走っていかない?

「これからのやることが出来ましたね、イグル様」

「うん」


 野兎と宿り木をあとにして、リベスを出て。

 踏み固められた広めの道を行く。


「それにしても、私まであんなに好かれてたなんて」


 イグル様だけじゃなく私も、また出掛けに力いっぱい抱きつかれたし。


「ハナはみんな好きだよ」

「みんな」

「この辺りのみんなも、とっても分かり難いけどそういってる」


 この辺り。左右は林で道の手前も向こうも誰もいない。


「……そうなんですかー」


 またあれか、精霊様のお力か。


「ハナ、この道をずっと行けばいいの?」

「そうです。このまま、この広い道を三、四日歩けばヴリコードに着きます」

「ふーん……走っていかない?」

「えっ」


 あの、山を下りた時みたいに?


「早く着くでしょ?」

「いや、まあ……」


 着くでしょうけど。でしょうけどあれをまたやるのか……。


「……あ、途中で誰かと会うかもしれませんよ。そしたら精霊様だってバレちゃいます」


 普通の人はあんな走り方はしないし。


「その前に止まる。バレない」

「うーん……」


 ん? イグル様、なんかウズウズしてる?

 もしかして。


「イグル様、単純に走りたいんですか?」

「……そうとも、いう」


 ちょっと視線を逸らさないで下さい。


「んー、それじゃ、少しだけなら」

「!」

「でも、砂粒ほどでも人が見えたらおしまいですよ。いいですか?」

「うん、いい。じゃ、いこう」

「は、わ!」


 一気に景色が後ろに!


「風、気持ちいいね」

「そうですね?!」


 背負ってる荷物が揺れる! うわこれ、肩紐千切れないかな?!


「この格好でも、けっこう走れるなぁ」

「えっ危ないならやめて下さい?!」

「ううん、大丈夫」


 不穏!




「あ、いる」

「え?!」


 ちょ、今速度が!


「っと」

「ほおうっ!」


 腰を掴まれ足が浮く。イグル様を軸に、視界がぐるっと横移動。


「おおぉ……」


 そしてふわっと着地する。ダンスでもするように回されて勢いを殺された……。


「……りがとうございます……」

「ん」


 腰の手を解き、イグル様は道の先に目を向ける。


「イグル様には、もう見えてるんですか?」


 道は曲がって、先は見通せない。


「ハナは見えない?」

「全然」

「そう。……足音も、声も、だいぶ近いけど」


 精霊様は目も耳も、人より性能がいい。と、じーちゃんが言っていた。


「教えて下さってありがとうございます。それじゃ、ここからは歩きましょう」

「うん」

「あ、フード被って下さいね」


 ちょっとでも目立たないように。陽も風もあるから、被ってても変じゃないし。


「……あ」


 少しして、道の向こうから三人、歩いてくるのが見えた。



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