夜明け前の

「……イグル、様」


 浮かび上がるように立つ、その姿。ピンとした耳は揺れるように動き、後ろの尻尾の毛は、髪と共に風になびいて。


「……って?! 出てますよ?! あの、この……!」


 耳と尻尾が、なんて直接的に言うと危ない。気がしたけどそのせいで上手く口が回らない。


「うん。疲れたから、休憩してる」

「休憩?!」


 変身……変身でいいのか?! まあいいや、それを?!


「誰かに見られたら……!」

「だいじょうぶ。気をつけたから」

「そ、そうですか……? ってなぜここに?!」


 今夜明け前ですよ?! ジャックさんは?!


「行くって、いったよ?」


 イグル様は不思議そうに、こてんと首を傾げた。聞きましたけど!


「早すぎます! ジャックさんはどうしたんですか?!」

「んー? ちゃんと、ハナのとこに戻るって言ってきたよ?」

「……え? 起きてたんですか?」

「うん。今から寝るって言ってた」


 ジャックさん……また仕事に熱が入ったんだな……。仕立て屋おみせを開けるのがお昼になりそうだ……。


「はあ……身体に悪いのに……」

「ハナは、どこ行くつもりだったの?」


 イグル様が一歩近付き、私の手元を覗き込む。


「ああ……えーと。じーちゃんのところへ、無事を知らせに行こうかなーと」


 お手製、なんて言うほどのものじゃないけど。作ったばかりの小さな花束を持ち、揺らす。


「そう……いい子たちだね」


 イグル様はそっと、その花束に手をかざした。


「なので、待っていて下さい。ちゃっと行ってぱっとやって戻ってきますので」

「ぼくも、行っていい?」


 イグル様は顔を上げ、まっすぐに私を見た。本当に、まっすぐに。


「っ! ……いえ、でもまだ早いし眠いんじゃ……」

「だいじょうぶ。ハナのじーちゃん、に会いに行きたい」


 そう言って。そっと両手で、私の手の上から重ねるように花束を持った。


「ぼくはハナとここまで来たんだもの。ご挨拶、しなくちゃ」


 柔らかく、微笑んで。けれどその眼は真剣で。


「……行っても特に、面白みはありませんよ?」

「うん」

「本当に、じーちゃんの墓参りだけして帰るんですよ」

「うん」


 なんだろうね。胸の奥がじんわりする。嬉しいのかな、これって。


「……分かりました。一緒に行きましょうか」

「うん、行く」


 なんでそんなこと、ていうのは……イグル様だから、が正解なのかなぁ。



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