精霊様の酒

 ああ、ああ、大変な事になってる!


「なんだこりゃあ?! いつもと全然違うぞ?!」

「旨い! それに力が湧いてくる!」

「なんだお前さん、そういう奇術師か?!」


 食堂の方から聞こえる声。さっきからみんな興奮して、賞賛して、半分お祭り騒ぎになってるっぽい。


「そんなのじゃないよ。美味しい方が良いでしょ? そうしてるだけ」


 その中心に、イグル様がいる。


「お前、すぐ潰れるかと思ったが」

「逆に全員潰しちまって、その上俺達は旨い酒が飲める!」


 ちらちら覗きながら仕事をしていて、なんとなく把握したこと。


「こんな面白え見せモンはなかなかねえよ!」


 あの後もイグル様目当てのお客さんが沢山来たこと。


「別に見せてるわけじゃないけど」


 そこからまず一グループ、相席になろうと声をかけた、みたい。これは休憩中のことで、直に見てない。


「お? 今度は何呑んでんだい?」


 お酒を呑みたがっていたイグル様。その人達は奢ると言って、イグル様を潰そうとした。あわよくばお持ち帰りしたかったようで。


「んー? すっきりするやつ。呑む?」


 けれど、失敗した。

 いくら呑んでも顔色も変えないイグル様に、もうこれ以上はと音を上げた。そしてすごすごと、結構な酒代を払って帰って行った。

 この、帰ったあたりから、私はこっちに戻って。


「おお! また別のやつか!」


 それを見ていた人達が、面白がって次々に飲み勝負を挑み始める。そして、見事に負けていく。


「俺にもくれ!」


 イグル様は平気な顔。しかもただ呑むのに飽きたのか、途中からお酒を色々混ぜ出し。


「うん、これ。どうぞ」


 周りにも振る舞い始めた。しかもそれが、すこぶる美味しい、んだろうな。あの感じは。


「おおお! 胸焼けが抜けた! 酒なのに!」


 そのあたりからはもう、お祭り状態。酒飲み達がイグル様を囲んで、飲んだくれたりはやし立てたり。


「爽やかだ……! まるで神聖な森から湧き出る、泉の水を飲んだような……!」


 もう、日暮れ時だからと思いたいけど……女性客がその騒ぎで、ほとんど帰ってしまった……。


「何言ってんだ、そんな大層なもんになるワケ……うめええ!!」


 変わりに男性客が増えていく。常連さんも増えていく。いっぱい呑めて嬉しいのか、色んな人と話せて楽しいのか、イグル様はにっこにこ。


「しっかしなんでだろうなあ? 俺がやっても同じようにはならねえし……」


 クレアさんに言われて、イグル様は隅の方へ移動しているけれど。その集まりはまだまだ膨らんでいく。


「そりゃお前が下手だからだろ!」


 どうしようこれ。ほんとどうしよう。

 夜は呑み屋の色が強くなるったって、これはやりすぎでしょ?!


「いやあ、こりゃ、精霊様の話を思い出すねえ」


 ひえ。


「なに? それ?」


 聞かないでイグル様。自ら危険に飛び込まないでぇ……。


「おや知らんのか。最近の若いのは……まあ、精霊様の手に取る酒は、不思議な力を帯びるってな」


 イグル様の手が止まったのか、騒ぎが少し収まった。でも。


「病の赤ん坊に、そこらにある酒で薬酒を作った話。逆に悪徳領主の酒蔵の酒を、どうやったんだかぜぇんぶ不味くしてやった話とかな」


 イグル様せいれいさまに精霊様の話して大丈夫なんだろか……。


「……へえー」


 イグル様のその声は。興味を持った、というよりどこか思い当たるものがありそうな……。


「他にも──「今はそれより酒だ酒!」」


「今まで呑んだこともねえような、そんなんは出来ないか?!」


 そのリクエストに、また皆さんヒートアップ。


「どんなのが良いの?」

「なんか、こうなぁあ? バシッと頭を突き抜けるような……」


 危なそうなんだけど。とっても危なそうなんだけど。


「分かった」


 イグル様大丈夫?! 物理的にバシッとするやつ作ったりしないよね?!


「んー……じゃあこれとこれ、とこれ。あ、あとこれも」


 怖い、気になる。

 戻ってきた食器を取りながら、そっちをちらっと見る。


「はい」

「もう出来たのか?!」


 人だかりで全然見えません……。諦めて戻ります……。


「また、よくあるやつを使ったな。それで本当に」

「ふぉごおお?!」


 ひめ……?!


「突き抜けた……俺ぁ今、天まで行った……」


 悲鳴じゃなかった。良かった。いや良くはない。


「お、俺も良いか?」

「おれも!」

「うん、どうぞ」


 次々に衝撃と感嘆の声が上がる。うわあ……また盛り上がってきた……。


「……ハナ! 上がりだよ!」

「ふぇ?!」


 ベティが厨房なかに入って来た。


「私も一緒に行けってさ。『イグル様』は母さんが連れてくるって」

「え、あ! はい! 了解です!」


 みんなが集まったんだ。……私のことは良いとして、イグル様のこと、どう話そう……。



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