じーちゃん

 顔が分かるくらいの距離で軽く挨拶。そのまま何事もなくすれ違う。


「……ハナ」

「はい?」

「外していい?」


 イグル様がフードの端をつまむ。

 ……うん、すれ違った人達も見えなくなったし。


「いいですよ」


 バサリとフードを取り、頭を振る。あー髪の毛がきらきらしてるー。


「ハナは、よくこういうことするの?」

「こう?」


 とは?私もフードを外して、聞き返す。


「旅?」

「ああ。いえ、したことないです。ヴリコードの街から出たこともなかったので」

「そうなの?」


 イグル様の首が傾ぐ。


「色々知ってるのに」

「じーちゃんに教わったんです」

「じーちゃん?」

「あ、私の育ての親なんですけど。昔、お偉いさんにものを教えてたらしくて。沢山のことを知っていて、色んなことを教わりました」


 こんな風に役立つとは思わなかったけど。人生何があるか分からないなぁ。


「ふぅん。……ぼくにも教えてくれるかな」

「あー……じーちゃん、前の秋に亡くなりまして」


 イグル様の、大きくて形の良い眼が、少し見開かれた。


「…………そっか、ごめん」


 そしてそれを伏せる。


「あ、いえいえ。気にしないで下さい」


 ああ、やっぱり気を使わせるな。こういう話は。


「でももしイグル様と会えてたら、じーちゃんきっと色々教えてたと思いますよ。街での仕事も先生でしたから」

「そう……ハナは街で、何してるの」

「食堂で働いてます」


 主に裏方で。


「そこメニューはもちろん、賄いが美味しいんですよねえ」


 また働けるかな。もう別の人が入っちゃってるかな。


「イグル様はヴリコード着いたら、何したいですか?」


 イグル様はゆっくり、空を見上げる。


「……なんだろ」

「何かあって、街に行くという訳では……?」

「何か……ウィルジーってどういう生き物かなってずっと、思ってて」


 ウィル……あ、人のことだっけ。


「でもあんまり近寄ると怒られるから、いつも遠くからしか見れなかったんだよね」


 怒られ……?


「でもハナはあそこに来た。あとで分かった。みんながハナを迎えたんだって」

「みんな? 私を?」

「だから今なら、ぼくも行っていいのかなって。だから……んー……」


 上向きながらまっすぐ歩けるの、器用じゃない?


「ウィルジーのことが知りたい。あと、ハナのこと知りたい」

「……つまり、人の暮らしぶりを知りたいってことですか?」

「そう……そんな感じ? うん」


 顔を前に向けたイグル様は、こくりと頷く。


「はーそれなら、ヴリコードはちょうど良いかも知れませんね」

「そうなの?」



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