第7話 竜騎士はやめたが竜に乗れないワケではない

俺の家の前、街の明かり光る夜の中で、俺たちは姫の輸送に出発する準備を整えてつつ、作戦会議をしていた。


「……見てきました。やっぱり町の周辺、全方位にゴブリンやオークが発生していますね。それも風の都に行くための森なんかには、数えきれないくらいが沸いていました」


 ファングにひとっ走りしてもらい、町の外の様子を伺ってきてもらったが、魔物の数は予想以上に多いようだった。

 街には結界が張り巡らされているので、ゴブリンやオークなどの低級モンスターは入ってこれないけれども、俺たちがその結界の外に出れば確実に襲ってくるだろう。


「まあ、現状は了解だ。それじゃ、これよりルナ姫さんの輸送を開始するけど、忘れ物はないか?」

「オレの方は大丈夫です。ルナ姫は?」

「私も平気ですわ。……先ほどの精神的な衝撃がまだ少し残っていますけれど」


 ルナはそんなことを言いながら胸元を抑えている。

 先ほどの俺が《運び屋》に転職した件で少し落胆したんだろうか。

 微妙にテンションが落ちている。


 ……まあ、ゴブリンやオークの中を駆け抜けようっていうんなら、静かな方がいいけどな。


 ゴブリンやオークは昼行性で、夜目がそこまで聞かないけれども、音や匂いにはそれなりに敏感だ。

 などと思っていると、


「そういえば、アクセルさんは竜騎士ではなくなったから、竜騎士の戦闘スキルや騎乗スキルは使えないんですよね?」


 ファングがそんなことを聞いてきた。


「うん? まあ、多分な。俺のスキル表には《運び屋》のスキルしかなかったし」


 試したことはないけれどもな、と思っていたら、家の方から松明を持ったバーゼリアが出てきた。


「ご主人の竜騎士スキルは微妙だねー。契約しているボクは、そういうスキルの力を感知するのが得意だけど、ほとんど感じないから。薄っすらと匂いはするから、もしかしたら使えるかもしれないんだけど」

「だとさ。まあ、竜の方がそう言ってるってことは、使えないんじゃないか」


 バーゼリアに乗っかって言うと、ファングは露骨に残念そうな顔をした。


「そうですか。となると、かつてのような竜に乗っての大範囲攻撃、とかも出来ないんですね。あの、大地一面に槍の雨を降らせたりするようなものとか」


 ファングが言っているのは、おそらく竜騎士時代に覚えた【竜星】というスキルだ。

 その効果は、俺が投げ飛ばした槍が、魔力によって分裂し、数百のやりが相手に一気に降り注ぐという投擲系の攻撃だ。

 今回のゴブリンが大量にいるときなどは、そのスキルが大変に役立ったが、使えないものをいつまでも嘆いていても始まらない。今できることで、最速で運送する手段をとるだけだ。


「とりあえず、俺の方で予定を考えたんだけど。……ファング。お前って確か防護魔法使えたよな?」

「ええ、使えますが。数分くらいで切れますよ? それではとても守り切れないので、今回、アクセルさんを頼ったのですが……」

「ああ、問題ない。――それさえ使えば、確実に輸送できる」

「……え?」


 俺の発言に、ファングは息をのんだ。


「え? ええ、も、もうそんな素晴らしい輸送手段が見つかったんですか?」

「ああ、だけど、ちょっと危険でな。だから、ルナ姫さんに選んでほしいんだ」

「私が、選ぶ、ですの?」


 俺は首をかしげるルナに指を二本立てて聞く。


「考えられる道は今のところ二つなんだ。一つは地道に、間に合うかどうかわからないけれど、ゴブリン達を殲滅しながら進むコース。これは俺とバーゼリアとファングがいればほぼ確実にできるだろう」


 ファングは基本的に一対一でモンスターに負けることはない。

 だから時間的制約がなければこっちを選ぶべきだと思うが、


「前者は結構な時間がかかるだろう。だけど、これから言うもう一つは、確実に間に合うけれど、ちょっと格好悪くて痛くて怖いコースだ。ルナ姫さんとしては、どっちがいいか尋ねておきたいんだけど――」


