最強職《竜騎士》から初級職《運び屋》になったのに、なぜか勇者達から頼られてます

あまうい白一

竜騎士卒業 運び屋開始編

第1話 竜騎士、卒業! 最強のビギナー誕生!

「アクセル・グランツ様。大変……大変、申し上げにくいのですが……今日より貴方様は初級職運び屋になられました」


 転職を行う神殿で、俺は転職の神を奉る巫女から、そんな言葉を受け取っていた。


「初級職の《運び屋》ねえ」

「はい! 転職の神は、アクセル様に《運び屋》の適性を見出されてしまいました。……職業は他に幾千もあるというのに、本当に、申し訳ありません……!」


 転職の業務を実際に行う巫女である彼女の顔には、じっとりと汗が浮かんでいて、とても心苦しそうに言ってくる。


「了解了解。謝る必要もないから。転職業務の方、どうもありがとうよ。転職神殿の巫女さん」


 そんな風に軽く返すと、巫女は驚いたような表情で俺の顔を見て来た。


「……アクセル様は取り乱さないのですね。最上級職の《竜騎士》からとんでもないランクダウンをなされたというのに」

「まあ、未練はないしな。むしろ、さっぱりしたぜ。ようやくこの竜騎士の兜を脱げるんだからな」

 

 言いながら俺は、自分の頭に装備していた兜を外した。

 黒と銀色にカラーリングされた、重厚な兜だ。

 

「ふー、頭が軽い軽い。数年ぶりに外したぜ」


 と、俺が頭をプルプルと振っていると、巫女は俺が手にした兜に目をやっていた。


「まさか本当に最上級の職業である《竜騎士》の職業を捨てられてしまうとは……。《竜騎士》から《運び屋》になった人間なんて貴方だけです、アクセル様」

「そうなのか?」

「はい。本来はどんどん職業をランクアップさせていくものですからね。……そもそも、《竜騎士》を司る竜神様を殴り倒してしまったから、《竜騎士》でいられなくなる、とか、前代未聞なのですが」


 彼女の言葉に俺は苦笑する。


「仕方ないだろう。魔王をとっちめるのに必要だったんだから。お陰で竜神から『お前、もうワシの力を越えたんだから、《竜騎士》卒業な! 一か月以内に竜騎士辞めてくれよな!』って泣きながら言われて、今回転職する事になったけど」


 職業とは神から与えられる才覚の一つで、その才覚に従って鍛錬を積むことで様々なスキルを習得する事が出来る。

 ある一定の年齢になったら神殿で、転職神からその者に一番あった適性の職業を与えられるのだ。職業の数は数千どころか数万に至るという。

 ただ、今回はその大本である神を殴り倒してしまったので、この職業でいられなくなったのだ。その為、俺はこうして転職神殿に訪れていた。

 

「それは暗に『追放』という言葉をオブラートに包んで言われたような気がしますが。何で神を殴っちゃうんですか……」

「だから不可抗力だって。でもまあ、《竜騎士》って職業も無理やり就いたようなモノだから別に未練もないし、良いんだよ」

「……お噂では王家が所持していた古代の秘宝――【竜騎士王の兜】を用いて、いきなり《竜騎士》になられたそうで?」

「そうそう。この兜だな。マジで重いし前は見えづらくて大変だったよ。竜騎士を止めるまで外せないから、人前に顔を出すのも嫌になるレベルだったな」

「そ、そこまでですか……」

「まあ、そんな兜とも、《竜騎士》ともどもおさらばだ。……で、俺の職業は《運び屋》だっけ?」


 そう言った瞬間、巫女の表情が再び暗くなった。


「おいおい、どうしたんだ、そんな辛そうな表情をして。そんな駄目な《職業》なのか、これ」


 俺は生まれてこの方竜騎士しかやったことが無いため、他の職業には疎い。だから聞いたら、


「い、いえ……ダメというか、そのメリットはありますが、デメリットが、とても大きいのです

「そうなのか? メリットってのは、どんなのがあるんだ?」

「メリットといたしましては、街間の物資輸送や、冒険者や傭兵のサポートをするスキルを得られます」

「ほお、面白そうだな。……ちなみに、転職後のスキルってどこで見るんだ?」


 尋ねると、巫女ははっとした様な目になって、背後を振り向いた。

 彼女の背後には樹木の大きな机があり、その上には、一枚の紙が載っていた。


「あ、すみません! 今、こちらの机に、転職神様から、スキル表が来ましたのでお渡しいたします……!」

「ああ、それがスキル表なのね。どれどれ……」


 俺が巫女から受け取ったスキル表には、

 

 ・レベル1スキル【輸送袋】

 ・レベル2スキル【未取得】

 

