やっと一息

 始めにほんの少しかじって、


「……おいしい」


 次の瞬間それを口いっぱいに頬張った。


「良かったです」


 ベニエはイグル様の口にあったみたい。もぐもぐして、なんだかリスみたいだ。


「金の麦の穂の、あ、そのベニエのお店の名前なんですけど」

「んむ?」

「パン屋さんなんです。お祭りの時はああいう出店をしてて」


 全部の部屋の空気を入れ替えて、やっとこさ一息。


「いつもは街のパン屋さん。どれもおいしーんですよ! それでいてお値段も手頃で」


 パパッと淹れたお茶とベニエで休憩。

 うん、お茶もちゃんと美味しい。「素早く、けれど丁寧に」は染み付いていているのだ。


「ここは活気のある街だからどこもクオリティが高いらしいんですがああ?!」


 あああそうだった!


「?!」

「あ、いえ、すみません。唐突に思い出したことが」


 ああああ食堂! お仕事! 帰って来れたんだから顔出さなきゃ!


「……む、……ん、何思い出したの」

「ちょっと仕事の……イグル様すみません。寄らなきゃいけない所が出来てしまいました」


 首をこてっと傾げるイグル様。


「だからすぐに観光が出来そうにありません」


 うーどうしよ。もう気にしないで一人で見てもらう? 誰かに頼む?


「ハナの行くところには、一緒に行けないの?」

「行くのは大衆食堂なので、あまり観光には適さない、かなー……?」


 映えるものがある訳じゃない。わいわい楽しい場所だけど。


「ふうん……逆に面白そう」


 イグル様は顎に長い指を添わせて、淡く笑む。


「ついてきたい」

「……んー……」


 にこにこと、私の顔を眺める。考えを変える気はなさそうだなぁ。


「裏での話になると思うし、どれだけ待つか分かりませんよ?」

「いいよ?」

「……じゃあ、一緒に行きましょうか」

「うん」


 にこにこ、に、わくわく、が加わった気がした。




「失礼します! ハナです!」


 ドンドンッ! と力を込めて、裏口の戸を叩く。

 祭り前のせいで、昼をだいぶ過ぎた今も、食堂「マーガレット」は人でいっぱい。


「ハナです! 無断でお休みしてすみませんでした! 開けていいですか!!」


 腹の底から声を出す。これくらい大声じゃなきゃ聞き取ってもらえない。


「マシューさん! アランさん! エルマー! クレアさん……と、ベティは出てるかな?!」


 イグル様と店の前で別れた時、料理を運んでるベティが見えた。


「ほんと! とても忙しい時間帯に申し訳ありませんがわあ?!」


 勢い良く開いた扉を、すんででかわす。


「うるっせえ! 戸が壊れんだろうが! 怪力は一人でじゅう……ぶん……」


 しかめっ面で出てきたのは、背の高い青年。


「エルマー! 久しぶり! ご無沙汰してます! 私の働き口まだある?!」

「……」

「エルマー?」


 動かない。目の前で手を振ってみる。


「……?」


 あ、まばたきした。目があった。


「は、うわああ?!」


 戸を閉められた。


「え?! ちょっエルマー?!」



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