アリス婆

 茶色と紫に細かく染め分けられて、金色の紐で縁取られたテント。

 薄緑の透ける布を左に払って、


「アリス婆、お久しぶりですー」


 目線を下に移す。


「おやまぁ、覚えのある音だと思ったら」


 そこには、ゴッテゴテに装飾されたショールを頭からかぶったおばあさん。

 厚手の織物を何枚も重ねて作られた床に座って、ゆっくりこっちを見上げてくる。


「ハナに」


 私を見て、


「キャロルに」


 キャロルを見て、


「……これは」


 イグル様を向いた顔が止まった。


「なんとも、不思議な方だ」


 アリス婆?


「……何を視て欲しいのかね?」


 アリス婆が、にっこり笑う。


「……どんなのがあるの?」


 イグル様も、にっこり笑った。……なんか、怖いんですが?



 アリス婆は、結構長くここで占いをやってるけど、奥に店を持とうとしない。前に訳を聞いたら『風通しのいいこっちの方が好きなのさ』って。

 でも店の風通しは悪いよねって言いいかけて、なんか怖くて止めた。笑顔が、なんか。


「で、外側によく居るからすぐ会えるし、占いも当たるし、有名人なんです」

「それと店出してない時も、ふらっと近所で占いしてる。勝手に占われる」


 うん。子供は皆、一回は遭う。そういう意味でも顔が広い。……これ広いって言う?


「ま、その辺は置いとこうかねぇ」


 置いとかれた。


「しても、こんな面白いお客は久方ぶりだねぇ。ハナの無事が霞んじまう」


 あんまり霞ませないで。気持ちは分かるけど。


「ぼく、面白い?」


 アリス婆の前に座ったイグル様が、首を傾げる。私とキャロルは両隣。


「ああ、面白いね。視えにくし聞こえも遠いし」


 手元に寄せたランタンで、幾つか転がした石や種の陰が伸びる。


「まるであんたを守るようだ」


 ……イグル様を? 守る? ……それって。


「何が守ってんの?」

「なんだと思うね? キャロル」


 あ、疑問だらけだったキャロルの顔が、さらにぎゅっと寄った。


「イグルさんや。あんた」


 ゆっくり上がった、目尻の皺が深くなる。


「それに、気付いてるね?」

「え?!」

「ハナとの縁も見えるが」

「は?!」


 キャロルばっかり驚いてるけど、いいんだろか。


「キャロル。私はほら、助けてもらったから」


 命の恩人……恩精霊様? だしね。縁くらい出来ますって。


「あ、そっか……」

「それだけじゃないねぇ」


 あれぇ?


「おいハナ」

「……さすがアリス婆!」

「ふっふふ、適当に持ち上げるんじゃないよ」


 やっは、ごめんなさい。


「……あなたは」


 そこに、イグル様の声が、染みるように耳に届いた。


「あなたの周りは、ずっと、こうだったの?」



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