 と、後者の作戦を発表しようとしたのだが、それよりも早く、


「詳しく聞くまでもなく、後者を選びますわ! 格好なんて気にしませんもの!」


 ルナは堂々と言い切った。


「……本当にいいんだな」

「もちろん! 姫に二言はないですもの」


 さすがは渉外が得意な姫様。とても勇敢だ。

 ならば俺はその勇敢さに答えよう。


「じゃ、説明時間が勿体ないし、即行動だ。風の都に通じる、街の北門に行くぞ」

 

 そんな言葉と共に、俺は、ほかのみんなと共に、北方へ向かうことにした。


 星の都の北門。

 そこには風の都に通じる街道があり、少し行った先には都と都を分断する森林地帯がある。

 その森林地帯を目の前にしたルナは、その目に多くの魔物を補足していた。

 その多くがゴブリンやオークであり、


「ブルルルル……」

「グ……ウ……メス……ノニオイ……!! クウ、クラウ……!」


 ルナに視線を向ける者たちのほとんどが体の各部をいきり立たせていた。

 【魅了グレード8】の効果だろうか。

 それがより一層の威圧感を生み、恐怖をあおってくる。


 ……これが、異常発生したゴブリンたち……!


 今までモンスターを見たことはあったけれども、ここまで本能的な害意を味わったのは、ルナの人生では初めてだった。

 

「ドコダ……! メスウウウウ…………!」


 暗闇の中だというのに、少し戻れば結界の中に入れるという安全地帯なのに、目の前に感じる魔物に恐怖を覚えていたのだが、


「うーん。さすがは異常発生。ゴブリンの方はもう結構集まってるみたいだな」

「そうだねえ。あ、ご主人。あっちになんかでっかいのがいるよ。指揮官クラスかな。わー、あんなのも出てきちゃったんだ」


 自分の隣にいる、自分よりも職業的に弱いはずの《運び屋》は全くおびえた様子などは見せていなかった。


 ……なんなんでしょう、この不可視の元竜騎士様は。


 分からないことだらけだ。なんでこんなに平静にしていられるのか。

 能力値が高いとはいえ、転職初日でよくもこんな落ち着きを放てるものだ、とルナはアクセルに驚異的なものを見る目を向けていた。

 すると彼は、自分から視線を前の方に移した。そこには、ファングが共に立っていた。


「おーい、ファング、そっちは準備はできたか?」

「問題ないです。防護魔法の魔法陣も書きました」


 ファングは自分が持っていた剣で地面に魔法陣を描いていた。

 自分たちの足元にも同じものが描かれている。

 この魔方陣は、ルナも何度か見たことがある。


「【肉体強化】【身体防護】【生命保持】の防護魔法陣、ですか」

「おお、よく知ってるな。あいつが他人に付与できるのは、これだけなんだよ。自分にはその何十倍ものバフがかかっているんだけどな。でも、勇者だけあって十分に強力なんでな、ルナ姫さんにはあそこで防護魔法を受けて貰うぞ」

