第2話 ビギナー《運び屋》 早速成長
転職神殿から俺たちの家がある『星の都』コメートへ続く街道を歩いて十数分。
街までもうすぐの地点まで来たのだが、
『ご主人~。もう空を飛ばないから、人になっていい? というかなるね~』
俺の隣を歩いていた竜状態のバーゼリアがそんな事を言って、足を止めた。
そして、赤い光が彼女の体を覆い輝いていく。その数秒後、
「ふいー。変身終了」
赤い光が掻き消えると同時、頭に竜角が生えた赤髪の少女が現れた。
竜王バーゼリアの人形態だ。彼女は豊満な胸元を強調するようにうーんと背筋を伸ばす。
「いやあ、こっちの体の方が二足歩行は楽だなあ」
「そんなに疲労するなら、最初から人の姿で来ればよかったじゃないか」
俺の言葉にバーゼリアは苦笑する。
「うーん、でもさ。ご主人の竜騎士最後の日なんだから、しっかり竜の姿で見届けたかったんだ。それに、この状態で歩いたら、ご主人の荷物持ちづらいし。ボク、ご主人の役に立ちたいし」
そう言って、バーゼリアは歩きながら片方の脇に抱えた剣と槍を見せて来る。
俺が竜騎士時代に装備していた武器だ。今は竜騎士の鎧も着ていないので、装備する場所がないからバーゼリアに預けていたのだ。
竜形態の彼女の背中に括り付けておくのは、竜騎士時代の名残でもあるが、
「それで、ご主人が持っていたこの槍と剣はどうするの? このままボクが持っていればいいのかな?」
「ああ、いや、こっちに寄越してくれ。ちょうど【輸送袋】ってスキルが使えるんだし、入れてみるわ」
今の俺は竜騎士ではなく《運び屋》だ。ならば《運び屋》として使えるものは使おう、と背中に担いでいたリュックを手元に持ってきながらそう言ったのだが、
「うーん、この武器大きいけど、その《運び屋》さんの袋に入るかな?」
バーゼリアは首を傾げていた。
確かにバーゼリアが手渡してきた剣は全長一メートルほどあるし、槍なんか、俺の身長よりもはるかに長い。
それが一抱え程しかない輸送袋に本当に入るんだろうか、と俺すら疑問に思う。とはいえ、
「やってみれば分かるさ」
俺はリュックの口を開いて、剣と槍を突っ込んでみた。すると、
「――」
長大な剣と槍はあっという間に、吸い込まれるようにして、リュックの中に入ってしまった。
「わ、わ、本当には入っちゃった!」
バーゼリアは目を見開いて驚きの声を上げた。その気持ちは、リュックの中に武器を入れた俺自身もよく分かる。
「見た目は普通のリュックなのにな。……これがスキル【輸送袋】の力か」
リュックの内部を見れば真っ黒な空間が広がっており、中心辺りに剣と槍の柄がちょこんとだけ出ていた。完全に異次元空間だ。
「明らかに入らない大きさなのに入っちゃうなんて。こんなスキルをご主人は使い放題って、凄いや!」
バーゼリアは楽しそうに拍手している。
俺としても、この輸送袋の力は魅力的で、有り難いと思った。ただ、
「使い放題って言っても、巫女さんの話では、入れられる量には上限があるみたいだから、注意しなきゃいけないのは確かだ」
「そうなの?」
「おう、俺も使い方を熟知しているわけじゃないからな」
家に戻ったら、何がどれくらい収納出来るのか、調べておきたい所だ、と思っていたら、
「……あれ?」
バーゼリアが再び首を傾げた。そして、
「ご主人。ポケット光ってるよ」
俺のズボンのポケットを指差していた。
「うん? あ、本当だ」
なんだろう、と思って、ポケットの中身を取り出してみると、光っているのは折りたたんだスキル表の紙だった。
それは竜騎士時代にも何度か見たことがある光景で、
「これは……まさか……?」
呟きながら折りたたんだ紙を開いた瞬間、スキル表の輝きは一か所に集まり、白い光の文字を刻んだ。
