第6話 ビギナー運び屋と、騎士に憧れる魅了姫
真面目な表情をしたファングから俺は話を聞いていた。
「別に仕事を受けるのは良いけどよ。《姫》って、王族の事だよな。俺、会ったことないけど」
「そうですね。基本的にオレたちは王様と喋っていただけですから」
「そんな人を輸送しろって、どこからどこまでだ? ってか、俺がやっていいのか?」
まだ運び屋になって初日なのだが、そんな仕事を受けて良いんだろうか。そう思って聞いたら、
「アクセルさんだからこそ、依頼できるんです。そして今回の輸送はお宅の隣にある宿屋から、ここから十数キロ離れた『風の都』までになります」
「え、もうこの街にいるのか」
俺の言葉にファングはこっくりと頷いた。
「そりゃまたどうして? そもそも、こんな夜更けに移動せず、昼間に堂々と移動すればいいと思うんだが、それも出来ないのか」
「……その辺りは、姫と直接話をして頂いた方が早いかも知れませんね。ココにお呼びしても大丈夫でしょうか?」
俺が頷くと、ファングは少々お待ちを、と言って外に出た。
――その数分後。
ファングと共に俺の家に入ってきたのは、質素な、しかし高級そうなドレスを着用した少女だ。
「この女の子が、姫さん?」
俺の言葉に応えたのはファングではなく、その隣にいた少女だ。
「第四王女のルナ・リリウムと申します。以後お見知りおきを、そして気軽に接してくださいませ、ご協力者様」
こちらの目をじっと見ながら、微笑と共に小さく会釈をしてきた。丁寧な口調と物腰だが、意志の強そうな目をしている少女だ。
流石は姫というべきか堂々としている。
「ああ、よろしくお願いするよ、ルナ姫さん」
だから俺も彼女の意思に応える様に挨拶を返した。
すると、ルナは、僅かに驚いたように目を開き、しかしすぐに表情を微笑に戻した。
気軽に接してほしいというから挨拶を普通に返したのだが、失敗だったか、と思いつつも、聞くべきことを聞こうと話を続けることにした。
「ええと、それで、姫さんは夜に隣の『風の都』まで行きたいんだよな?」
「はい。明朝、風の都で他国貴族との渉外がありまして。我が国の食料事情に関わる事ですから、そこに間に合わせなければなりません。魔王が倒され立て直しに力を割いている今、これを逃すと、かなり損失が生まれてしまうので、時間を引き延ばして相手に交渉材料を与えるわけにもいきませんので……」
どうやらこの少女は、この国の運営に関わっているようだ。
いや、姫だから当然と言えば当然なのだが。
「つまりファング、姫さんが夜に隣町まで行きたいのは、交渉とやらに遅れるわけには行かないからって理由か」
俺の言葉にファングは頷いた。
「そうか。俺たちの国を住みやすくしてくれるって事なら、この依頼を断る理由はなくなったし。請けたいとも思ったけど。でも、隣町までは徒歩数時間だし、俺に頼まなくても普通に行けるんじゃないか? お前がいれば迷ったりもしないだろうし。馬車だってあるしさ」
この街には冒険者が集まっているギルドもあるし、そちらで評価の高い連中を呼び寄せても良い筈だ。そう思ったのだが、
「出来ない理由が二つあります。一つは不運な事にゴブリンやオークの大量発生に当たってしまった事があげられます。オレはそれなりに防護魔法は使えますが……正直言って人を守る事に適した戦闘は出来ません。一回や二回防護魔法を使ったら魔力切れしますから連発できませんし、完全に攻撃一辺倒ですので」
「だろうな。昔から敵に突っ込んでタイマンしかけてたもんな。そして一緒に戦っている俺が回収する羽目になってたが」
「いや、その節は本当にご迷惑をお掛けしました……」
ファングは自分を守って延々と戦い続けるのは得意だが、他人を守る能力は殆どないと言っても良い。
防護魔法も覚えているが、他人に掛けて効果があるのは数分間くらいしかなかったなあ、と昔を思い返していると、
「あの、ファング? 聖剣の勇者である貴方と一緒に戦っていたとは、この方は一体どういう方ですの? 協力してくれる方が見つかりました、と大喜びで来ていましたけれど……」
ルナがそんな事を言い始めた。
「どういうと言われてもアクセルさんはオレ以上に強い人としか……ってそうだ。ルナ姫がいつも夢物語のように語っていた、『不可視の竜騎士』ですよ」
「え……この方が、あの、あの、『不可視の竜騎士』さまなんですか!?」
ファングの言葉に対し、ルナは体を跳ねさせるように反応した。
そして俺の顔をさっきよりもさらに強い眼力でじーっと見つめて来る。
「おい、ファング。なんか、姫さんがすっげえ見て来るんだけど。なんだ、その『不可視の竜騎士』って単語。聞いたことが無いんだけど」
「貴方の事ですよ、アクセルさん。どんな仕事をしても、あんまり人前に出なかったじゃないですか。それに、兜のせいで顔が殆ど見えませんでしたし。だから王城の方で徒名が付けられてたんです。偉大なる竜騎士がいて、でもその顔を見たことがある人は少ないという事で」
「そんな事になっていたのか……」
初耳だ。俺は単純に『竜騎士王の兜』のせいで、人が沢山いる所に出辛くて、顔を見せることが出来なかっただけなのに、そんな名前を付けられていたとは。