「は、はあ、それはわかりましたが……ほ、本当に、風の都にたどり着かせていただけるんでしょうか?」


 自分の憧れていた竜騎士に言う事でないかもしれないけれど、少し不安になってきたなあ、と思っていたら、


「さあ、それじゃあ、やってくれ。ファング」

「りょ、了解です、アクセルさん」


 アクセルの掛け声と同時、ファングは防護魔法陣に魔力を流し込んで輝かせる。

 それだけで魔法陣上にいる者――ルナたちは魔法による防護がかかった状態になった。


「ギ……ミ、ミツケタ……!!」

「ワ、ワレラノメス……!!!」


 その発光を伴う動作に対し、森のゴブリンたちが反応する。


 視線の先の森から、わらわらわらわらと、アリの行列のように出てくる。


「あ、アクセルさま!? き、来てしまいましたけど、どうするんですか?!」

「うん? ああ、もう奴らが来たところで間に合わないから大丈夫だ」

「へ?」


 ルナが疑問の声を上げた瞬間、


「それじゃ、いっくよー【変身】」


 バーゼリアはその身を竜に変えた。

 全長十メートルもいかない小柄な竜だが、とてもきれいなうろこをした赤金の竜に。


 そして竜になったバーゼリアは自分たちの前で伏せた。まるで、乗れ、と言わんばかりに。


「さ、そんなわけで行くぞ」


 そしてアクセルは、至極当然のように、バーゼリアの背中にまたがった。


「え? あ、アクセル様?! あなたは竜騎士を辞められたのでは……」

「辞めたし、スキルも使えないけど、乗れない、とは言ってないからな。竜騎士時代に、スキルなして乗ろうとしていた経験がこんなところで生きるとは思わなかったけど」


 その言葉にルナは愕然とした。


「な、なんですか、ソレ! 竜に乗れる《運び屋》なんて聞いたことがないですよ!?」

「ああそうなの? じゃあ、俺が第一号ってことでね。ああ、君はこっちだ」

「ひゃあ?」


 アクセルはこちらの手をつかんでくる。

 そして、抱っこするような姿勢で、自分を彼の胸元に張り付かせた。


「悪いな。竜王のバーゼリアは俺以外に乗れないから、バーゼリアに乗る俺に乗ることになる。ってことで、足と手でがっちりホールドしてくれ」

「え、ええ?!」

「ほら、早くしないとゴブリンが来るぞ。一応ファングが切り伏せるとは思うが、このままだと面倒だぞ」

「は、はいい!」


 もう、なるようになれ。押されるがままにルナは行動した。

 その結果、自分の手足はアクセルの体をしっかりとホールドした。


「よしよし、そのまま力を込めてくれよ。落ちないようにな。……バーゼリア、離陸だ」

「りょーかーい」


 そうしてこちらの腕の力を確認したアクセルがバーゼリアに指示すると、彼女はぶわっと翼を広げてその場で浮かんだ。

 ここまで来れば、もうルナはアクセルが予定していたプランを理解していた。


「な、なるほど。竜を乗りこなして、ゴブリンたちの頭上を行くのが、アクセル様の作戦なのですね!」


 これは思いつかなかった。竜騎士スキルがダメになって、もう竜に関することは無理だと思っていたのに、こんな方法を残しているとは思わなかった。

 だから、素直にアクセルを称賛したのだが、


「あー……残念ながら、その認識はちょっと間違ってるぞ、ルナ姫さん」


 アクセルはこちらの背中に両手を回しぎゅっと掴んでくる。


「あ、アクセル様!? そ、そんな、こんなお空の上で大胆に私の体を抱きしめるなんて……一体……」

「何を言っているかしらんが、……こうしないと落ちるぞ?」

「へ?」


 見ればアクセルの手にはロープをがあり、ルナとアクセルの身体を括り付けていた。

 その上で、こちらの体を二の腕で固定しながら、竜の身体を掴んでいた。


「さすがに竜騎士スキルがなくなった俺が、竜を操作して乗りこなす、なんてのは無理があるからな。だから、いま、バーゼリアに乗れるのは、ただの力業だったりする」


 そう言うアクセルの腕の筋肉は大きく肥大化していた。

 それはもう、二の腕の固定だけでも痛い位に、バーゼリアの胴体を力強く掴んでいる。


「あ、あの、その力の入れ具合はいったい……」

「竜騎士スキルを失った俺は竜を操作することができない。だから、バーゼリアに力でしがみ付く(・・・・・・)ことになるんだが……このバーゼリアはとんでもない速度と軌道をする竜王でな。当然、体の負担も半端じゃない」

「へ……?」

「ファングが持ってるとびきりの防護魔法をかけたんだから、死なないだろう。が……力を籠め続けろよ? 俺も頑張って支えるし、足の力だけでしがみ付くのには慣れているけど、操作抜きのバーゼリアは……人間の骨をへし折るほどに早いから」


 そう言われた、刹那。

 ――ドンドン。

 と、何かが爆発するような音が響いた。


 バーゼリアの翼が宙にたたきつけられる音だ。

 それだけで、土煙が舞い、地面に亀裂が入り、豪風が吹きすさぶ。


「まあ、ホバリングだけで、これだから。本気の速度出したらすごいぞ? 防護魔法かかってない普通の人間が乗ろうものなら死ぬかもしれないレベルで」

「すごいって、あのちょっと……待って……」

「まあ、ルナ姫さんなら大丈夫さ。ファングの防護魔法もあるしな。――ってなわけで、ファング! 俺たちは先に行くから! お前ひとりなら、ここにいる奴らを突破して追いかけてこれるよな!?」


