第45話勇者の行動は大体予想外

水の都での仕事の後、海賊の宿屋に戻った俺は、バーゼリアと共に一階の隅でお茶を飲みながら地図を眺めていた。

 

「この川前の道は通りやすかったな」

「道というか屋根だったけどね。確かにボクでも難なくジャンプ出来る位広かったし、助走距離もとれたっけ」


 そんな風にバーゼリアと通った道を思い出しながら、地図と現実の街並みを照会していく。

 こうしていけば街の道はとても覚えやすくなるのだ。

 

「星の都ほど入り組んではいないけど、純粋に広いからあと何回か仕事か散歩をすることで覚得た方が良さそうだな」

「うん。あ、そういえば、こっちの家で美味しそうなパンが焼けていたのは見えたよ」

「おお、そりゃいい情報だ。メモしておこう」


 旅を再開するにしても、この街にしばらく滞在して名物や美味い物を満足するまで食べてからにしておきたいし。

 散歩や仕事の最中に、そういったものを見つけられるのはとても有り難い。

 

 それに、そういった特徴ある店は、街の建造物の位置関係を把握するにも役立つし、一石二鳥だ。そんな事を思いながら、地図にペンでしるしをつけていると、

 

 ――カラン。

 

 と、酒場の入り口ドアに付けられた、鐘の音が響いた。

 新しいお客が入って来たみたいだ。

 横目でちらりと見れば、海を越えた東の地方で愛用されている、着物と呼ばれる衣服を着こんだ小柄な人だった。黒いフードで顔を隠している辺り少し怪しいけれども、

 

 ……流石は港町。色々な地方の人が来るなあ。

 

 これも星の都ではあまり無かったことだなあ、と考えながらバーゼリアとの喋りを再開しようとした。その時だ。 

 

「――アクセルの名を持つ運び屋が、ここにいらっしゃいますよね?」


 カウンターの方から、女性の声がした。

 目を向けてみると、先ほど入って来た着物の女性がカウンターの店員に話しかけてから、ぐるりと顔をこちらに向けていた。


「何か用か? 一応、俺はアクセルって名前の運び屋だけど……?」


 見られているようなので、返事をすると、黒いフードの女性はプルプルと震え始めた。

 その震えに呼応するかのように、フードから零れる黒い髪が浮かんでいく。


「あれ? お前は――」 

「――ああ、貴方が。アクセルの名を語る《運び屋》なのですか……!」


 そして彼女は、フードを脱ぎ捨て、力のこもった瞳でこちらを見ながら、ずんずんと歩み寄ってくるのだった。

 

 

「――カシラ! マリオンさん! 魔術の勇者が、ウチに来ました!」


 海賊の宿屋の個室で会談をしていたマリオンとライラックは、突然部屋に入って来た海事ギルドの男からそんな報告を受けた。 

 

「な、なんだって?!」

「ええ!?」


 マリオンはライラックと共に、思わず椅子から立ち上がって驚いてしまう。何せ、ついさっきまでの情報と食い違っていたのだから。


「ちょっと待ちな。魔術の勇者が街に戻って来たって報告は聞いてないよ? 昨日、民間船で出て行ったばかりじゃないか!」


 ライラックの言葉に、報告に来た男は眉を八の字にして


「そ、それがですね。港にいた者からの報告だと……どうにも海上を凍らせて歩いて、戻って来たそうで。そのまま警護隊に詐欺を働いた商人グループを纏めて引き渡して行ったそうで」

「海を凍らせて渡って来た? 勇者って奴は本当に、予想できない事をしてくれるねえ! しかも、ウチに来ているだって!? なんで昨日の今日でピンポイントにかぎつけて来るんだい……!」


 ライラックは眉をひそめて歯噛みをしていた。彼女の事だ。情報は本気で伏せていただろうに。魔術の勇者がここに来れた事が不可解でならないのだろう。

 だが、その謎を考えている時間はもう無い。

 

「それよりも、今、この宿屋にいるって、本当なのよね?」

「はい! 俺が伝達を受けた時には聞き付けた時にはもう店の前にいたそうです」

「じゃあ、もう中に――ッ!?」


 マリオンは喋る途中でぶるりと身震いして、言葉を止めた。

 それも当然だ。

 酒場の広間と廊下を通じて繋がっている扉。そこから、ぞわっと、心臓を掴まれたような寒気を感じたのだから。

 

 更には、その扉の向こうから、黒い靄の様なモノが見えた。


「これ……は……一体、なに?」

「魔術の勇者の魔力だ……」


 ポツリと呟いたのは、鳥肌を立たせているライラックだ。


「知っているの?」

「ああ。警護隊の詰め所で何度か見た事がある。魔術の勇者は感情が昂った時に、こうして魔力を発するスキルを持っているらしくてね。本人によると感情が強まれば強まるほど広範囲にばら撒くらしくて、悪人どもに怒りをぶちまけている時によく見たよ」


 ライラックの説明通りであれば、この黒い靄のようなものは、良くないシロモノなのだろう。

 それが、ここまで来ているってことは、


「よっぽど感情が昂っていること、かしら……」

「みたいだねえ……」


 そんな返しを受けて、マリオンはライラックと顔を見合わせる。そして二人同時に頷き合った。

「広間に、行きましょう!」

「ああ。目と鼻の先で、荒事が起きるかもしれないっていうんなら。しかもそれが大事なお客人に関わる事なら、止めなきゃね……!」


 アクセルは元竜騎士で、非常に強いとはいえ、現在は運び屋だ。

 そして魔術の勇者が悪人をボコボコにするような武闘派だ。手を出された場合、かなり危険だろう。

 けれども、だからこそ、

 

 ……私たちが、止めなければ。

 

 恩人を傷つけさせるわけには行かない。

 

 その共通の気持ちを抱きながら、マリオンはライラックと共に個室を走り出て、酒場の広間へ通じるドアに手を掛け、

 

「――アクセルさん! 加勢に来たわ!」

「大丈夫かい、アクセルさん!?」

 

 走る勢いのままにドアをぶちあけて、広間へと駆けつけた。

 するとそこでは、

 

「アクセル! アクセル!! やっと、やっと会えましたよ――!!」


 眩く輝く黒い魔力を身から溢れさせる小柄な黒髪少女が、満面の笑みでアクセルに抱き着いていて、

 

「ああ、久しぶりだな。でも、勢いよく飛び込んで来られると危ないぞ、サキ」

「そうだよー! ご主人に抱き付き過ぎだよ、魔術の勇者ー!」


 そんな彼女を見て、仕方なさそうに苦笑しているアクセルと、むっと頬を膨らませているバーゼリアの姿があったのだった。

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