思って、気づいた。

 

「そうだ……こっちに入れてみようぜ」


 俺は輸送袋の口を大きく開いて言った。


「え、輸送袋に、入れるの?」

「ああ、俺の手足を入れても大丈夫だったし、体を入れても大丈夫だろうって思ってな」


 輸送袋に手足が入っても、特に押し潰されたりする事はない。既にそれは確認済みだ。

 だから、多分、この賊共を突っ込んでも大丈夫なはずだ。

 

 確証はない。だから、とりあえず物は試しという事で、一人一人、突っ込んでいった結果、


「おし、全員入った。これで運べるな」

「わあ、なんだか物凄い事になっちゃったね」

 

 輸送袋に盗賊が生け花のように突き刺さる事になった。


 息が出来るかどうかわからないから、上半身は出しておこうとしたら、こうなったのだ。

 この輸送袋は俺の許可が無いと出し入れ出来ないので、この手足を拘束した状態なら安全に運べるだろう。そもそも剣の腹で割と強く殴ったので、しばらくは目覚めないと思うが。

 

 そして輸送袋に入れておけば軽々と持ち運びが出来るので、これを手に風の都に戻ればいい。あと、やっておくべき事と言えば、

 

「おーい、そっちの商人の嬢さん。そっちは大丈夫か?」

「え……」


 先ほどから魂の抜けたような表情でこちらを眺めている商人女性への声かけだ。

 

「割とひどい目にあったみたいだけど、怪我とかしてないか?」

「あ……は、はい。馬車から落ちただけだから、大丈夫、よ……」

 

 俺の言葉にたどたどしく答えて来る。とりあえず、茫然自失状態からは抜け出たらしい。

 

「そっか。怪我がないようで何よりだ。多分、これでもう平和に星の都に行けると思うけれど、怖いようなら、俺と一緒に風の都に戻って装備を整えると良いと思うが、どうする? 一度戻るか」

 聞くと、商人の女性は即座に縦に振った。


「え、ええ。お言葉に甘えて、そ、そうさせて、貰うわ」

「おうし、分かった。それじゃ、再出発っと」


 そんな感じで、俺は襲って来た盗賊をしょっ引くという追加仕事をこなすために、商人女性を後ろに引き連れながら風の都へとUターンするのだった。

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