聖オフェリア教会

 街の中にありながら、その喧騒は遠くで響く。増え始めた観光人と敬虔な地元民を眺め、キャロルは自分の隣へ視線を移す。


「?」


 精霊様。ここでも祀られている存在。あちらこちらへ向いていた顔が、ただ純粋に自分こちらを見た。


「なに?」

「……別に。まだ鳴るまで少しあるから、先に聖堂行くぞ」


 主導権はこちらにあるんだ。怖じ気づいてなるものかと、キャロルは気合いを入れ直した。


「うん。そこも綺麗だって聞いたよ」


 ぐいと引かれた力のままに、イグルはそれについて行く。今度はどんなものが見れるのかと、瞳を煌めかせて。


「……ここでは、静かにするんだ」

「わかった」


 声をひそめたキャロルに倣い、イグルも小さく応える。

 中に入れば、外から見れば高い塔だった聖堂の、その天井は半球状になっていた。


「五階くらいあるんだよ、ここ。どこも天井が高いらしいから、その高さの規模が違うけど」


 見上げるキャロルは、沢山並べられた長椅子のうちの一つに座り、イグルも隣に腰を下ろす。


「上の絵は『天井画』な。……えっと、この辺からぐるっと、英雄様が悪者をやっつける所が描いてある」


 キャロルが指差す先。禍々しい『何か』と相対する者達の、その『何か』の首を取るまでが描かれていた。


「……ふぅん。どれが英雄様?」

「あの青い人。青はな、イザフォロイズこのくにじゃ『英雄様の青』って言うんだ」


 先頭に立つ、青い髪と瞳の青年。禍々しいモノを討つその様は、気高く、美しく。


「英雄様の、あお」

「そ。で、あの女神像な」


 続けて奥の像を示し、キャロルは習った事を思い出しながら説明する。


「えーと、英雄様……初代国王様のご息女? のオフェリア様を象った? もんなの」


 流暢に話していた彼女に負けじと、キャロルは記憶を総動員する。


「オフェリア……ここの、名前」


 白くたおやかなオフェリアそのぞうは瞼を伏せ、足元にひざまずく信者へ微笑みかけるようだった。


「それもその人から取ったってさ。あのステンドグラスの真ん中もおんなじ人。隣が王妃様、英雄様、反対がせぃ……精霊様達」


 僅かに言いよどんで、キャロルはなんとか言い切った。


「? なんで、いるの?」

「は?」

精霊様ぼくたちは、なんでそこにいるの?」


 イグルが、その白い指を真っ直ぐに伸ばす。精霊様と呼ばれた、人と獣の姿を持つ彼らへと。


「んぐ……」


 キャロルは難しい顔をして口を閉じ、少しして目を瞬いた。


「……あれ? イグルは聞いたりしてねえの?」

「なにを?」

「周り……周り? いいや。他の……ぃれい様とかからさ、英雄様の話」


 イグルは思い出すように上を向き、その瞳に、先ほどの青が映る。


「……ない。ウィ、人の話はあまり好まれないもの」

「そうなの? なん……あっやべ」

「?」


 イグルが首を傾げると同時に、鐘の音が響いた。


「!」

「わりぃ、長話しちゃったから。……一応、ここでも良く聴こえる設計に、なってるらしいけど」

「……うん。良く聴こえるよ」


 頭をかくキャロルに応え、イグルはその『音』に目を細めた。


「一生懸命、だれかのために創ったんだね」

「ん? 何が?」

「この、鐘。そのだれかへの愛が、いっぱいに込められてる」


 きょとんとしたキャロルの目が、徐々に大きくなってゆく。


「……そんなの、分かんの?」

「? うん。キャロルは聞こえない?」

「……ただのキレイな音だけど」


 耳を澄ませても、いつもの鐘の音と違わない。


「んー……多分、気付いてないだけで、聞こえてるよ」

「そっか?」

「うん。キャロルにも、ハナにも。みんなにも。……いいなぁ」


 その声は、何かを愛おしむように。そして、どこか淋しげに。



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