第52話戻る運び屋

数分後、全員が降りたことを確認してから俺は、ヴィルヘルムに向き直る。


「さて、船長さん。こっちにいた乗組員はどうにかなったぞ」


 すると彼は唖然とした表情で氷の道を見て、下船した船員の最後尾につくサキを見て、そして、俺を見た。

 

「あの子は、勇者……? こんなことが出来るのは、確かに勇者みたいな英雄クラスだけだけど……でも、それなら勇者を連れてる運び屋の兄さんは一体、なんなんだ……?」


 ヴィルヘルムは震える唇で聞いてくる。


「ん? まあ俺の事はとりあえず、彼女の仲間の運び屋だって思ってくれればいいさ。――それで、船に残ってる人はアンタだけで良いのか?」


 自分の話よりもまずはこの船の話だ。

 そう思って質問すると、ヴィルヘルムははっとした表情で背後の船室を見た。


「あ……いや、まだ、こっちに残ってるんだが……これ以上は兄さん達には無理だ」

「どういうことだ?」


 聞くと船長は苦い顔をしながら、俺を背後の船室に通した。

 そこにはいくつものベッドがあり、包帯を巻かれた数人が寝込んでいた。


 というか、気を失っている者がほとんどだった。


「この有様でな。あんまり動けねえ奴らが寝込んでるんだ」

「寝込んでるってことは、結構な重傷だな」

「ああ、大体の治療は済んでいるんだけどな。歩けねえのは確かだ。こいつらを抱えて海を歩くのは、幾ら兄さん達でも、危険すぎるだろうよ」


 ふう、と息を吐いて、ヴィルヘルムは船室に置かれていた椅子に座る。


「ひとまず兄さんは逃げてくれ。俺っち達は船を待つから――」

「――いや、その必要はないぞ」


 ヴィルヘルムの言葉を止める様に、俺は首を振った。

 

「必要はないって、運ぶつもりか? こいつらを一人一人……」

「いや、そんな時間をかけてたら船が沈んじまうかもしれないからな。その前に、この中に入って貰って、俺が一気に運ぶよ」


 腰につけていた輸送袋をポンとたたきながら言うと、ヴィルヘルムは一瞬、動きを止めた。


「それは輸送袋……って、そ、その中に入るってのか?」

「ああ、中は意外と快適だから、そこまで怖がることは無いぞ。というか、辛いようならベッドごと入れてもいいしな。柔軟性はかなりあるから、入らないってこともないだろう」


 俺は輸送袋の口に手と足をかけ、思いっきり開いて見せた。

 すると、大の男一人がそのままスッポリと入ってしまうほど大きく、口周りが伸びた。


「た、確かに凄い柔軟性だが、中に入れるの……か? いや、確かに輸送袋で人を運んだ奴がいるって話は聞いたことがあるけれど」


 ぶつぶつと疑問を呟きつつも、ヴィルヘルムが逡巡するのはほんの数秒だった。


「……いや、迷ってる時間はねえ、か。そうだな、それで確実に助かるなら、やってくれ……!」

「あいよ。任せろ」


 ヴィルヘルムからの許可を受けた俺は、けが人が寝ているベッドに対し、横から輸送袋の伸ばした口を当てる。

 そこから輸送袋で、ベッド周りの空気も含めて包み込むように、布を被せるように動かしていく。そして、改めて口を閉じると、

 

「ま、マジで入るんだな……」


 ベッドとけが人を丸々、輸送袋に収納することに成功した。


「うん、うまく行ったな。じゃあ、次」


 一度成功して要領を掴めばもう簡単だ。俺はてきぱきと、けが人の眠るベッドを輸送袋で包み込んでいく。

 そして、ほんの数十秒程でベッドとケガ人で埋まっていた部屋が、空きスペースに満ちた空間に変化した。


「こんなことが、あり得るのか……。運び屋の兄さんも。その輸送袋も凄すぎだろ……!」


 ヴィルヘルムはわなわなと震えながら、数台のベッドを飲み込んだ輸送袋と、飲み込ませた俺の手を見つめていた。


「輸送袋が上手い事拡張してくれたから、だけどな。――で、これで乗組員は全員なんだな?」

「ああ、逃げ遅れはいねえ。もう確認は住んでいるからな」

「そうか。それじゃあ最後にアンタも入ってくれ。一緒に戻るぞ。その傷じゃもう、歩くだけでも辛いだろうしな」


 そう言うと、船長は驚きの表情を浮かべた。

 

「……運び屋の兄さん。気づいて、たのか」

「運び屋として戦闘サポートもしているんでな。怪我と体の状況は分かるさ。さっきから椅子に座りっぱなしで全然動けてねえしな。もう足に力、入り辛いんだろ?」


 俺の言葉に、ヴィルヘルムは苦笑する。


「そう……か。そこまで見抜かれてるとは、運び屋の兄さんはすげえなあ……」


 そして彼は観念したように身体から力を抜いた。


「死ぬほどのケガじゃないとはいえ、実際のところ限界が近くてな。お言葉に甘えてその輸送袋に入りたいんだが……その前に一つ、図々しいけど、運び屋の兄さんに頼みがあるんだ」

「頼み?」


 尋ねると、船長は椅子の横に置かれている木箱と、その上に乗せてある鳥籠を指さした。中にはカラフルな色をした小鳥が一匹、入っている。


「これらも一緒に持っていっていいか?」

「その二つを、アンタと一緒に?」

「ああ、嵩張るのは分かってる。もし、重量が限界とか、容量が一杯になるっていうんなら、俺が入れなくてもいいから、こいつらだけでも運んでもらえれば、と思うんだ」


 船長は必死に、懇願するように言ってくる。

 自分の身を天秤にかけてでも運ぼうとするとは、その二つの荷物はよほど大切なモノなんだろう。ならば、一緒に運ぼう。というか、


「重量は別に考えなくていい。今回の依頼は人命救助だけれども、それ以外を助けたらいけないって理由もないんだし。容量はあるけれど、まだまだ中には余裕があるからな」


 輸送袋を撫でながら言うと、船長はポロリと涙をこぼした。


「ありがとう。恩に着るよ、運び屋の兄さん……!」

「気にするな。さあ、入ってくれ」


 涙を拭った船長と、木箱と鳥かごをしっかり輸送袋に入れた後、俺は船室から出る。

 するとそこには、サキとバーゼリアがいた。


「二人とも戻って来てたのか」

「はい、しっかり乗組員は送り届けてきました」

「それと船の中の確認もしたよー。残っている人はいないみたいー」


 どうやら俺が船長を入れている間に最終確認も終えたらしい。

 仲間がいると一度に色々な事が出来て有り難いな。


「ありがとうよ二人とも。じゃあ、戻るか」

「はい!」

「了解ー」


 そうして俺たちは、氷の道を飛ぶようにして、船長と怪我人を輸送しながら、港へと舞い戻っていった。

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