第51話海上の運び屋

氷の足場を跳びながら進む事、数十秒。

 

「よし、到着――っと」


 俺たちは商船へと飛び移る事に成功していた。

 船の上には、数人の男女が固まっているのが見えたが、


「な、なんだ、あんたら……?!」


 船上で最初に声をかけてきたのは、三角帽をかぶった半裸の若い男だ。

 腹に血の滲んだ包帯を巻いた彼は、船室へと繋がるドアの前に立ちながら、こちらを驚きと恐れの視線で見つつ、


「港の方からぶっ飛んできたけど……一体、兄さんたちは何者だ。この船に何をしに来たんだ?」

「何をしにって助けに来たんだよ。海事ギルドからの依頼でな」


 俺の言葉に、三角帽子をかぶった男は恐れの表情が少し和らいだ。

 彼だけではない。周囲にいる青ざめた顔をした男女の表情もわずかに明るくなった。


「ほ、本当に、助けにきて、くれたのか?」

「そう言っているだろう?」


 俺が頷きを返すと、三角帽子の男は、ようやく緊張の表情を解いた。

 

「そうか……。疑って済まなかった。俺っちはこの船の船長をやってるヴィルヘルムだ」

「ああ、船長さんだったか。怪我、してるみたいだが大丈夫か?」


 巻かれた包帯からは、今も赤い色がにじみ続けている。

 今も出血は続いているようだし、顔には脂汗も浮かんでいる。

 ただ、それでもヴィルヘルムは笑みを浮かべて首を縦に振った。


「ああ、魔法機関の爆発で破片を食らっただけだから、俺っちの方は、平気だ。それよりも、そっちにいる乗組員を逃がしてやってくれ」


 ヴィルヘルムが指差したのは、先ほどから船上で一塊になっている、数人の男女だ。

 皆、ヴィルヘルム以上に青ざめた顔をしている。


「そいつら、泳げなくてな。その上、逃げるための小舟が爆発でイカれちまって、どうしようもなかったんだ。だから助けて貰えると嬉しいんだが……方法はあるか? 兄さん達は船じゃなくて飛んできたみたいだけど、空を飛ぶ魔法をこいつらに掛けてやることは出来るか? そっちの姉さん二人からは独特な魔力を感じるが……」

 

 船長は問いかけながら、バーゼリアとサキを見た。すると、まずサキは首を横に振った。

 

「生憎と、私は人を安全に空を飛ばす魔法は使えませんね」

「ボクも同じだねえ」

「そう、か……。そっちの兄さんは……?」

「俺は運び屋だからな。魔法は門外漢だ。出来る事と言えば人を抱えて運ぶくらいか」


 輸送袋を見せながら言うと、ヴィルヘルムはわずかに驚いた後、


「なる、ほどな……」


 少しだけ落胆の色が見えた。

 このメンバーでは、助けきれない、と思ったのだろうか。


 サキやバーゼリアはともかく俺は初級職だし、そう思われても仕方ないかも知れない。だが、別に彼らが泳げないからと言って海から脱出できない事は無い。

 

「うん。歩けるなら、空を飛ぶ必要もないし、俺が運ぶまでもないよな」

「え?」


 俺の言葉に疑問の表情を浮かべるヴィルヘルムをよそに、俺はサキへと顔を向ける。


「サキ、氷の道ってまだ作れるか?」


 聞くと彼女は嬉しそうに頷いた。


「勿論です。距離が長いと強度が落ちますが、十数人が渡れる程度の道ならば余裕です」

「じゃあ、頼むわ」

「はい。それでは、アクセルのお手伝いを開始しますね」


 笑みを浮かべたサキは、先ほど出立した港の方向を見て、手を掲げた。

 それと同時、彼女の黒髪がふわっと風にまかれたように浮かび上がり、


「――【フリーズ・アイスロード】」


 呟いた瞬間、彼女の視線の先にあった海面が凍り付いていく。

 白と青がきらめく氷の道が、一気に港まで走る。

 それを見て、先ほどまで青い顔をしていた船員たちが一気に変わる。


「な、なんだ、この絶大な魔力……?!」


 その驚きはざわめきとなって、ほかの船員たちにも伝わっていく。更には、


「と、というか、待てよ。あの黒髪と顔、オレ、見た事があるぞ?」

「私もあの姿は、覚えているわ……! あれは確か……魔術の勇者様……!!」


 サキは船員たちから驚愕の視線を向けられている。

 だが、彼女はそれを気にすることなく、ふう、と吐息した後、


「終わりましたよ、アクセル。港への道は繋がりました」


 と、氷の道の完成を微笑みと共に告げてくる。

 

「ありがとうな、サキ。君がいてくれて良かったよ」

「いえいえ、そのお言葉が貰えるのが何よりのご褒美なので。さらに一段階上げてベッドインしてくれてもいいのですが」

「その話はまた今度な。それじゃあ、サキとバーゼリア。この後は誘導と、落ちた時のフォローを頼むわ」

「了解ー!」


 俺がそう言うと、バーゼリアはにこにことした表情でサキの手を掴んだ。


「さ、行くよリズノワール」

「ぬう……物理的な邪魔をしてくるとは。まあ、良いでしょう。言われなくても行きますよ、ハイドラ」


 不満そうな表情を一瞬浮かべたが、すぐに気を取り直したのか、サキは笑みを持って、船員たちと相対する。


「さあ、皆さん。慌てず氷の上に降りてくださいな。縄梯子の下に作ってありますので」


 そして縄梯子のかかった船の縁の前に誘導していく。

 

「あ、ありがとうございます魔術の勇者様!」


 船員たちはサキに感謝の言葉を継げながら下船していく。そして、降りた先の氷の道にはバーゼリアが立っていて、


「さあさあ、港はこっちだけど、進むのはゆっくりでいいよー。道はそこまで脆くないからねー」

「た、助かるわ。ありがとう……」


 降りた船員たちの誘導をして、礼を言われていた。


 そうしてサキとバーゼリアの導きによって、乗組員が次々に氷の道に降りて歩いていく。

 

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