タクシャーラの市場

「……いっぱい」


 その呟きも、喧騒に混ざってかき消える。


「ものも、においも、おとも……こえも」


 イグル様の目はキラッキラ。身体は前のめり。露店に出店、少し遠目の客引きの声にも、顔や足が向きかける。


「はい。ここ、タクシャーラ広場はヴリコードで一番活気のある市場ですからね!」


 着く前に手を繋いでいてよかった。そうじゃなかったら、ふらふらすたこら行っちゃって迷われてたよ。今も行きかけてるし。


「なあ。今更だけど、動きにくくねえ?」


 イグル様に身を寄せるようにしてくれてるキャロルが、右手を振って言うけど。


「いやー……安全を考えてみたらこの形に辿り着いたというか」


 イグル様を真ん中に、私はその右手を握ってる。キャロルには左側で、鞄の革紐を掴んでもらって。


「……ん、…………だいじょうぶ……」


 その返しに、キャロルはちょっと不安そう。でも精霊様だし、ふわふわしてそうで足取り自体はしっかりしてるんだよねぇ。


「さてイグル様、今ここは浅い方ですが」


 このタクシャーラ広場──もとい市場は、ヴリコードで一番古い市場なんだそうな。

 小規模ないちが、街が発展するに合わせ人の出入りが増え、店が増え……。網の目というより、こんがらがった糸みたいな道を作りながら、形成された。


「まずは、このまま外を周りましょう」


 それに沿うように、広場の外回りの形はカクカクしてる。そして混沌としてるといっても、並びは完全に無秩序ってワケじゃない。


「? ……奥の方が、面白いんじゃないの?」


 大きく見るとひしゃげた鍋みたいなタクシャーラ。

 その奥、中心に向かえば向かうほど──古かったり、結構な商人御用達だったり、価格も希少性も爆上がりな品を扱ったり、そんな店が多くなる。


「そういう面もありますけど」


 一見さんお断りもあるとか。市場なのに。


「でも外側にも、珍しい品は沢山ありますよ。タクシャーラここは庶民も旅人もごった煮の『交易の場』ですから」


「そうだぞ、慣れてない奴は奥に行っても迷うだけだしな」


 そう、絶対迷う。

 ただでさえ見通しが効かなくて、細々した店だらけのタクシャーラ。店の位置も一定してないし、朝と昼で場所を入れ替える、なんてところも多い。


「ふぅん……」


 それに、人が多いだけに、スリや喧嘩沙汰も頻繁に起こる。楽しくてワクワクする所でもあるけど、なるべくなら外側で。


「別に……ぁ」


 人の目のある場所で、イグル様の安全を確保したい。……とぉ?


「ハナ」


 イグル様の足が止まる。


「あそこ、なんの…………みせ?」


 あそこ、と言われた左の方。視線の先は少し遠くを見てる。

 そこには、小さいけど背の高い、テントのような形に張られた布があった。


「あ、お店ですよ」


 地べたに敷物のところとか、屋台みたいな露店が多いこの辺りだと、目立つよね。三角。


「アリス婆、今日はここにしたのか」

「……ありすばあ……」


 左右に細く開いた入り口は、内側からの薄布で中が覗けない。

 けど奥のぼんやりと灯った明かりが、神秘的な雰囲気を醸し出す……んだとかなんとか。


「占いのお店です。楽しいですよ。入ってみます?」

「はいる」



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