 との文字が描かれていた。その下には、レベル2、レベル3、と連番が続いている。その後に続く文字はどれも未修得となっていた。


「ふむふむ、スキルは、殆ど覚えてないんだな」

「はい……転職したばかりで当然ながらレベル1となりまして、初級職運び屋のスキルは初期のモノのみとなっております」

「なるほどなあ。このレベル1スキルの『輸送袋』って効果はどんなの――」


 と言った瞬間、俺の手元に小さなバックパックが現れた。

 

「――これが、俺のスキルか」

「はい、それがスキル【輸送袋】です。その袋の中は異次元になっておりまして、見た目以上にモノが入ります。以前、神殿所属運び屋の方が水を入れて計測してみたところ、内部空間がおよそ数十倍に拡張されているとのことでした」

「ほー。レベル1スキルでそれとは、便利で良いな。竜騎士のスキルよりも日常で使い勝手が良さそうだ。しかも、レベルが上がるごとに他のスキルも覚えられるんだろ?」

「はい。そして《運び屋》は初級職故、レベルも最初はとても上がりやすいです」

「なるほどなるほど。スキルがどんどん手に入る、と。……話を聞く限りメリットはかなり良い気がするけれど?」


 それを超えるデメリットがあるのか、と巫女に聞くと、彼女の顔を伏せた。

 そしてぽつりぽつりと重い声で語り始める。


「……確かにスキルは便利なものが多いです。ただ……特長というか、デメリットが一つありまして。これは冒険する者のサポートをする職業ですので、スキルは便利ですが能力値はとても低いですし。それはもう、この職業に就いたものは一人で冒険する事もままならないのです……」

「そんなに落ち込むほど低いのか」

「はい。……サンプルとして、神殿所属の《運び屋》コルト・ジーンのステータスをお見せしましょう」

「え、他人のステータスを見るのってマナー違反じゃないのか?」

「転職神殿の者は、転職者にたいして説明する際に、個人のステータスを開示しても良いのですよ」


 そう言って、彼女は背後にあった机に顔を向けた。


「これが十年間、運び屋として鍛え上げた人のステータスです」


 そして、机の上にある小棚から一枚の書類を取り出して見せてくる。そこには、

――――

 コルト・ジーン 《運び屋》レベル40

 筋力    I

 魔力    K

 体力    J

 速力    K

 異常耐性力 J

 幸運力   K

――――


 個人のステータスが、しっかりと記載されていた。


「おお、これは……思っていた以上に低いな」

「はい、大体が最下位のKか、伸びても二段階アップするくらいで。本当に低いのです……。同じ初級職の《村人》でさえ平均G、《冒険者》は平均EからDはありますからね」

「なるほど。これは一人で冒険はきついな。……そういや、俺のステータスの方はどうなってるんだ?」

「今、アクセル様のステータスも神様より取り寄せ中なので、来ると思いますが――」


 巫女がそう言うと同時、彼女の傍らにあった樹木の大きな机が光った。

 そしてヒラリと、一枚の紙が舞い降りて来る。


「――っと、来ましたね」

「……さっきのスキル表もそうだったが、そうやってくるんだな」

「この机は転職神様の座と繋がっていますので。そして、これがアクセル様のステータス表になります。お納めください」


 言われ、俺は巫女から手渡された書類に視線をやった。すると、そこにはしっかり俺の名前とステータスが記載されていた。ただ、

 

――

 アクセル・グランツ 《運び屋》レベル1


 筋力    ○

 魔力    ○

 体力    ○

 速力    ○

 異常耐性力 ○

 幸運力   E

 

 スキル:輸送袋

――


 奇妙なことに、俺のステータスの殆どが白い丸で押しつぶされていた。

 

「……なあ、巫女さん、ステータスが見えないんだが、これは紙が汚れてるのか?」


 だから、ステータス表を彼女に見せつつ聞くと、巫女も巫女で困惑の表情を浮かべた。


「え……? あれ、本当ですね。な、何でしょうか。これは……」

「うん、分からないのか?」

「は、はい。今までにこんなふうになったことは一度もないので……。ただ、アクセル様の転職が前代未聞ですから、転職の神様もミスをされたんでしょうかね……」


 不安げな表情で言葉を零した後、巫女はぷるぷると首を横に振った。


「今から、神様の方に問い合わせてみます。訂正したものが来ましたら、後日、アクセル様の御宅にお届けしても宜しいでしょうか」

「ああ、じゃあ、この近くにある星の都で待ってるわ。あそこに住んでるからさ」

「は、はい! 今日明日中には届きますので、急ぎお届けします!」

「いやまあ、金はあるから無理に仕事する必要ないからさ。丁寧にやってくれればいいさ。その後で、仕事を受けて旅に出るつもりだし」

 

