英雄様の歌

 ……見えてきた、幌馬車だ!

 それが一台、歌声を乗せてゆっくりとこっちに向かってくる。


「英雄様の歌はイザフォロイズの人ならみんな知ってますし、こういう時に歌うのは、獣避けの呪いまじないでもあるんです」

「ふぅん」



  山を分け入り

  荒れ地を抜けて

  英雄様は進み行く


  彼の者達に

  助けを請われ

  英雄様はその地を目指す


  目指すは魔の地

  もと清らかな地

  呪わしき化け物を討つ為に


  獣は退いて

  頭を垂れて

  英雄様を彼の地へ導く


  さあ道を開けよ

  蔓延る悪を滅する為に

  さあ道を開けよ

  英雄様は我等と共に



 朗々と歌が響く中、御者さんに手を振ると振り返してくれた。

 ゆっくりだった馬車の進みはもっと遅くなり、歌と共に静かに止まる。


「すみません! あの、ここはどの辺りなんでしょう? 山で迷ってしまって、やっと抜けてきたところなんです」

「俺達は、リベスの街へ行くところなんだが……」


 がっしりした体型の御者さんは、難しい顔をして言いよどむ。なんだ?


「あんたら……ワケアリか?」


 は?!


「いや、嬢ちゃんはあれだが……そっちの嬢ちゃん、にーちゃんか? どっかの御貴族様かい?」


 やっば! イグル様をどう説明するとか考えてなかった!

 高貴な見た目に高貴な雰囲気にどっからどう見ても精霊様な特徴のイグル様を、どう……?!


「あ、いや、私が迷ってるところを助けて頂いた方でして……!」

「ぼくはさんぽ」


 なんて?!

 勢い良く後ろのイグル様へと振り返り……えぇ?


「でも、今は街に行きたいから」


 ふさふさの耳がなくなり、代わりに綺麗な形の人の耳が。足も、細身のパンツにブーツになって、蹄じゃなく人の足の形してる。後ろのしっぽの膨らみも消えて……?

 イグル様が、人になってる。


「はぁ、良く分からねえが「おとうさんまだー?」


 この声、歌ってた時の一番高い声。

 首の向きを戻すと、幌の前側の垂れ布の間から、ひょっこりと顔が出た。五歳くらいの女の子が、三つ編みを揺らしてこっちを向いた。


「ぅお、あっ」

「こら、顔を出さない」


 今度は女性の声がして、三つ編みの子はすぐ引っ込んだ。というか引っ込められた?


「きれいなひと! きれいなひとがいたよ!」

「そうだったの。でも今は静かに」

「だってきらっきらだったよ! せいれいさまみたい!」


 正解だよ。

 幌の中から聞こえる声に、御者さんは苦笑した。


「まあ、深くは聞かないよ。悪いやつには見えないしな」


 良い人!


「リベスまでで良ければ乗ってくかい? ちと狭いが」

「良いんですか?! ありがとうございます、助かります!」



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