ただいま

「そうする」

「じゃ、こっちです」


 街の大通りから逸れて、少し静かな道を行く。いくらか歩いて、細々した通りを抜けて。


「もう少し……あ」


 道が広がり、敷かれた煉瓦が少しごちゃっとなる辺り。


「あれが私の家です」


 白壁に赤茶の屋根、二階建てで広めの庭付き。

「…………」


 私が指差すその家を、イグル様は無言で見つめる。


「?」


 なんだろ? 変な見た目じゃないと思うんだけど。


「イグル様?」

「……うん。帰って来れたね」


 イグル様は柔らかく微笑んで、こっちを向いた。


「そ、うですね? ……うん、帰って来れました」


 そうだ、そう。人攫いに遭ってどうなるかと思ったけど、五体満足で戻ってきたんだ。


「そうだぁ……ただいま!」


 きちんとかかってた鍵を開けて。私の声は奥に消えてく。


「……おかえり!」


 寂しいからセルフで返すよ!


「さ、イグル様。ベニエ食べて休憩して、それから色々案内しますね!」

「うん」


 入り口で立ち止まってたイグル様を促して中に入る。


「あー……そんなに埃はないけど……」


 窓を開けていきながら家の状態を確認。


「あ、マントはそこに掛けて下さい。荷物は一旦ここに」


 帽子掛けを示して、背負ってた荷物を置いたソファをぽんぽんと叩く。


「これ?」


 イグル様はポールを軽く握って、そのままするりと指を滑らせた。


「はい。私も掛けますんで」


 マント、あんまり汚れてないな。ほぼ一日しか使ってないしな。


「ちょっと待ってて下さいね。上の窓も開けてきます」

「ついてっていい?」

「いいですけど……ゆっくりしてて大丈夫ですよ?」


 窓開けてくだけだし。

 鞄を置いたイグル様は、ゆるく首を振る。


「ううん。いい」

「そうですか? じゃ、こっちです」


 階段を上って、窓を開けて、ドアを開けて。


「うあー空気がこもってる」


 数日いなかっただけ……じゃないか。この部屋はあんまり開けてないんだった。


「あー明るい」


 全開の窓の前で深呼吸する。風がそよぐー空気が通るー。


「ハナ」

「はい?」


 声に振り向こうとした所に、ぽふっ、と。


「?」


 頭に手を置かれ、そのまま撫でられた。


「イグル様?」


 今度は何?


「うん」

「えっと? なんですか?」


 細い指が髪を梳く。ぽんぽん、というより、ふわっふわっ……と手が動く。


「妥協案」


 後ろからの声をそのままの体勢で聞く。なんか動いちゃいけない気がして。


「なんのですか」

「ぎゅっとしたら、ハナ、びっくりすると思ったから」


 ぎゅっと、後ろから抱きしめると?


「ああそれは、驚きますね」


 勢いで窓から放ったかも。


「だからこれにした」

「ほお……ん……?」


 何故かを聞くのは野暮だろうか。……なんの野暮だ?


「あの、あ」


 するり、と一撫でして、イグル様の手は遠のいた。

 振り向くと、すぐ後ろで首を傾げて。


「次は隣の部屋?」

「あ、はい」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る