 もともと魔王を退治したことで、国から報奨金も貰っているし、資金源の方に余裕はある。

 だから問題ない、と告げると、巫女はほっとしたように息を吐いた。


「わ、分かりました。ありがとうございます……」

「いやいや、こちらこそ気遣い有難うよ。――というか、汚れているのでも一つだけ分かったけどさ。幸運力がEってのは中々だな」


 平均がJとかKとかの中にEがある。これは中々運が良いんじゃないかと思っていると、


「ですが……竜騎士時代のアクセル様は全てがSランクだったじゃありませんか。あんなに素晴らしかったのに……アクセル様は、プラス思考すぎますよ……」


 巫女は悲しそうな表情でそう言った。

 なんでこの子の方が竜騎士であった俺を引きずっているんだろうなあ、と俺は思わず苦笑いしてしまう。


「まあ、なんだ? 昔のことを気にしても仕方がないだろ。それにこっちの職業はそこまで戦う必要もないしさ。戦闘は嫌いじゃないが、好き好んでやりたくもない。静かに生きられるならそれが一番だと思うしさ。だから巫女さん、君がそんな切なさそうな顔をする必要はないよ」

「そう、ですか」


 俺の言葉言葉に安心したのか、巫女の表情がわずかに緩やかなものになる。

 この転職は俺の問題で、彼女がそこまで気にする必要はないのだから、これでいい。


「……さて、転職もしたしスキル表も貰った事だし、俺は気分一新して街に向かうとするよ」

「あ、は、はい! 宜しければ魔道馬車をお出ししましょうか?」


 街と転職神殿の間には広い草原を一つ挟んでいる。

 その為、歩けば街の自宅まで十数分掛かってしまうが、とはいえ歩いて帰れる距離には違いない。街道だって通っている。だから、俺は首を横に振って断った。


「そこまで気を遣わないでもいいって。それに付き添いもいるしな」

「付き添い?」


 首を傾げる巫女をよそに、俺は神殿の出入り口に向かう。

 そして神殿から一歩出るなり、上空に向かって声を飛ばした。


「終わったぞー、バーゼリア」


 声が響いた、ほんの数秒後、

 

『待っていたよ、ご主人……!』


 金色と赤色混じった様な鱗を持つ竜が降りて来た。

 法石のような赤い目をしたその竜を見て、俺の背後にいる巫女は口をぽかんと開けていた。


「その方が、アクセル様が竜騎士時代に乗っていた、女竜王様、ですか」

「竜王って言ってもまだ子供だけどな。……じゃ、俺は帰るから、またな、巫女さん。ステータス表、待ってるぞ」

「は、はい! また、近々!」


 そんな巫女の返事を聞いて頷いたあと、


「うん、じゃ、行こうぜ、バーゼリア」

「了解!」


 俺はバーゼリアに声を掛けて、彼女と共に街へ向かって歩き出す。

 そのさなか、俺は先程貰ったスキル表に記載された、新しく就いた《職業》を見る。


 ……運び屋、ね。こんな初級職になったのは初めてだからなあ。ちょっとデメリットはデカいけれど、どんなスキルを得られるのか、ワクワクするなあ……。


 そんなことを思いながら、俺は相棒の竜王と共に、自宅へと向かっていくのだった。



 アクセルを見送って数時間後、

 

「や、やっと、アクセル様のステータス表の啓示が届きましたか……!」


 転職神殿の巫女は、神の座と繋がる机の上に紙束が置かれているのを見つけた。

 その紙束の表紙には、『アクセル・グランツ ステータス 訂正書』との記載があった。ついでに、 


『ゴメン! さっきのステータス嘘! 動きが異常過ぎて適当な仕事した! こっちが本当の奴ね」

 

 との文章までついてきていた。

 

 ……今までこんな事は無かったのに……。

 

 転職の神も、ミスをすることはあるんだなあ、と思いながら、転職の巫女は紙束の内の二枚目を見た。すると、そこには、アクセルの本当のステータスが描かれていて、


「……これは……?!」


 本来、転職をすれば能力は下がるものなのに。

 そして《運び屋》というのは、大量の物を持ち運べるという利点がある代わりに、他の職業に比べて能力値が非常に低いというのに。

 

「能力値がすべてSランクのまま……!?」


 竜騎士を《卒業》した彼の能力はそっくりそのまま残っていたのだった。

 

「……転職の神様……。私たちは本当に彼を転職させても大丈夫だったのでしょうか。とんでもないビギナー職の方が生まれてしまいましたよ……」


――

訂正版 アクセル・グランツ 

《竜騎士》→卒業→《運び屋》 レベル1 

 筋力    S

 魔力    S

 体力    SS

 速力    SS

 異常耐性力 S

 幸運力   EX

 

 スキル:輸送袋

――

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