真昼の月

 それで、その後。


「……なあ」


 イグル様はキャロルに、磨き込まれた木のペンダントを買ってくれた。


「うん」


 そして私にも買ってくれた。お返しに私も買った。


「……これじゃねぇ?」


 まあ、そこは良いとして。


「私もそう思う」


 今は目の前のものだ。

 これまたポル・ヴァレシァ──王都で流行りだというベーグル。

 『真昼の月』という名前に負けず劣らず、何を使ったんだかその生地は白い。

 よく見るベーグルは、みんなもっと茶色が強いのに。


「本当、これは」


 出来たてを運んできたのか、表面からは湯気が揺蕩っていた。

 それに、甘い匂いに混じって、なんだかハーブ系の香りも。


「美味しそう……」

「そうですね……じゃなくて」


 目をきらきらさせている彼のお方は、あの忠告めいた言葉を覚えているのか?


「気をつけて下さいイグル様。アリス婆の言葉を思い出して」


 横から小声で言ってみる。

 こくんと頷かれる。けどそれ以外の反応がない。

 これは、聞いているけど聞いていない……!


「おいイグル、分かってんのか?」


 キャロルも横から忠告してくれる。


「あつあつ焼きたてのベーグルの中に、これまた出来たての特性クリームが入ってるって言うぜ?」


 妙に食欲をそそるような事を言いなさんな。


「おっ、お客さん食ってくかい?」


 他のお客さんの相手をしていた店の人が、素早くこっちに身体を向けた。


「食べる」

「あっちょっ」

「毎度! どれにする?」

「オススメ、みっつ」

「はいよ! じゃあこれだな」


 おおぉぉ……止める間もなく話が進んで、今や私の手の中にベーグルが?!


「はいお金」

「どうも! 気に入ったらまた見つけてくれな!」

「うん。またご縁がありますよう」


 いやー、イグル様もこの挨拶に慣れましたなぁ……


「じゃないですよイグル様! 何買っちゃってんですか?!」


 お店から遠くなった所で声を上げる。


「そうだぞ! どうすんだこれ!」

「? 食べない?」


 そんな無垢な瞳で!


「アリス婆が──」

「白くて丸いものに気をつけろ、でしょ? それはぼくへの忠告だもの」


 ……言われてみれば。


「え? じゃあ、イグルじゃないから俺達は平気ってことか?」


 キョトンと、キャロルが目を丸くする。


「だと思うよ」

「えーと、……でも、イグル様はやっぱりなんかあるんじゃないですか」

「うん、それがなにかなぁって」


 言いながら、ベーグルをぱくり。


「っあ!」


 二人して目を見張る先、むぐむぐとそれを頬張るイグル様は、


「んむ、美味し……」


 言いかけて、動きを止めた。


「イグル様?!」

「ほらやっぱり! ……?!」


 あれ?! 少し涙目になってない?!


「……辛い」

「「からい?!」」


 甘そうな匂いなのに?!


「さいしょは……甘い……けど、後からくる……」

「な、なんだそれ……っ」

「あっキャロル!」


 何故君も食べる?!


「……?! すげぇ」

「えっ」

「これが、王都の味……?」


 さっきのイグル様のように、キャロルの瞳が輝いて。


「……く」


 微妙な顔になってるイグル様と、そんなキャロルを見ていたら。


「私だって……!」


 食べたくなるじゃないですか!


「……!」


 ホントだ。

 はぐっとすると、もちっとした生地の間の甘いクリームが舌に乗って。生地もほのかに甘いかと思いきや、噛んでいくうちに奥から、辛味が来る。

 けど。


「この味、好きかも……」

「えっ」

「分かる! 面白いよな!」


 びっくりしたイグル様をとっこして、キャロルが跳ねそうにそう言って。


「これなんの辛さかなぁ?! クリームとのバランスが絶妙でさ! ウチでもやりてぇなぁ!」


 これが金の麦の穂キャロルの家のパン屋で食べられたら……。


「良いなぁ。是非とも頑張ってほしい」

「おう!」

「が、頑張らなくていい……」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る