ある山小屋にて

「逃げられた?」


 ある山の中腹、そこに建てられた小屋。


「大の男五人が? たった一人の娘に?」


 そこから厳しい、しかし美しい声が聞こえた。


「だけどよ、クスリは効かねえわ馬鹿力だわで、聞いてた話と全然違うじゃねえか!」


 上から降る声と対する五人の男達。そのリーダーらしき人物がそう訴えた。


「用心に用心を重ねろと、私は言ったが?」


 それを聞いた男達はぽかんとして、一気に顔を紅潮させた。


「そんなんで分かるか!」

「てめえ、身分が高えからっていい気になんなよ?!」

「俺らに受けさせた仕事だ! どうせ、てめえも後ろ暗いモンがあんだろ?!」


 その言葉に、ではなくその騒音こえに、対する依頼主は眉をひそめた。


「なんだあ? 俺らとは話もしたくねえってか?」

「そのお綺麗な顔を一発ぶん殴ってやろうか」

「いいねえ。その高そうな服の下は一体どうなってんだか、気になってたんだよ」


 今度こそその言葉に、盛大に眉間に皺を寄せた。五人がゆっくり立ち上がる。


「叩くのは全員で、だがヤるのは俺が最初だ」


 全員、依頼主より背が高く大柄。

 しかし依頼主は、ただその光景を眺めているだけ。


「そりゃ、そうだけど……あんまりやりすぎないで下さいよ。前の時、ボロ雑巾みたいにしちまったことあったでしょう」

「あー……ま、気を付けるわ」


 得物を持ち、依頼主を囲むように五人は広がる。


「おー怖いか? 今更俺らが恐ろしくて動けねえってか?」

「いつもそうなら、もちっと可愛げがあったんだがなあ?」


 完全に囲み、一歩足を踏み出す。


「あんまり痛くしねぇからよお!」


 一斉に攻撃を繰り出し、


「……あ?」


 その動きを止めた。

 振りかぶった剣も、斧も何もかも。その均整のとれた細い身体には届いていない。

 それどころか、得物が手にない。いや、「手ごと」得物がなくなっている。


「は、あ、あああ?!」

「うあ、うああ! 俺の腕ぇ?!」


 手首から流れる鮮血をひたすらに眺める者。転げ回る者。ほんの少し頭が回って、どうにか止血を試みる者。

 それぞれ五人分の新鮮な染料で、部屋中がその色に染まっていく。


「馬鹿なのは承知の上だったが、ここまでだったのは想定外だったな。私もまだまだだ」


 質の良い旅装に返り血はなく、依頼主は呆れ声を出した。


「金は前払いだったから問題ないな。では、用が済んだので私は帰らせて貰う」


 そして何事もなかったように、出入りの戸に足を向ける。


「て、めえ、余裕こいてんじゃ、ねえぞ……」


 リーダーが、低くそう言ってにじり寄る。

 床に落ちていた剣を自分の手ごと拾い上げ、無事な方の手で構え直す。


「こっちも、意地ってもんがある。何が何でも一発、いれ、て……や……?」


 溜息を吐きながら、依頼主が振り返る。その美しい顔と景色が歪み、重なった。


「は? ぁ……ど、く……?」


 なんとか回る舌で、リーダーの男はそれだけ言うと、


「察しが良いじゃあないか。その通りだ」


 ふらつき、前のめりに倒れ込む。他の者達も同様に倒れ、泡を吹き始めている者もいた。


「もういいか?」


 呆れ声が反響する。怒気の篭もる眼で、リーダーは依頼主を睨み上げた。もう声さえ、出せなくなっている。


「では、帰らせて貰う。お前達の魂が父の元に……行けるかは分からんが、それなりに安らかである事を、覚えている間は祈っておこう」


 そして戸を開け、外に出て。いつもするように丁寧に閉めた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る