キュカール広場
白い塔から噴き上がる水が、キラキラと舞う。
ただ流れるんじゃなくて形を作る。
「はい! ここがキュカール広場です!」
タクシャーラを抜けて、キュカール広場に来た。
「噴水……」
「はい。一番の見所はあの真ん中の噴水です」
それなりに広い広場だけど、もう結構人が入ってる。
でも、今はまだ肌寒いからこれは空いてる方かな。夏になればもっと、ごった返すようになる。
「ヴリコードの水は全部地下から引き上げてるんだそうですよ。この噴水もそう」
噴水の近くに行きながら説明する。
「これまた今はもう無くなってしまった技術だそうで。あの高さまでどうやって引き上げているのか、逆に今研究がなされているらしいです」
「へぇぇ……」
私もイグル様もキャロルも、三段ある噴水の一番上を見上げる。
そこからは、水がそのまま落ちて来るんじゃなくて、花が咲くように広がって噴き上がる。
「……ハナ」
イグル様が、噴水の泉の縁に手をかけた。
「ここって」
その身を乗り出すようにして、中心にある噴水の水しぶきに目を細める。
「泳いじゃ「ダメです」……むぅ」
不満そうな顔をされたけど、倒した身体は起こしてくれた。
「水……綺麗なのに……」
昔は泳ぐ人もいたらしい。
でも、水が汚れて景観が保たれないからって、それは禁止になったのです。
「泳ぐとしても今じゃ寒くね?」
キャロルの疑問、もっともだけど……。
「寒いくらいは、別に、そんなに」
こてん、と頭を横に倒して、呟くように言うイグル様。
泳ぐの好きって言ってたし、初めて会った時も泳いでたしなあ。
精霊様って、寒さに強いのかも。
「イグル様。この噴水の装飾、精霊様なんですよ」
言いながら指し示す。
噴水の塔のレリーフとして、様々な動物の特徴を持った精霊様達が象られている。それは太陽の光と水の反射を受けて、キラキラゆらゆらと、美しく煌めいて見えた。
「これまた力を込めたレリーフでして、……?」
あれ、なんか急に静か?
「……」
横を向けば、噴水に目を向けるイグル様。
まっすぐに向かう視線の先は、噴水の中段の、獅子の姿の精霊様……?
「イグル様?」
「イグル? どうした?」
「……、え、あ、うん」
キャロルに軽く揺さぶられて、はっとしたようにイグル様は私達を見た。
「ん、ちょっと、ぼーっとしてた。……ねぇハナ」
「はい」
「教会とか、こことか、どうして、ぼ──精霊様をかざるの?」
「ああそれは、精霊様が気高く有り難い存在というのもありますが、一番は『英雄様のお話』に登場するからですね」
「英雄様のお話……」
呟くように言った後、こてん、と頭が傾いた。
「って、どんな話?」
へ?
「ほら、ハナ、イグルはさ……」
キャロルのちょっと困ったような顔と、イグル様の“?”が浮かんだ顔を見て、一拍。
「あっそっか」
いけないいけない。イグル様は人じゃなくて、精霊様だ。
精霊様は人にほとんど姿を見せない、幻のような存在。その精霊様であるイグル様は、人のことを知りたくてここまで来たんだ。
要するにイグル様は、この国のことを知らないわけで。英雄様のお話だって、知らなくても不思議じゃない。
「ざっくりお話ししますね。英雄様のお話というのは、この国の神話で語られるものなんです──」
イザフォロイズ建国神話。
それは英雄様ことこの国の初代国王、クリフォード・ギオ・イザフォロイズが、仲間達と共にこの地に赴いた場面から語られることが多い。
神から新天地を目指すよう天啓を受け、母国を離れ旅をしていたクリフォードの一行。彼らはある山の麓で、人と獣の両方の姿を持った者達──精霊様と出会う。
『我らはもとは山の向こうに暮らしていた。しかし恐ろしい怪物がその地を荒らし、我らの住める土地ではなくなってしまった』
精霊様は怪物を倒してくれるなら、そのための力を与えよう、と言った。
クリフォードはそれに頷き、彼らは人智を越えた力を与えられた。
クリフォード達は精霊様の案内のもと、山を越え、草木が立ち枯れる荒れ果てた地へとたどり着く。
そこには禍々しい気を放つ、見るもおぞましい怪物がいた。
怪物との戦いは長く続いたが、クリフォード達は見事勝利を収める。
精霊様達は喜び、クリフォード達へ感謝の言葉と共に、穢れを浄め命溢れる豊かな土地へと戻ったその大地を差し出した。
『我らが英雄よ。あなた方は我らの命と、この大地を救った。どうかここに住まわれよ』
「──てゆーよーなことで、クリフォード王達はここに国を作ったんですね」
本当にざっくり語ったけど、ちゃんと要所は押さえてある。
細かい部分だとどんな姿形をした精霊様に出会ったとか、クリフォード一行一人一人が貰った特殊な力とか、怪物にたどり着くまでの道のりとか、怪物の手下の容姿に戦いの場面、怪物との死闘──これがものっすごく細かい! ──とかあるけど、割愛!
「ちなみに、精霊様達は『我らは近く、遠く、あなた方と共にいよう』というお言葉を残されて、緑深い山奥へ消えられたとされているそうです」
「ふーん…………?」
イグル様は頭を傾けて、分かったような、分からないような。そんな顔をする。
「初めて聞いた、そんな話……」
────なら知ってるのかな。
全部は分からなかったけど、そんな言葉が微かに聞き取れた。
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