【規定距離移動完了 条件達成――《運び屋》レベルアップ!】
「やっぱりレベルアップだったのか」
そう、これは職業のレベルアップ時に見られる光だ。
竜騎士時代も何度も見ていたけれども、まさか運び屋になってこんなに早く見ることになるとは。
「わあ、ご主人、もう《運び屋》としてレベルアップしたの!?」
「みたいだな」
スキル表の文章を見ながら頷くと、バーゼリアは嬉しそうに俺の肩を掴んでくる。
「わあい、こんなにすぐに《運び屋》として成長しちゃうなんて流石ご主人!」
「いや、ちょっと散歩しただけで、運び屋としての仕事は全くしてないんだけどな。――というか、話には聞いていたけれどさ、初級職のレベルアップってのは滅茶苦茶早いぞ、これ」
文章を見た限りでは、どうやら一定距離を移動する事がレベルアップ条件のようだ。
……レベルアップ条件は、各職業の各レベルごとに違うけれどさ……。
例えば竜騎士のレベルを1から2に上げる為には、規定重量・規定サイズ以上のモンスターを百匹倒す必要がある。
最上級職だけあって、レベル1からかなり厳しい条件を課されていたけれども、それと比べたらこの初級職のレベルアップ条件はとんでもなく楽だった。何せ、
「規定距離を移動するだけでいいって、これは楽すぎるぞ……」
最初からレベルアップが大変では初級とは言えないだろうし、当然と言えば当然だけれども予想を超えられたよ。
巫女さんも初級職のレベルが最初は上がりやすいって言ってたけど、正直ここまでとは思わなかった。
……しかも職業のレベルアップ条件というのは大抵、最初の内は同じな事が多いんだよな。
竜騎士もレベル2から3にする際には同じ条件でモンスターを百十匹倒す、というものだったし。
その流れで行くのであれば、俺はしばらく散歩することで《運び屋》としての能力を手に入れられるかもしれない。
「――って、そうだ。レベル2になったんだからスキルも取れたんだっけな」
俺はスキル表の中間に目をやる。レベル2と書かれた横には今まで、【未取得】とあったけれども、今はその文字は書き変わっていて、
「レベル2のスキルは【輸送袋グレード2】………輸送袋のパワーアップ版ってことかな?」
と、疑問を口にすると、
「――」
レベル2スキルの下に小さな文字が浮かび上がってきた。スキルを新たに取得した時のみ限定で現れる、神からの補足説明文章だ。それはほんの一行の文章で、
『輸送袋グレード2効果――輸送袋内部の100%拡張』
と、だけ簡素な文字で書かれていた。
「なるほど。単純計算で2倍持てるようになったってことか」
確か転職の巫女は、この袋の内部は数十倍に拡張されていると言っていたけれど、それが二倍になった訳で。今後はかなりの物量を入れられる様になったようだ。
そんなリュックと俺の顔を見て、バーゼリアは嬉しそうに微笑する。
「竜騎士を辞めてもご主人は凄まじいなあ。転職してほんの数十分なのに、かなり成長するとかさー」
「《運び屋》らしいことは何もしてないけどな! ……まあ、輸送袋が更に便利になったのは有り難いわ」
これからもレベルアップはするだろうしスキルも覚えていくので、一喜一憂するのもどうかと思うけれど、
「――何だかどんどん新しいスキルが得られると思うと、やる気もガンガン出るな。この調子でレベルを上げていくか。とりあえず今日は散歩って感じでさ」
「うん、分かった。ボクも協力したいから、何か手伝える事があったら言ってね、ご主人!」
そうして俺は相棒の竜王少女と一緒に散歩をすることで、《運び屋》としてレベルアップするための経験値を溜めていくのだった。
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