と、俺が驚愕していたら、
「このようなご尊顔をしていたんですのね。『不可視の竜騎士』様は……! 先程から、この方は私の【魅了】が通じないので、おかしいとは思っていましたけど、偉大なる不可視の竜騎士様であれば、それも当然ですのね……!」
姫がそんな言葉を吐いてきた。
「【魅了】?」
「私の、
と、顔を赤くしながら、自分の秘密を告げる様にルナは言ってくる。
「えっと……姫ってそんなスキルがあるのか、ファング」
「はい、《姫》という職業についている方は大体持ってますね。そしてルナ姫は現代で最高峰の【魅了グレード8】スキルを持っていまして。その力は絶大で、渉外系の仕事についているのです。凄いですよ敵対する派閥を簡単に篭絡するので、『魅了姫』とか『敵対派閥クラッシャー』などと言われてますから」
「おいおい、すげえな、この姫さん!」
「ふふふ、そんなお褒め頂けるなんて、恥ずかしいです。私よりも、私の魅了が効かない竜騎士様の方が凄いというのに」
こんな質素な格好をしているというのに、とんでもないやり手のようだ、と思っていたのだが、
「ですが。その力にも問題というか、デメリットがあるんです」
ファングは悲し気な表情でそんな事を言って来た。
「デメリット?」
「これが今回、冒険者を雇って行動できない理由のもう一つで。魅了はパッシブで発動するモノです。そして、冒険者にも、モンスターにも魅了が効くので。耐性の無い冒険者は護衛に集中できず、またモンスターには集中的に狙われてしまうのです。もちろん、魅了の掛かった人間が性的に襲って可能性もあります」
「あー……なるほど。魅了の掛かった奴らを連れて、そして魅了されてるモンスターの中を駆け抜けて移動するのは、危ないわな」
敵以上に、動きが信用できない味方は怖い物だ。
「はい。だから今回は、アクセルさんに依頼をさせて頂いたのです。ルナ姫を、ゴブリンやオークに襲わせるわけには行きませんから。因みに、確認ですが……アクセルさん。バーゼリアさん。彼女を見て、何か感じたり、思ったりしますか?」
「いや、特に何も。この人が姫なんだなあ、って思うくらいかな」
特に誘惑されている感じはしない。
「バーゼリアはどうだ?」
「ボクも全然平気ー。というかボクがご主人の力に魅了されてるからね。それ以上に魅了されるものはないよ」
「――つまり、竜騎士様たちには私の魅了スキルは効いていないって事ですのね!」
俺が応えると、何故かルナが嬉しそうにしながら声を上げた。
その上、なんだか物凄いキラキラした目で見られている。
「……ファング。姫さんは何を喜んでいるんだ?」
「魅了はパッシブなので。彼女はそれを抜きで話せる相手が少ないのです。だから、アクセルさんはその数少ない一人、ということになります」
「そうなのです! 私はいつも意図せず魅了してしまうので……でも、それが適用されない方との出会いは嬉しいのです! それも憧れの竜騎士様がそうだなんて、本当に喜ばしいんです!」
ルナは俺の手をぎゅっと握りながら言ってくる。
けれども、一つ訂正しておく必要があるだろう。
「姫さん。俺、もう竜騎士じゃないから。そこは勘違いしないでくれよ」
「ああ、転職されたのですよね! お話は既に聞き及んでおりますわ。因みにどんなご職業になられたのです?」
「《運び屋》だ」
言った瞬間、ルナの動きがフリーズした。
「……」
またこの反応だよ。
一日に三度も同じ反応をされると流石に慣れたな。ただ、今回はそれまでの二回と違い、
「大丈夫ですよ、ルナ姫。アクセルさんはただの《運び屋》ではないので」
俺の事情を知っているファングが補足をしてくれた。
ただ、説明がやはり足りない気はするけれども。
その言葉を皮切りに、ルナのフリーズが解けた。
「……え、あの、ちょっと、理解が、追いつかないんですけれども。初級職の運び屋、ですよね。異常耐性能力も低い、あの」
「本当はそうらしいな。でも、なんでか異常耐性力はSだったんだ。だから、そこは大丈夫だ」
「え……え……!? 初級職の方に、私の魅了が防がれて、でもその方は異常耐性がS? そんな馬鹿な……。その上、その初級職の方は『不可視の竜騎士』様で……え……!?」
フリーズは治ったが、微妙に混乱しているようだ。
尊敬半分疑問半分の目をこちらに向けて来る。
「うんうん、オレも分かりますよルナ姫。こうなりますよね、普通は」
「同意を示すくらいなら先に説明しておいて欲しかったぞ、ファング」
言いながら、俺はルナとしっかり目を合わせた。
「まあ、なんだ。よろしく。姫さん俺の初依頼って事に加えて、しっかり確実に隣町まで輸送するから、そこだけは安心して欲しいんだが、大丈夫そうか?」
聞くと、混乱しつつも、少しだけ顔を赤くしたルナ姫はしっかりと頷いた。
「は、はい! それは、勿論。信用しておりますので、よろしく、お願い、します……」
依頼主から、言葉だけかもしれないが、信頼もどうにか得られたようである。
ならば、あとはしっかり仕事をするだけだ。
「さあ、初仕事だ。気合入れて
「うん! 了解だよ、ご主人!」
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