宿決め

「要注意人物……だけど、ハナの恩人であることは確か」


 階段を下りながら、ベティが呟くように言う。


「まあなあ、悪人じゃあないしなあ」


 それに続けて、困ったようなクレイグさんの声。


「キャロルが落ち込む……」「エルマーが寝込む、か?」


 二人同時に話されても。何言ってるかわからないよ。


「あれ? そういえばイグル君の宿は、もう決まってるの?」

「あ!」「やど」


 ジャックさんに言われるまで、すっかり忘れてた! どうしよう、こんな時間だともう良いところはほとんど残ってない……。


「ハナの家で、寝るんじゃないの?」

「は?」

「ああ?」

「え」

「まあ」


 ……今なんと?


「イグル様、うちに泊まるつもりだったんですか?」

「ん? うん。あそこ結構、居心地いいよ」

「はあ? ……まさかハナ、家に上げたのか?」

「え? まあ。ほら、ベニエを買った後に。外がどこも空いてなくて、家がどうなってるかも心配だったもんで」


 なんでそんな目を丸くするのクレイグさん。


「お前、この」

「ふぁえ?!」


 へっベティ?! 何故に急に頬をつねるの?!


「そんなんだとほんとにまた攫われるぞ!」

「うぇっおえんなはい……」


 あんまり痛くはないけど、随分つねられて捏ねられて、そしてやっと放された。


「ハナの家、行っちゃだめなの?」


 うわあ、イグル様がしゅんとした。


「えー……と」

「いや駄目だろ」

「危ないわねえ」

「あたしもそう思うよ」

「倣って同じ」


 女性陣は全員ダメ、と。


「俺も反対だ」

「同じく」

「レイさんに顔向け出来ねえ」

「まあ、良いかどうか聞かれたら、良くないって言うよ」


 男性陣も揃ってダメ……。


「そしたら逆に、イグル様の今夜の宿、一緒に探してくれませんか?」

「ダメなの……」


 落ち込んだ声出さないで下さい。


「今まではずっと一緒だったのに……」

「……なんだって?」


 今、イグル様がいらんこと言った。


「旅費の節約で同室にしただけです。リベスからここまでもお金を使わないように小さいテントを買ったから、一緒って感じになっただけです」

「ハナは気持ち「イグル様は少し黙ってて下さい」……むぅ」


 それを見て、ベティが溜め息を吐いた。


「ハナ……変なもん食わされて、操られたりしてないよな?」

「いやいや」

「ハナ……身体は大切にするんだよ」


 ドーラさん、何か勘違いしてませんか。ドーラさんがちゃんと診てくれたんでしょ。


「でも、お宿はどうにかしないとねえ。もう狭い相部屋の宿しか空いてないかしらねえ……?」


 エリアルさんが頬に手を当て、私とイグル様を見る。

 狭い相部屋。ものによるけど、多いと十人くらいが一部屋でそれぞれの簡易ベッドで寝る形。

 相部屋だから仕切はない。そして安いから治安が悪い。スリなんかしょっちゅう起こる。

 そこにイグル様を連れて行くのは……。


「さすがにそれは、気が引けるな」

「こう言っちゃあなんだが、あんたも襲われそうだしなあ」


 みんなして腕組んで考え込む。うーんと頭をひねって──


「あ。僕独り身だから、僕の所泊まれば?」


 ジャックさんがそう言った。



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