第44話十二ギルドの会談
その日の朝。
マリオンは海賊の宿屋の最上階客室で起床した。
そして身だしなみを整えた後、部屋から出て向かうのは宿屋の奥の奥。
そこには、小さな円卓が置かれた個室があり、
「やあ、おはよう、マリオン、待っていたよ」
ライラックが一人座っていた。
彼女の対面に座りながらマリオンも言葉を返す。
「時間通りね。それじゃ、報告会を始めてもいいかしら?」
「勿論。既に昨日渡された資料の方は目を通してあるから、細かい所も頼むよ。折角、王導十二ギルドの頭同士で情報交換を行えるんだしね」
「ええ、こういう異常事態が起きた時にしかやらない分、しっかり説明させて貰うわ」
王導十二ギルドは、各都市で問題が起きた場合、その情報を共有するために会談を開くことが多い。
この会談で脅威を共通認識として、もしも被害が大規模になりそうな場合、協調して問題解決に当たっていく。
その為に、マリオンはライラックに対して、星の都で起きた事件についてを説明していくと、
「……なるほどねえ。全く、始原生林で巨大魔獣が発生するばかりか星の都に古龍が出て来るなんて、とんでもない事態になったもんだね」
ライラックは深く吐息するとともに、円卓の上に置かれた資料の紙にぽんと手を置く。
その中には街での被害報告などが書かれている。
更には口頭で細かく説明したからか、その危険度は伝わったらしい。
「本当に危なかったわ。アクセルさんがいてくれたおかげで、助かったけれどね」
報告書にはアクセルの活躍が、ありのままに書き込まれている。
こうして見ると、彼がいなかったらどうなっていた事やらと背筋が凍るようだ。ただ、
「……この報告書には『《空飛ぶ運び屋》アクセル・グランツの尽力のお陰で被害は極々軽微で済んだ』なんて書いてあるけれど、本当に真実で良いんだね、これ」
ライラックの反応はとても静かなモノだった。
「ええ。信じられないかもしれないけれどね……」
目の前で見た自分たちですら、その自体を飲み込むのに時間が掛かったのだ。信じきれないのも無理はない、と思っていたのだが、
「いや、信用するさ。今朝、アクセルさんのヤバさは身をもって体験したからね」
ライラックはそんな事を言って来た。
「今朝? アクセルさんが何かしたのかしら?」
「ああ、早朝の散歩ついでに、荷物を届けてくれたんだよ。とんでもない速さでな」
やや興奮したようにライラックは今朝の出来事を説明してくる。
どうやら彼女も、アクセルの速度をその肌で実感したようだ。
「アクセルさんには迷惑を掛けちまったが、あの力と速度を見させて貰ったのは幸運だった。お陰でこの報告書の内容も結構呑み込めたしな。ただ――」
そこまで言って、ライラックは僅かに言いよどんだ。しかし、意を決したように口を開いて、
「あの運び屋さんは、本当に竜の勇者――《不可視の竜騎士》なのか?」
そんな疑問を口にした。やはり、そこは引っ掛かる所だったらしい。
自分も引っ掛かったのだから気持ちはよく分かる、と思いながらも、マリオンは静かに頷く。
「ええ。今は運び屋に転職されたそうだけどね」
「そうかあ……」
「そこは、信じられない?」
「いや、疑っている訳じゃないんだけどねえ、不可視の竜騎士を、アタシも戦争時代に見た事があるけれど、化物みたいな重圧を放っていてまともに姿を記憶できてなくてさ。どうしても結びつかないんだよ」
ライラックはむう、と顎に手を当てながら資料を見ていた。
「そこは仕方がないというか、個人の認識レベルの話だものね。とはいえ、私からすると本物の、竜の勇者さんで間違いないのだけれど」
「まあ、あれだけ異常な速度を見せられるとね、やっぱりアタシも疑えないよ。ただの運び屋ではないってのは確実だし、そんな事が出来るのは、英雄級の冒険者や勇者だけだからねえ。――もう一人、この街に滞在している勇者も、あり得ない動きを見せて来るしさ」
ライラックは個室の窓から海を眺めながらそんな事を言った。
「え? 他の勇者さんが、この街にいるの?」
「ああ。ちょっと前から、魔術の勇者が滞在している。……出来るだけ、彼女とアクセルさんを合わせない方が良いかもって今になると思っているんだけどね」
「へえ、どうして?」
聞くとライラックは数秒目を伏せて考えるようにしてから口を開いた。
「……それが、その魔術の勇者な。アクセルって名乗っている悪人を見かけると、ボコボコにして街の警護隊に突き出してくるんだよな」
「え? なにその奇行。というか蛮行」
「本人曰く、強くなるための修行と、会いたい人に会うために必要な儀式を兼ねている、らしいんだけどね? ボコボコにされた奴らは全員、詐欺や盗みをやらかした悪人だったからとっ捕まえるのは問題にはしていないんだけど……そのやられ具合を見ると、アクセルって名前に恨みでもあるのかなって思ってねえ」
勇者の一人であるという事は、アクセルの知り合いである可能性が非常に高い。
しかし、そんな奇行に及んでいるという話を聞いてしまうと、知り合いであっても仲が良くない可能性も考えられる。勇者パーティーの関係性に自分たちは詳しくないのだ。ならば、
「それはアクセルさんには、会わせない方が良いかもしれないわね……。その魔術の勇者さんは今もこの街にいるのよね?」
「いや、昨日、海に逃げた詐欺商人の商船を追っかけて出て行ったって報告があったっきりだねえ。帰還しているって報告もないし、今はこの街にいないだろうから、しばらくは鉢合わせしない筈さ。アクセルさんの宿泊場所や居場所は伏せてあるし、アクセルさんも名前を大々的に名乗ってるわけじゃないから、知られて出会う可能性も低いっちゃ低い」
確かに、ライラックの言う通り、今はまだ出会う可能性は低いのだろう。
この街は広いし、偶然会う確率も低い。ただ、
「……とりあえず、アクセルさんに、話だけはしておこうかしらね」
アクセルにも事情があるだろうし、この街を直ぐに離れるかどうかも定かではないが、とりあえず情報は共有しておいた方が良いだろう。
「そうだね。運び屋のアクセルさんは悪人じゃないし、何よりアタシらの大切なお客さんであり、関係者だ。もしも魔術の勇者が無作為に手出ししようものなら、力いっぱい守らせて貰うけど」
「ふふ、それは心強いわね。じゃあ、その気持ちも一緒に伝えるとして……他にアクセルさんに何か渡すべき情報があるかどうか、今のうちに纏めてしまいましょうか」
「ああ、合点だよ」
そんな形で、マリオンとライラックによる十二ギルドの朝の会談は進んでいく
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