第42話水の都の空を駆ける初仕事

水の都の宿屋で一夜を過ごした俺は早朝、バーゼリアと共に街中の散歩に出ていた。

 この街に何日間滞在するとしても、この街でどんな仕事をするとしても、道や構造を覚えておいて損はない。

 そう思いながら、俺は手元にある地図を手に、街を回っていた。


「今朝、頭領さんから街の地図をもらえて助かったね」

「ああ、それと昨日の宿泊料金を無料にしてくれるとは、朝から驚いたよ」


 朝、宿泊料金と食事代を支払おうとしたら、ライラックは『お近付きの印のサービスだよ!』と言って突っ返してきたのだ。


「まあ、有り難いが、いつかは恩返しさせてもらいたい所だな」

「そうだねえ。ご飯も量が沢山で美味しかったし、部屋もすごく使いやすかったしね」


 そんなことを話しながら、俺は宿屋からそう遠くない地点にある高台に行き、そこで周囲を見渡す。


「星の都とは違って、街中に川が通ってるんだねえ。皆、船で移動しているみたい」


 街の中央付近を通っている川の水面を指さしながらバーゼリアは言った。


 朝日が眩く光る綺麗な川だ。早朝であるが、人を乗せた船が何隻か動いている。


 ……船での移動が基本なのか。


 ただ、川幅としては数メートルも無いので、跳び越える事は余裕で出来そうではある。

 こうなると星の都以上にジャンプでの移動は、増えそうだなと、川と船の行き先を追っていくと、


 ……あれが港、か。


 遠くに大きな港が見えた。

 巨大な帆船が停留している。

 船体には『定期便』と大きな文字が書かれており、荷物がいくらか運び込まれているのが見えた。


 ……そうだよなあ。ああいう輸送の仕方もあるんだよな。


 本当に物の運び方はいろいろあるよなあ、と考えながら散歩を終えて宿屋の部屋に帰ろうしたのだが、

 

「全く、定期船への積忘れなんて初歩的なミスを……。毎度、確認しろっていっているだろう?」

「すいやせん、カシラ……」 


 入り口の扉を開けるなり、そんな声が聞こえた。

 見れば宿屋のカウンターの横に金属のコンテナが置かれており、しょんぼりしている男と、眉をひそめたライラックがいた。

 そしてライラックは俺が入ってきたことに気づいたらしく、苦笑しながらこちらを見てきた。


「ああ、アクセルさん。変なところを見せちまったね。朝から御免よ」

「いや、別にいいんだけど。……因みにお節介かもしれないが、まだでかい帆船は港にいたから、急げば間に合うんじゃないか?」


 先ほど見た光景を伝えると、ライラックは首を横に振った。。

 

「情報ありがとうよ。でも、ここから港まで、ウチの最速の持ち手でも二十分はかかる。しかも、こんな重たいものを持ったら、もっと時間がかかるんだ」


 ライラックはコンテナを足で軽く押した。ズズと、重そうなものが引きずられるような音が響く。確かに結構な重量があるようだ。

 

「だのに、定期船の出航まで残り一〇分ときたら、もう間に合わんさ。あの船はアタシが連絡しても、絶対に出航時刻を遅らせたりしてくれない類の船だしな」


 ふう、と諦めの息を吐くライラックだが、


「あ、でも、一〇分はあるんなら、俺が定期船まで運んでこようか?


 宿泊料金をサービスしてもらったことだし、こちらも恩を返そう。そう思っての提案だったのだが、


「うん?」


 首を傾げられてしまった。

 

「もちろん、荷財の受付が出港ギリギリまで行われているなら、だけれどもな。もう締め切られてるなら、さすがにキツイけど」

「い、いや、それは大丈夫だけれどもさ。荷物には魔法印が付いているから、見せればすぐに受け入れてくれるだろうけれど……」

「そうか。なら行けるな」


 届ければ良いだけならば、簡単だ。そう思っての言葉だったのだが、

 

「い、いやいやいや! 待ってくれ! これだけ川と水場で道が途切れた町で、あそこに行くには、どれだけ急いでも二十分は掛かるのに、どうやって……」

「大丈夫だ。直線距離なら、五分あればお釣りが来る。この街での移動感覚も掴んでおきたいから。一丁やらせてくれると助かるんだけど」


 そう言うと、ライラックはううん……と悩みの表情を浮かべたあとで、


「ま、まあ、アクセルさんがそういうなら、任せるが……。無理はしないでおくれよ? もしもサービスのお礼に無茶しようっていうんなら、アタシらは大丈夫なんだから」

「ああ、了解。バーゼリアはどうする?」

「ボクもついていくよー」

「よし、じゃあ、一緒に行くか」


 そう言って、ライラックから荷物の積み込み依頼書と、金属のコンテナを受け取り、輸送袋にスライドさせるように入れた俺は、


「じゃ、無茶しない速度で、出発するぞ」


 宿屋の前に出て、一気に跳躍する。

 その跳躍で川を飛び越えて、屋根へと着地し、さらに一直線に港へ走る。


 潮風対策のためか、屋根には強固な魔法防護がかかっており、自分の走り程度で壊れるほど柔らかくはない。だから安心して加速できる、とそのまま飛ぶように走り、


「――ふう、到着」


 バーゼリアと共に一息で、港の帆船前に着地した。

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