 アクセルが下に向かって叫ぶと、


「もちろんです! お任せください、アクセルさん!」


 気合の入ったファングの言葉が返ってきた。

 それを聞いて、アクセルは頷く。


「頼もしいな。まあ、これでこの場は大丈夫だろう。じゃ。ゴーだ、バーゼリア」

「ウン、ご主人……。手加減抜きで、行くよ……!」 

「ああ、頼むぜバーゼリア。……そしてせっかく徒党を組んだところ悪いな、ゴブリンたち。このまま何もすることなく、吹き飛ばされてくれ」


 その言葉を合図として、バーゼリアは風を割って突き進むほどの速さで、一気に飛んだ。


「ッ!?」


 その爆発するような風圧だけで、こちらに近寄ってきていたゴブリンはその体を弾き飛ばされた。そして、


「きゃああああああああ…………ぁぁ……!」 


 竜に乗ったルナの悲鳴は、本人の進みよりもかなり遅く置いて行かれるだけだった。

 


 星の都から旅立って、数十秒後。


「とうちゃーく! ご主人、ちゃんと生きてるー?」


 俺たちは風の都についた。

 そして入り口で、人の姿に戻ったバーゼリアはまず俺の顔を覗き込んでそんなことを言ってきた。


「ばっちり問題なく生きてるよ、バーゼリア。そしてご苦労さん」

「ううん、ご主人こそお疲れー。腕、痛かったでしょ?」


 労いつつ、バーゼリアは俺の腕をじっと見ていた。

 俺の腕は、ルナ越しとはいえバーゼリアに掴まっていただけで、パンパンにはれ上がっていた。


「一分弱でこれか。ノースキルだと、十分くらいが限度っぽいなあ」

 

 竜騎士時代もスキル無しで乗ろうとしたら、そんなもんだったし。 

 腕力Sという、竜騎士時代と同じ能力値だったため、今回の件を試してみたけれども、


「うん、やっぱり、スキルなしで竜王に乗るってのは大変だな」

「いやいや、何のスキルも使わずに十分もボクに乗れるとか、ご主人だけだからね! 同族の竜ですら、ボクの速度には耐えきれなかったんだし! だから充分に凄いんだからね!」

「はは、賛辞をどうもありがとうよ、バーゼリア」


 確かに、本来は数時間かかる距離を数分で移動したんだ。多少腕を痛めても、この成果があるのであれば、充分すぎるんだよな。

 そんな本心からの言葉に、バーゼリアは小さく微笑んだ。


「えへへ。ご主人が凄いと、ボクも頑張りがいがあるからありがたいよ」

「そりゃ良かった。まあ、俺はいろいろな人の力を借りているだけだけどな。今回だって、ファングの防護魔法がなければ、この子がやばかったし」

 

 言いながら俺は背中を見た。

 そこには、目を回し、半ば半泣き状態で呆けた顔をしているルナの姿があった。


「う、うう……目がまわりゅ……速すぎますわ……」

「……防護魔法がかかっているのに、俺より重傷なんだもんなあ」


 俺が彼女に覆いかぶさるように乗ったので、風は当たっていない筈だ。

 さらにはファングの、効果時間は短いがとびきりの防護魔法もかかっている。それでも、ルナにとってはかなりの被害が行っていたらしい。


 俺の背中でぐわんぐわん頭を揺らしている。

 

「おーい、大丈夫かー」

「……ここは……天国……ですか……?」

「これ、ダメそうだねえ。病院に運ぶ?」

「いや、もうちょっと待とうぜ」


 もうちょっと待ってダメそうなら、輸送袋に入れてきた気付けポーション振りかけようかな、と思っていたら目に力が戻り始めた。


「は、はれ……? こ、ここは…………?」

「ああ、ルナ姫さんの目的地だよ。きっちり、到着したぞ」

[風の、都……って、風の都!? もう、着いたんですの!?」


 風の都、という単語に反応したルナは俺の背中から飛び跳ねるようして降り、周囲を見渡した。

 その光景を見て、ルナは再び驚きの表情になり、俺とバーゼリアは見上げてくる。


「ほ、本当に、風の都だ。しかも、まだ夜なのに、着いているだなんて……。速すぎ、ですよ」

「はは、依頼通りだろ。まあ、ちょっと痛くてきつかっただろうが、そこは我慢してくれ」


 そういうと、ルナは深く吐息してから仕方なさそうに笑った。


「ふふ、そうです、ね。この方法を選んだのは私ですし、結果的には大成功でした。本当にありがとうございます、お二人とも」

「ご期待に添えたなら何よりだよ。こんな感じで俺たちは仕事をしていくからさ。何かあったら、また依頼してくれや」


 そうして、俺の《運び屋》としての初仕事、『魅了姫』の輸送は、わずか数分で、しかし大成功で完了したのだった。

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