第90話運び屋としての活動
声と共に、軽装鎧姿の面々が、連絡通路の中に入ってきた。
何やら、彼らは巨大な革袋を協力して持っている。
それを見て、シドニウスは深く息を吐いた。
「ふう……そうですか。では、もう一度、運びますかね」
「もう一度って、これを何回も運んでいるのか?」
「ええ、神樹がこうなってから発生した大きな問題の一つですからね。樹上の物資不足は。ほんの数時間前も運んでいた所です」
言われ、俺は出会ったばかりシドニウスの様子を思い出す。
「さっき、シドニウスが来たとき汗だくだったのは、もしかしてこれのせいか」
その言葉に、シドニウスは苦笑した。
「お見苦しい所を見せてすみません。上部まで七百メートル超ありますが、そこまで安全に登り切れる体力とスキル、装備を持つのが、神林騎士団では私を含め数名しかいませんでしたからね。その上、今日、輸送任務を行う予定だった一人が倒れたので、ヘルプで私が行ったのです。……昇降機では、満足に物量を運べませんし」
彼は、騎士たちが数人がかりで運んできた大きな革袋に触れながら言う。
「樹上にいる人たちにとっても、生活物資は絶対に必要なものです……だから、私が届けるしかないのですよ」
喋る中、シドニウスは巨大な革袋を背負おうとした。が、
「――っと……」
ふらついて、膝をついた。
息も荒くなっている。それを見て、周りの騎士たちが慌てたように彼に声をかける。
「無理をなさらないで下さい、騎士団長……! 毎日毎日、往復をし続けて、多い時は十回も行き来する日々を、もう一か月近く続けているのですから……!! 他の者はとっくに潰れているのですから、騎士団長もお休みを……」
そんな労りのセリフに、しかし、シドニウスは首を横に振った。
「ですが、届けないという訳にもいきません。上で魔法科学ギルドの人々が、そして神樹の回復を願っている人が闘っているのです。持てる量が少ない以上、回数で補うしかないでしょう。やるしか、ないのです……」
多少、無理をしてでも運ばなきゃいけない荷物のようだ。だから、
「もしも良ければ、俺も手伝うぞ? 積載量の問題っていうんなら、協力できるはずだ」
そう言った。
先ほどまでの話を聞く感じ、とりあえず物量を運びたいらしいし。
それならば、割とやりやすい仕事だ。
そう思って提案したのだが、
「……」
それを聞いてシドニウスは数秒、何かを考えるように動きを止めた。頭上と、そして縄梯子を見た後で、俺の方を向き、
「……神樹の上層まで、高さにして七百メートルはあります。なので、お言葉は有り難いのですが、運び屋となった貴方の体力では到底梯子を上りきるのは難しいかと……」
そんな事を言ってくる。
まあ、確かに運び屋相手には正しい意見だ。
けれど、そんな彼の言葉の途中で、遮る声があった。
「あ、お父さん。少なくともアクセルさんは、私たちよりも数段、体力があるわよ」
「え……なんですと……?」
「ああ。というか俺達より早く動けるくらいだし、身体能力的に見たら戦闘系の上級職よりも上だと思うぜ」
セシル、それにジョージだ。
彼女たちの声を聞いて、シドニウスは改めて俺の手足に目をやった。
「ぬ……確かに健脚そうな佇まいでいらっしゃいますが……いや、しかし……命が危険です。登り切る体力があったとしても、もしも落ちたら……体力の問題では済みません。貴方をそんな危険に晒すのは……」
どうやら、先ほどから、こちらの生命を大事に思ってくれているらしい。
その慮りは有り難い事だけれども、
「まあ、俺も一応、『運び屋』としての仕事には責任を持って向き合っているんでな。危険性に関しては、きっちりこっちで判断出来ているから、問題はないぞ、シドニウス」
運び屋としての判断はある程度、輸送職の先輩(マリオン)に習っている。
それを考えた上での提案だ。
「そうそう。その辺りは、心配しなくても平気だよ、シドニウスのおじさん。あの程度の高さから落ちても、ご主人なら大丈夫だし」
「アクセルの力を信用されきっていないようで、残念な事ですが……まあ、万に一つ落下した時は、その時は私が役得だと思って抱き留めるので。そんな不安は入りませんよ、騎士団長」
バーゼリアやサキも、シドニウスの不安を払拭しようとしてくれているようだ。
彼女たちの言葉もあってか、シドニウスの表情が少し変わった。
「ぬう……そう……なのですか? お願いできるというのであれば、正直、是非とも頼みたい事ではあるのですが……」
「最初に言った通りだ。力にはなれると思う。それらの物資が、輸送袋に入れて良い物なら、だけどな」
あくまで選ぶのはシドニウスだ。
そう思って返事を待つと、彼は数秒、目を瞑って考えた後、
「――では……安全な仕事とは言い難いですが、お言葉に甘えて、依頼をさせて貰っても宜しいでしょうか、運び屋アクセル殿」
「ああ。了解だ」
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