第20話 二度目の魔族に向く視線

 スグラ町に来てから六日が経った。


 初日は初冒険者ギルド、二日目は初ダンジョン、三日目は初休息日、四日目はダンジョン、五日目は休息日を繰り返して、今日もダンジョンでの狩りを終えた。


 当面の目標というのは、子供達のレベリング――――つまり、レベル上げのためもあるけど、一番の目標である【忌み子】とは何かを調べることも忘れていない。


 それもあり、冒険者ギルドに来たときは、色々聞き取り調査を行ってはいるが、有効な手掛かりは何一つ掴めていない。


 ――――代わりに、一つ気になることがある。


 俺達がギルド内にいると、どことなく冷たい・・・視線を感じる。


 そして、その理由というのは――――


「おい、魔族のガキだぞ」


「あの帽子、魔族らしいぞ」


 隠す気なんてないかのように、普通の声量のまま話す冒険者達。


 ダンジョンで闇魔法・・・を使っているレイラを見て、魔族だと気付いたそうだ。


「お帰りなさい。アラタさん」


「どうも」


 運がいいのか、いつも同じ受付嬢が当たる。狙ってるわけじゃないけど、待っていると毎回順番が彼女になるのだ。最近顔見知り程度になって、子供達が俺を呼ぶ声で名前を知ったらしい。


「前回買い取らせて頂きました【スケルトンの核】ですが、依頼の分があったので、追加で二十万ルクを支払いします」


「そんなに依頼が入ってたんですか?」


「ええ。とある方が大量に欲しがっていて、もっと買いたいと伝えてほしいそうです」


「なるほど。分かりました。ただいつまでここにいるかは分かりませんので……」


「もちろんです。ギルドは決して強制しませんから。ただ需要あるお仕事を伝えるだけですよ?」


 営業スマイル上手というかなんというか。


「それより……最近アラタさん達をあまりよく思わない人が目立ってます。ギルドとしてはギルド内で起きるいざこざは仲裁できますが、外の件までは守り切ることは難しいです」


「ええ。最近痛いほど感じてます」


 隣のレイラが帽子を深く被り直した。けれど、それが余計に角の形・・・を見せることになる。


「取り敢えず、今日の分、お願いします」


 いつもの素材を売って、報酬と買取金を受け取って、足早にギルドを後にした。




「なあ、レイラ。串焼き買いに行こうぜ」


「やだ……帰る……」


 いつも大人びた彼女だからこそ、現状が誰よりも辛いんだ。何とかしてやりたいが、安っぽい言葉しか見当たらない。


 それでも何も言わないよりはいいと思って、言いかけた時だった。


「おいおい~魔族様・・・の力を手に入れて飼いならしたアラタ様じゃねぇか~」


 声がする方に視線を移すと、以前俺達に手を出してきた冒険者達だ。


「くっくっくっ。魔族様に力をもらって強くなった人間が冒険者とは~現役冒険者達の仕事を奪って楽しいのかね~」


 男の言葉に反論しようとしたその時、レイラが全力で逃げて行った。


 すぐにアレンとシアが後を追いかける。


「あ~あ~頼みの魔族様が離れてしまって力が発揮できなくなっちゃうぞ~魔族に肩入れしているクズ・・め!」


「あの子がお前達に何かしたか? 魔族だからってなんだ?」


「はん! しらばっくれるなよ。魔族にどれだけの人族が殺されて奴隷にされたか分からないのか!?」


「知らん。少なくとも、あの子が人を殺したり奴隷にしていないのは確かだ」


「はっ! まだ子供だからな。だが大人になったら町中の人達を全員殺すだろうよ! あの帝国・・・・の魔族様みたいによ!」


 あの帝国の魔族……? 初めて聞く言葉だ。


「人族だってお前達みたいなクズがいる。じゃあ、人族は全員クズか? 違うだろ?」


「は?」


「お前の言っていることは、ごく一部を棚に上げて吊るしたがってるクズの極みだ。あの子が日々どれだけ頑張っているのか、どんな壮絶な過去を歩いていたかも知らずに勝手に言っている時点で、お前の思考レベルが猿以下ってよく分かった」


「猿以下だと!」


 さすがに荒くれなだけあって、手を出すのも早い。当然、前回同様に投げ飛ばしてやった。


 冒険者全員がこういうやつばかりだとは思わないが、大半がこんな感じだと思うと、同じ人間として恥ずかしくなってくる。


 けれど、異世界の事情をあまりにも知らない俺だから、平然としているのかもな。


 殴りかかってきた荒くれ冒険者達を全員投げ飛ばして、レイラを追いかけた。


 ◆


 宿屋の部屋に戻ると、ソファーの上で布団を被って丸くなったレイラと、左右から優しく手を当てたアレンとシア。


「アレン。シア。頼みがある」


「「うん?」」


「悪いが少し席を外してもらえるか? おかみさんには話してあるから」


「「分かった」」


 二人が部屋から出て少しして、俺は丸くなったレイラの隣に座った。


「なあ、レイラ。そろそろ可愛い顔を見せてくれよ」


「…………」


 相当堪えたみたいだな。


 手を伸ばして、布団を優しく剥がしていく。


 中から現れたレイラは、大きな涙を流して、静かに泣いていた。


「アラタ……これ…………」


「っ!? バカ野郎!」


 彼女が取り出したものを思わず叩き飛ばした。


 飛んでいった鉄枷が地面に落ちて、カランカランと冷たい音を響かせる。


「だ、だって! 私がアラタの奴隷になれば、誰もアラタを悪く言わないもん! 私のせいでアラタが……アラタが悪く言われるのは……いや…………」


 抱きしめたレイラは声を出して泣き始めた。


 ちくしょ……どいつもこいつもこんな少女一人を相手に、魔族だからって理由で貶しやがって……こうして同じく涙を流すのは人族も亜人も魔族も関係ないじゃないか。


「なあ。レイラ。何度も言うが、俺は君達に出会えて本当に嬉しい。そりゃ最初は命が繋がったから保護しなくちゃなとかちょっとは思ってたよ? でもさ。俺がこの世界にきて、どうして君達が俺の隣にいるのかやっと分かったんだ。俺には――――君達が必要だったんだ。だから奴隷になるだなんて悲しいこと言うなよ。俺は、君達のことを本当の子供だと思ってるんだからさ」


「アラタ……ごめんなさい……本当に……ごめんなさい……」


 それから扉が開いてアレンとシアが入ってきた。どうやら扉越しで聞いていたらしい。


 二人は一緒にレイラを抱きしめて涙を流した。


「魔族だとか人族だとかエルフ族だとか……そんな関係ねぇよ。それにレイラが誰よりも優しい子だって俺達は知っているんだ。いつかみんなにそれを知らしめてやろうぜ。諦めなければ、必ずいつか良いことがあるよ」


「僕、いつか人の役に立ちたい。ずっと神様に祈っていたらアラタさんに出会えたから、レイラちゃんも一緒にお祈りしよう? きっと叶えてくださるよ!」


「うん! 私も! おじさんに出会えたんだから、これから絶対に良いことあるよ!」


 レイラは頬に涙を流したまま――――笑顔で大きく頷いた。




 だが、俺達を巻き込んだ一連の騒動は、俺達が知らないところで、既にまた新たな火種になっていた。

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