第88話神樹の中へ
シドニウスを先頭に置いて神樹に向かって歩く中。
肩にデイジーを置いた俺は、自分と横並びに歩くセシルたちとシドニウスの会話を聞いていた。
「――しかし、お前達? アクセルさんに、今の今まで私の事を話さなかったのですね」
「ええ、まあ。お父さんの立場を使って仕事を得たと思われたくないもの」
「そうだ。それに親父の事を話さなくったって、アクセルさんはしっかり俺達の面倒を見てくれたんだぜ」
そんな二人の言葉を聞いたシドニウスは、俺の近くまで来て、ぺこりと会釈した。
「……こんなヤンチャな性格の二人がここまで懐くとは、アクセル殿には相当、世話になったようですね。改めてお礼を申し上げます」
「いや、普通に仕事をしただけだから、そんなに頭を下げなくてもいいって」
「大事な我が子達がお世話になったのですから、これくらい当然です。後程その仕事に対して、何らかのお礼をさせて頂きます」
丁寧な口調ながら、しっかり自分の意思を伝えてくる。
このちょっと頑固な感覚は戦時中、団長の役職に就く人らと話した事を思い出す。彼らもお堅い雰囲気をもっていたっけな、とシドニウスの言葉に会釈で返していると、
「職業が変わっても親友は親友というか、相変わらず、人の面倒を見るのが上手いんだなあ。俺も面倒を見られてきた一人だけど、なんか思い出しちゃうぜ」
先ほどから延々と俺の首筋に体をこすりつけていたデイジーが、肩の上からそんなことを言ってきた。
「そうか? 俺はデイジーとは普通に接してきたと思うんだが……」
「昔の俺みたいな、何の肩書もないカーバンクルと普通に接するのは一般的じゃないって毎回言ってるだろう。まあ、お蔭で俺は親友と肌をすり合わせるほど仲良くなれているからいいんだけどな。ふふ……」
デイジーは言いながら俺の肩でゴロゴロとしている。
そこまで変わったことをやっていた気はないんだけどな、警戒心の強いデイジーに、ここまで心を許してもらっているのは嬉しいことだ。
「またご主人にスリスリしてる……!」
「内密だと言うから、周囲を警戒する為に後ろに付くのを申し出ましたが、ここまで見せつけられるとは……!」
まあ時折、背後から結構な力のある視線を受け止める事になるけれども。とりあえず、本格的に昔の懐かしさが戻ってきた感じがするな、と思いながら歩いていたら、
「っと、神樹の入り口が見えて来ましたね」
シドニウスが前を指し示した。
その先を見れば、神樹の巨大な根本があった。そして根本の一部を利用して作られたように見える、大きな扉が置かれていた。
「入り口って、あの扉から中に入れるのか」
「はい。あの中が神樹の上下連絡通路になっています。今回の話は、そこでさせてもらおうかと」
「連絡通路か……。神樹の中って確か螺旋上の階段になっているんだよな?」
先ほど、気さくな商人から聞いた事を改めて言う。すると、言葉を返してきたのはセシルだった。
「ええ。階段だけじゃなくてスロープもあるのよ。荷車がよく通っていて、上層階の研究所に色々と荷物を届けていたりするの」
「この高さを荷車で、か。結構、地道な荷物の運び方をしてるんだな」
「神樹から発せられる魔力の影響で、魔法が安定して使えないから仕方がないのよ」
セシルは苦笑しながら言う。そういえば、あの商人もそんなことを言っていたような気もするな、と考えていたら、更に追加でジョージの声が来た。
「あ、でも勘違いしないでくださいね、アクセルさん。魔法具はそれなりに使用できるから、荷車は半自動的に動くものを使用しているんすよ」
「そうなのか?」
「魔法の安定発動が出来ないっていうのは、神樹から永続的に発せられる魔力が、ヒトが永続的に魔法を発動させることを邪魔しているから、っていうのが長年の研究で分かっているんす。なあ、姉ちゃん」
「ええ。神樹からの魔力を吸収する機能を道具に持たせて、それを推進力にして進む荷車を魔法科学ギルドが発明したの。魔導馬車の原理の応用してね」
「ほおー、そんなものを作ってたのか」
必要になればヒトは発明をするものだと言うけれど、そんな便利なものがあるとは。
「それ以外にも、神樹の魔力を吸収しきりさえすれば、邪魔するものがなくなって魔法の安定発動も出来るって言うのは分かっているわ。……まあ、神樹からは永続的に魔力が出ているから、実質的に、安定させて魔法を使うなんて無理なんだけど」
「それは……中々難しい条件だな。何の魔法を使うにしても、吸収の魔法なり何なりと併用させ続けなきゃいけないんだから」
同時に二種類の魔法やスキルを発動させるのは、できなくはない。けれど発動させるものが多ければ多いほどコントロールは難しくなるのだから。
「でしょう? 魔法科学ギルドの優秀な学者さん達ですら、無理というくらいだから。でも、魔法が使えなくても、スロープや階段も綺麗で凸凹も少なくて、昇りやすい良いものだから、問題は無いのよ。……ね、お父さん」
にこやかに放たれたセシルのセリフに、シドニウスは僅かに頷いた。ただし、
「ええ、この子の言う通り。そういう場所でしたね。……少し前までは」
表情は険しいままで、そんな言葉が追加されたが。
「え? どういうこと、お父さん」
「君たちが街を離れてそれなりに経っていますから。こちらも色々あったのですが……まあ、この中を見て貰えれば分かります」
話している内に、神樹の根元の扉にたどり着いた。
両開きの大きな扉だ。先ほど遠くから見ても実感がわかなかったが、近くで見ると、かなり巨大なものだと分かる。
高さにして数メートルはあるだろうか。
「どうぞ、お入り下さい」
シドニウスは重たそうにその扉を押し開けて、同時に中へ踏み入った。
彼に続いて、俺達も入る。するとそこには、話に聞いていたような、上層へと向かう連絡通路が、壁からせり出るようにして存在していた。
ただし、
「……随分と、ボロボロだな」
セシルたちが話していた様子とは大きく違う。
所々が枯れ落ちた、樹木で出来た螺旋の道があったのだ。
「それでは、この中で説明をさせて頂きます。神樹アルエデンに起きた現象――枯死に近づいていく異常についてを」
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