朝ご飯

「やっぱり、そっちの方が楽なんですか?」

「んー……慣れてない、から? ちょっと、あれ」


 家に着いたら、イグル様はブーツを脱いで脚を戻した。

 足の指は、円形に近い蹄一つだけに。骨格も筋肉の形も変わる。そして肌は少し長めの、金にも白にも見える艶やかな毛に覆われて。


「歩きにくい。まだ、少し」

「そうだったんですか」


 そのまま流れで耳と尻尾も出して、イグル様は伸びをした。


「んぅー……」


 なんだかんだ、お疲れのようだな。


「ご飯作っちゃいますから、座って待ってて下さい」


 初めての旅、初めての場所。

 昨日は会ったばっかりのジャックさんひとの家で寝たんだし。少しでも休んでほしい。


「ん? んー……ごはん、なに?」

「え? ……簡単に、バゲットでサンドイッチかなーとか考えてました」


 まだ生きている食材を使わないと。


「ぼくにも出来そう?」

「え、作るんですか? ……休まなくて、大丈夫ですか?」

「いけそう」


 手を何回か握ったあと、イグル様は口をきゅっと小さくして、


「……待ってるだけは、なんかやだ」

「……分かりました。それなら、庭からクレソンとか……クレソン分かります?」


 精霊様達は、クレソンをクレソンと呼ぶのかどうか。


「聞く、だいじょぶ」


 聞く。


「じゃ、聞いて、その辺りのを両手一束くらい穫ってきてくれますか?」

「わかった」


 頷くイグル様に、棚から出した浅いかごを渡す。


「穫ったらこれに入れて、持ってきて下さい……あ」

「?」


 今、イグル様の見た目は完全に精霊様。


「……人に、見られないようにして下さいね?」


 また戻させるのは酷かな。やっと少しほっと出来てるみたいだし。


「あぁ、うん。わかった」


 流れるような毛足の尻尾を一振り、そしてこくりと頷いて。イグル様は籠を手に、庭へ出て行った。


「さて」


 水も、庭仕事の前に汲んできたし。


「こっちもちゃちゃっと準備しますか」




「ハナ! いるかハナ!」

「んむぐ?! ……っ!」


 乱暴に叩かれた玄関の扉は少し悲鳴を上げ、私は驚いてむせかけた。

 今度はなんだ朝ご飯時に?!


「……キャロル?」


 目の前に座るイグル様がぽつりとこぼす。


「え?! キャロル?!」

「あっ聞こえてんだな?!」


 そんな声が響いて、扉を叩く音が止む。


「……大人しく出てこい! お前らは包囲されている!」

「どこで覚えたそんな言葉!」


 思わず叫び返した。



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