第91話神樹の中の運び屋

運び屋のアクセルが荷物――食用や日用品、医薬品などの、生活物資を詰めていく様を、シドニウスは、目の前で見ていた。


「これで、全部か?」

「は、はい、そうです」


 そう。運ぶ予定だった、上層の人間がしばし過ごせるだけの物資をあっという間に詰め終える様子を。更には、

 

「まだ、容量的に余裕があるから。もっと運んでほしい物があったら出してくれると嬉しいな」


 そんな事を言い始める彼の姿を、だ。


「え……と? ま、まだ入るのですか?」

「うん。これの倍は入ると思う。だから、数回に分けて運ぶつもりの物も入れた方が一回で運べると思うぞ」


 その言葉の元、部下の騎士団員に荷物を更に追加で持ってきて貰ったのだが、


「本当に全部入ってくぜ……」

「い、一日どころじゃない……数日から一週間に分けて運ぶ予定の物資だったんだぞ……あれ」


 騎士たちが持ってくる傍から、全ての荷物が目の前の輸送袋に消えていった。

 

「まさか、これほどとは……」

 

 そうして騎士団の部下たちと共に驚きの声を零していると、隣にいたセシルが微笑みながら言葉をかけてくる。


「だから言ったでしょ、お父さん。アクセルさんは、凄い運び屋なのよ!」

「あ、ああ、そうですね……」


 娘に言われて、そして目の前の光景を見て、シドニウスは頷いた。

 

 正直、今の今まで、アクセルに対する依頼は、かなり不安を抱きながら行った事だった。

 切羽詰った現状、彼の心優しく魅力的な申し出には、すぐさま縋りつきたくもなったのも事実だ。無遠慮に頷けるなら頷きたかった。けれど、

 

 ……アクセル殿は大事な、客人なのです。

 

 空飛ぶ運び屋という存在について、様々な噂を耳にする。

 盗賊や魔獣を薙ぎ倒したとか、見えない速度で動くとか、家一個を輸送できる程凄いとか、色々ある。どれも一様に優秀だとされているのは変わりない。

 それでも、直ぐにアクセルの申し出に対して、頷けなかった。


 噂は確定情報ではないのだ。それを迂闊に信頼して大事な客人の、尊敬する彼の命を失わせたくはない。どこまで行っても、ただの運び屋の能力という物は高くはないのだし。

 だからこそ、もしもの時、勇者たちのサポートがあるなら、と依頼した。

 

 ……しかし目の前で、異常なほどの容量を持った輸送袋を見せつけられると……

 

 本当に規格外の運び屋で、物資輸送も問題なくこなしてくれるんじゃないか、との期待や安心に似た思いが溢れてくる。

 シドニウスがそんな気持ちを抱きながらアクセルを見ていると、


「連絡通路の先にある広場で、魔法科学ギルドの職員に渡せばいいんだよな?」


 彼は上層を指さしながら、そう言ってきた。


「は、はい。この連絡通路を抜けて直ぐの場所に、魔法科学ギルドのトップが受け取りに出てきています。いつも通りならば白衣を着ているので、それを目印に渡して頂ければとに」


 こちらの返しに了解、と頷いたアクセルは輸送袋を肩に担いだ。


「さて、そろそろ行くか。バーゼリア、サキ。下に落木が行くかもしれないから、その時は対応頼むわ」

「オッケーだよ、ご主人ー」

「ええ、お任せを。なんならアクセルが億が一に落下してきたときにも、万全に対応させて頂きますが。抱きしめる形がいいですかね、それとも、こう、薄着になって受け止める感じが……」

「その時は普通にしてくれると助かるな」

「親友! オレも付いて行っていいか!? 動きの邪魔しないように、胸元に収まってるからさ。親友の新しい仕事の動き、見たいんだよ!」

「そうか? じゃあ、まあ、こっちに来てくれ」


 アクセルは勇者たちとそんな会話をしながら、手足を振るって準備運動を始めた。

 もうすぐにでも、出立する気なのだろう。けれど、その前に確認しておくべき事がある、とシドニウスは口を開く。


「あ。出発前に少しお待ちを。先ほども軽く説明しましたが、内壁から張り出ている通路は、頑丈さは保たれている所もあるので、危険な時は縄梯子から離れて、螺旋階段かスロープへ入って避けてください」

「え? あ、うん。一番下の内周の壁面やら通路を触って思ったんだが、まだまだ頑丈そうな部分も何割かはあるっぽいな」

「ですね。半分使えなくなっている時点で、結構な被害が出てますが」

「そうか……。でも、これだけ無事に使えるなら、想定以上に早く行けそうだな」

「……?」


 デイジーを胸元に入れたアクセルはそんな事を言っている。

 落木が来たら速攻で逃げられるということだろうか。少し意味が掴めないが、こちらとしては早く行けるというなら有り難い事だ。だから、依頼を安全にこなして貰う為に準備をせねば、とシドニウスが思っていると、アクセルが声を掛けてきた。


「それで、もう行っていいのか?」

「はい。問題は……あ、いや、あと少しだけお待ちを。一応、緊急念文で、私以外の人が行くとは連絡しましたが、上の方で縄梯子に異常ないか、外れてないかを確認をした方がいいので。アクセル殿が梯子を使う前に、安全の為に、もう一回連絡をしようかと……」

「うん? それは大丈夫だ。梯子は使わないで登るから」

「え?」


 アクセルの言葉に、シドニウスは首を傾げた。

 梯子を使わないのに登るとは、どういうことだろう、と。前の言葉と後ろの言葉が繋がっていない気がする、とその疑問を口にしようとしたが、


「じゃ、行ってくる」


 こちらが声を発する前に、彼は、跳んだ。


「え……?」


 ドッという勢いで、瞬き一つをする間に何メートルも上まで、一気に飛び上がった。更には、


「うん。やっぱり、大丈夫な部分の足場の硬さは良いな。これなら予想以上に楽に行ける」


 彼の跳躍は止まらず、とん、ともう一回ジャンプして、より高く昇る。


「っ……!? この、不安定な足場を跳んでいる……? そんな事が、可能、なのか……!?」


 思わず驚きの声を上げるこちらに対して、上層の一部で足を引っかけたアクセルが声を返してくる。


「まあ、不安定だけど、足場の脆さについては、見た感じで分かるからな。仮に見立てよりも崩れやすい場所でも、力加減次第で大体はどうにでもなるし」


 実際に跳びながらアクセルは言って来る。

 確かに、彼が跳んでいった足場は、相当な力が加わっている筈なのに、崩れる事がない。頑丈な部分を見極めて乗っているのだろう。

 

 また時おり、足だけではなく手も使って、姿勢を調整している。脆い足場での動きに慣れている、そんな動きだ。そして、

 

 ……全ての動作速度が尋常ではない……!?


 足場を確かめながら慎重に動いているように見えるのに、瞬く間に、彼の姿は豆粒ほどに小さくなっていき、声だけが降ってくるようになった。


「それじゃ、頂上まで運んでくる」

「行って来るぜ、皆ー」


 そうして彼はデイジーを連れたまま、神樹の上まで、テンポよく跳ぶように駆けあがっていく

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最強職《竜騎士》から初級職《運び屋》になったのに、なぜか勇者達から頼られてます あまうい白一 @siratori801

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