ウィルジーと、フィス・リスタリカ

「全っ然、分かってる気がしない……!」

「キャロル」

「ぅわあ?! 突然来んな!」


 のけぞるキャロルに、イグル様は耳を揺らして少し遠ざかる。


「……こんな感じ?」


 そしてゆっくり近づいた。


「そういうことじゃねえよ!」

「そっか……」


 イグル様は目を伏せ、その耳も倒れる。見事にしょぼくれた。


「……キャロル?」


 それを見ていた私は、促すようにキャロルへ視線を向ける。


「う……」


 ちょっと口をもごつかせて、キャロルはぼそっと言った。


「……悪かったよ……なんだよ」


 イグル様はこっちを伺うように少し顔を上げ、


「……ぼくは」


 キャロルを見て、私を見る。


「ハナに何かしようとか、考えてない。だから、一緒にいさせて……?」

「っ……?!」


 キャロルが息を呑む。私もちょっと背筋が伸びた。

 その美しい顔が、煌めきが。とても寂しそうに見えて。


「な、ぅ……ぐ……」

「キャ、キャロル。イグル様は、イタズラするような精霊様ほうじゃないから。ほら」


 時々こういう雰囲気出すけど。心臓に悪いけど!


「私達の、人の生活を知りたいだけなんだって。だから、内緒にしといて? ……お願い!」


 ヴリコードが混乱に陥るから!


「……昨日も、父さんからちらっと聞いたけど……俺らの生活ってなんだよ……?」

「そのままだよ? ウィルジーってどんな生き物かなって、思ってたから」


 イグル様が、頭をこてんと横に倒す。そのまっすぐな髪が、さらりと落ちる。


「ウィルジーってなんだよ……」

「精霊様は、人のことをウィルジーって呼んでるんだって」


 私の言葉に、イグル様はこくりと頷く。


「君たちが『精霊様』って呼んでるのとおんなじ。僕らは、フィス・リスタリカって言うんだよ」


 へえ……ん? なんか聞き覚えあるような……? 前にどっかで聞いたっけ?


「なんでハナがいいんだよ……」

「ハナといると、楽しいから」

「……」


 キャロルは、まっすぐイグル様を見つめ、


「……」


 イグル様も、まっすぐに見返す。


「……あの? お二人とも……?」

「……じゃあ、俺も」

「は」

「俺も一緒に行く! それが黙っとく条件!」

「ええ?!」


 何を言い出す?!


「このイグル……様?! に街を案内するんだろ?!」

「え?! ……あ、うん。そうだけど」


 昨日説明して、「マーガレット」のお休みは貰えたし。有り難い。


「様いらないよ、キャロル」

「じゃあイグル! 俺も一緒に行っていいな?!」

「うん、三人で行くんだね」


 いやイグル様。嬉しそうに尻尾を揺らさないで下さい。


「キャロル。キャロルはお店があるでしょ? 勝手にここで決められないよ」


 それにそろそろ、キャロルを帰さなきゃ。クレイグさん達が心配しちゃう。


「じゃ、今から話つけてくる。それならいいだろ!」

「まあ良いって言われたら良いけど……あっキャロル!」

「ちゃんと話してくるから! 先行くなよ?!」


 ああああ……止める間もなく出て行ってしまった……。こういう動きは、素早いんだよなぁ。


「ハナと、キャロルと、ぼくの三人」


 イグル様は歌うように言って、柔らかい笑顔をこっちに向ける。


「楽しみ」

「……そ、ですね……」


 じーちゃん。この笑顔を見ると、他がどーでも良くなるよ……。



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